文字数 4,413文字

「都賀さんは神社と寺の大きな違いって何だと思いますか?」
 男は言った。
 都賀は考えた。
 違いと言っても沢山有ると思った。片や日本古来の宗教であり、片や外来の宗教である。
 長い年月を経て習合されて来たが、元々は別物である。
 大きな違い・・・。うーむ・・。
「いや、違いは勿論沢山あるのですがね。・・・僕は大まかに言うと神社は土地に根差していて・・・重要なのは場所なのです。でも、寺は人と宗派に根差していると思っているのです。これは僕の考えなんですけれどね」
 都賀はふむふむと頷く。

「ここが廃寺になって地蔵様は蔵に入れられてしまった。経を読んでくれる坊さんもいないし、廃村になって人々も去った。地蔵様と閻魔様は誰にも顧みられる事も無く、真っ暗な蔵の中でいつ出されると言う事も無くただそこに置かれていた。人々に忘れ去られたままで・・・」
 男はそこまで言うと腕を組んだ。

「僕はこの寺とは殆ど接点が無いのですよ。子供の頃、何回か遊びに来た程度で・・・。僕の父と母は叔父よりも早くに亡くなりましたし・・・」

「地獄寺って奇妙な名前でしょう?・・・元々は違ったらしいですよ。叔父の義父、まあ、前の住職ですがね。その方が、名前を変えたらしいです。その方は若い頃に戦争に行ったのだそうです。そこでこの世の地獄を体験したのだそうです。正にこの世は地獄だと思ったらしい。そりゃあ、そうでしょうねえ・・・。
 地獄を彷徨う救われない人々を地蔵様が救い上げてくださる様にと、地獄寺と改名したそうです。そんな風に僕は昔叔父から聞きました。
 それにね、この寺、無宗派なんですよ。いつからそうなのか、理由は何なのか僕には分かりませんがね」


「叔父の葬式に来た時には、まだ焼け跡の片付けとかも出来ていなくて、地蔵さんと閻魔大王様は、川向こうの神社さんの社に入れられていましたよ。倉庫も出来ていなかったしね。神社さんに間借りをしていた様なものですよ。僕はその時、従妹と一緒に神社にお参りをしましたよ。それは覚えています。・・・村の人達が色々とやってくれていました」
「倉庫が出来あがって、地蔵様と閻魔様はそちらに置かれる事となった。そして月日が流れて・・」

「いつの頃からだったか・・僕はここの夢を見るようになったのです。誰も住んでいない村の道路を歩いて川を下って来ると、あの倉庫が見える。倉庫からはとんでもない『気』が漏れているんですよ。僕は怖いのだが、赤い太鼓橋を渡って、焼け残った山門の前に立つ。もうね。都賀さん。夢の中で髪が逆立つのが分かるんですわ。背中とか腕とかが泡立つんですよ。僕は山門から中には入れないんです。怖くて。・・・で、目が覚める」

「その夢を見るとね。僕はうんうん唸っているらしいです。それで嫁が怖がって、一度叔父さんの所にお墓参りに行こうって言って・・・」

 都賀はご飯茶碗と箸を持ったまま話に聞き入っていた。食べるのも忘れていた。
 男は暫し言葉を止めて宙を見た。

「それから年に1,2回叔父の墓参りと、まあその倉庫ですね。そこで手を合わせて・・・倉庫で手を合わせるのは、やっとですよ。やっと。・・僕はね。その時、思ったのですよ。もしかしたら、地蔵さんと閻魔様はここから出たいのかなって・・・。祀る人もいない。拝んでくれる人もいない。真っ暗で窓もない倉庫に入れられて、きっと嫌なんじゃないかなって・・・。そう感じたんです。だけどね。そうは思っても、僕は坊さんでも無いし、とんでもなく遠い北海道に住んでいるのだし、倉庫から出したって寺は無いしで・・・どうしていいか分からないのですよ。で、申し訳が無いが僕には何も出来ませんと言って頭を下げていた」
「ねえ。都賀さん。おかしいのはそこですよ。何で従妹の夢に出ないで、北海道に住んでいる僕の夢に出るのかって・・。意味、分からないですよね。出るなら、まずはこの寺で生まれた従妹の夢でしょう?そう思いませんか?」
 男はそう言った。
 都賀は「うーん・・確かに・・」と返した。

「まあ、神仏のやる事ですから、人間なんかには分からないのですがね・・・。それでも何か理不尽だなと感じていたんです。

 そうしたらね。都賀さん。地蔵さんと閻魔様が蔵から出て、勝手に歩いているんですわ。あの本堂のあった辺りを。そんな夢を見ましてね。彼らはぐるぐるとその辺りを歩いていましたが、山門を抜けましてね。太鼓橋を渡ったのです。
 二人は山神社の所で立ち止りました。
 そうしたらね。滝の方から白い髭を生やした仙人みたいな爺さんがやって来ましてね。杖を突いて。それが2人に合流したのです。

 ・・・でね。彼らは歩き出したのですよ。てくてくと3人で。山を越えて川を渡って街を越えて・・・。僕はこの一行は一体どこへ行くのだろうと思いながら夢の中で彼らを眺めているのです。
 いつの間にか海を渡って、大阪辺りにいるなと思った。で、京都、愛知から静岡へ来て・・。
 彼らが東京を歩いている所で僕ははたと気が付いたのです。これはもしかしたら、僕の家に来ようとしているのではないかと」

「何と!!」
 都賀は驚いた。

「いや、僕は慌てましたよ。自分の家に来て居座られたら、もうこれはどうしようも無いって・・・。だって、閻魔様と地蔵様と仙人ですよ・・・?北海道の小さな自分の家に。もうホント勘弁してくれって思って・・・。あれと一緒です。ホラー話でよくあるじゃないですか?ちょっとずつ自分の家に何かが近付いて来ると言う・・・気が付いたら、すぐ近くにいると言う、正に、あれですよ。(笑)

 で、僕は決心したんですよ。地蔵さんと閻魔様を倉庫から出してやって、寺なりお堂なりを立てて、お坊さんを呼んで供養してやろうって。もう、それしかないって。彼らが津軽海峡を渡る前にそう決心しました。

 それで、2年前に早期退職しましてね。その準備の為に古民家を借り上げてリノベーションをして、この村に住むことにしたんです。・・いや、勿論、妻に相談しましたよ。それから従妹にも。従妹はそれは有難いけれど、そんな事をしてどうすんの?って最初は言いましたよ」

「僕は従妹にはちゃんと説明しましたよ。従妹は『お前、大丈夫か?』って顔で僕を見ていたけれど、理解を示してくれた。『それさ、正直に言わない方がいいよ』って従妹や妻に言われて・・・だが、まあ大変だったのは、倉庫を開ける事ですよね。誰の許可を得て開ければいいのか、分からない。それにそんな夢の話なんかした日には、オカシイ人扱いをされる。で、色々と言い訳を考えました」

「叔父が寺の跡継ぎに是非僕をと言っていたので、(これは嘘ですがね。従妹と共謀しました)僕は取り敢えず、寺を再建しようと思っています。なので会社を早期退職して村に引っ越して来ました。墓参りに村を訪れる人達が、ご本尊さんと閻魔様に手を合わせられる様に、寺が再建するまで借り上げた古民家を改造して『地獄寺出張所』としたいのですが・・・あの倉庫の鍵はどなたがお持ちなのでしょうか・・?」


 僕はまず、R村役場に行ってそんな風に言いました。一応R村役場の管轄になっているので、この村は。いや、そうは言ってもただ、それだけじゃ信じて貰えませんからね。従妹にも一緒に行って貰いました。色々な資料を持って行きましたよ。で、親戚だと言うことは分かって貰えた。でも僕は坊さんじゃ無いから、寺を再建して坊さんはどうするの?って話になるんですよ。いや、それ以前に村人もいない廃村で寺を再建してどうすんの?って。まあ、確かにそれはそうなんですが・・・」

 墓はあるから、檀家はいます。と僕は言いました。そして必ず坊さんを見付けてちゃんと運営しますから。とね。
 僕は叔父との約束だから、絶対に寺を再建したいと強く言ったのです。その為にあの村へ越して来たのだ。とね。・・・もう、僕も必死ですよ。そうしなかったら、あの3人が家に来ちゃうのだから。
 行政はそれが良いとか悪いとかは言う立場では無いから、出て行った村の人達に聞いてくれと言われて、それで出て行った人達の行方を捜して、元気な人やその家族の意見を聞いて、まあ、みんな再建してどうすんの?って感じでしたがね・・・それから、鍵ね。あの倉庫の鍵ですよ。誰が持っているのか分からなくて。火事からもう9年近く過ぎているんです。従妹は、そんなの貰っていないって言うし、村の自治会長はもう話が分からなくなっているしで・・。で、仕方ないから壊そうと言う事になって・・・」

「半年前ですよ。ようやくあの倉庫を開けたのは・・・。本当に大変でしたよ。
 さっきのユタ君がね。知り合いのお坊さんを連れてきてくれましてね。もうすごい老僧なんですけれどね。よぼよぼの爺さんです。棺桶に片足を突っ込んでいる様な。
 その方に拝んで頂いてね。
 村の関係者で参加できる方は是非と声を掛けて、皆の前で鍵を壊して扉を開けたのです。割と皆さん来てくれましたよ。勿論、従妹も来ましたよ。
 で、皆でここへ運んだと言う訳です。一時保管場所として、だから地獄寺出張所なのです。ここへお参りに来てくれる人も殆どいないのですが、元村人達が墓参りに来る時は、ここへ寄ってくれます。

 もう一軒の住民である室田さんと言う方が、この寺のホームページを立ち上げてくれましてね。室田さんはゲームクリエーターらしいんですけれど、数人で古民家を購入して、リノベーションをしてそこで仕事をしているんですよ。で、それを見てたまに人が△△県の方から来てくださるのです」

「ユタ君は寺の坊さんを探してくれていますし、ホームページで募集も掛けているのですが・・・なかなか見つかりませんねえ。常にいてくれなくてもいいのです。掛け持ちで。たまに来てお経を上げてくれれば・・」

「最初はね。地蔵様と閻魔様をどちらかの寺に引き取ってもらっても、とも考えたのですよ。
 供養してくれる人がいればそれで良いだろうと・・・。でもねえ。さっきの話と矛盾するようですが、ここはそれじゃ駄目なんじゃないかって思ったのです。川の両側にふたつあっての神社と寺なんですよ。だから仙人と言うか山神様と言うか・・・あのお爺さんも一緒に付いて来たのじゃないかなって思って・・」

「お堂なり寺なりが出来て、坊さんが見付かれば、ようやく僕の仕事は終わりです。
 そうしたら僕は北海道へ帰るかも知れません。ここに残るかも知れません。まだ決めていないのです。妻はこんな寂れた村は嫌だと言うし・・・まあ、たまに北海道からやって来ますがね。・・・僕は僻地への単身赴任の様なものですよ」
 男はそう言って笑った。

 都賀はその笑顔を見てこの人は凄いなと思った。
 と言うか、見込まれてしまったのだなと感じた。
 徐に立ち上がると合掌をして深々と頭を下げた。男は、僕は仏様じゃないから止めてくださいと言って笑った。

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