2  

文字数 1,897文字

公園のベンチにぼんやりと座る。
青年がトレイにポテト、それとアイスコーヒーを乗せてやって来た。
二人の間にそれを置いて「さあ、どうぞ」と言った。
私は有難う御座います。と言って頭を下げた。
濡れた靴は脱いで干してある。
青年は私の靴を指差して「どこかで靴を買わないと」と言った。


「虫の知らせと言うか・・・・どうにも心配になって戻って行ったのです。戻って良かった」と彼は言った。
私は黙って青年を見るだけだった。
さっきの出来事で余りにも感情が揺さぶられて何も言えなかったのだ。頭の中にはまだ圭太の声が残っていた

青年は私をちらりと見ると、アイスコーヒーに手を伸ばした。
「ミルクとガムシロは?」
そう言ったので、頷いた。
彼はそれをアイスコーヒーに入れる。そして、私に手渡した。
私は有難う御座いますと小さく言って受け取った。

二人で黙ってアイスコーヒーを飲む。
「もう大丈夫ですか?」
青年は言った。
私は頷いた。
「済みません。ご迷惑をお掛けしました。・・・あの、・・教えてください。さっきのあれは一体何なのですか?あの場所って・・・?」

「僕もよく分かりません。どういう理由なのか。・・・・実は僕も最初にあの場所に行った時に、あの場所で声を聞きました。その時は友達が一緒に居たのですが・・・」

「僕の場合は祖父の声でした。祖父は当時、介護施設に入所していて・・もう何も分からなくなっていて・・・僕の事も忘れてしまっている状態だったのです。でも、確かに祖父が僕を呼んだのです」

「友人には僕の祖父の声は聞こえませんでした。当事者にしか聞こえないんだなとその時僕は思いました。」

「じゃあ、一緒にいたお友達には誰の声が聞こえたのですか?」
「彼は・・」と言って青年は言葉を止めた。暫し、間が開き「彼は『何も聞こえなかった』と言っていました」と言った。

「あの神社は一体何なのでしょうか?」
私は同じ問いを繰り返した。
青年は首を傾げた。
「友人はこう言っていました。あの場所の物理的な条件とか地理的な条件とか・・・水で浸っていたでしょう?あんなの普通、木が腐るんじゃないかと思うけれど・・・。嘘みたいに澄んだ水でしたよね?多分、あの場所は特殊な場所なんです。で、そこに訪れた人の心的な条件がたまたま合致してしまってどこか違う世界の扉が開いちゃった的な・・・・そんな所じゃ無いかって」

私は眉を顰めて青年の話を聞いた。
今ひとつ理解に苦しむ。語る内容もさながら、あんな非日常的な体験を、何故そんなに淡々と語れるのか・・。

「神社ってたまに怖い場所がありますよね」
青年は言った。
あるのか・・・?
私は思った。
マジで?・・知らなかった・・・。

「あの場所もそうです。絶対にあの鳥居から先に行ってはいけません」
青年は言った。

「あの場所は怖い場所と感じます。嫌な場所ではない。清澄な空気を感じる。でも、怖い場所なんです。あの鳥居から先は人の領域では無いと感じる。そういう場所には無暗に近付いてはいけない。あの鳥居から先がひんやりとしていたでしょう?空気が冷たくなって。夏なのに」
私は首を傾げた。
そうだった?
夢の中にいるみたいだったから、気が付かなかった。

「今日は僕が一緒に帰って来たから、あなたは迷わないで帰って来れましたが、きっと大変だったと思いますよ。僕達も最初に行った時は、かなり迷いました。あの参道には似た様な曲がり道があったでしょう?覚えていますか?」
「はあ・・・」
「どれを曲がるか分からなくなる。あの対の鳥居の方へ行くと。・・・で、曲がって行った先が行き止まりだったり、ぐるりと回ってまたあの神社に着いてしまうみたいな・・・。
そんな感じで、その時は1時間以上迷っていましたよ。あんな場所で。あそこ、やっぱり空間的におかしいですよね」

マジで・・・?

青年はじっと私を見る。
「ところで、あなたはどうしてあの神社を知っているのですか?・・・あの神社ってすごくマイナーだし、滅多に訪れる人はいないのですよ。池の東側にある弁天様は有名だから、皆さん、あちらに行かれますよね」

「伯父が知っていて・・・すごいパワースポットだから是非行って来なさいって。・・・私、この所、あまり運が良く無くて・・・」
私はぼそぼそと答えた。
伯父に言われた通り、本の事は黙っていた。
「ふうん・・・」
青年は言った。何かを見透かす様な視線で私を見る。興味深げに。それでいてどこか温かい視線だった。
私も青年を見詰める。
視線が絡む。
青年はふっと柔らかく笑った。

「ポテトをどうぞ。こんなものしか売っていなかったのです。・・・・・泣くって、結構体力消耗しますよね」
青年はそう言ってお皿を私に差し出した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み