文字数 1,354文字

 何となく女性の後を付けて歩く。
このまま女性がタクシーなどに乗ってしまったらそれはもう仕方が無いが、今日はどうせ暇だし、次の仕事が始まるのは来週からだし、天気も良いし、散歩てがらに歩いてみるのもいいかなと考えたのだ。金が無いから買い物にも遊びにも行けない。

まあ、一緒に遊んでくれる友達も彼氏もいないけれどさ。どんくさいし、頭も悪いし、かわいくも無いし、金も無いあたしと付き合おうなんて思う人は一人もいない。男でも女でも。
恵美子はクサクサしていた。クサクサとはイマイチな気分であるという状態だ。
だからいい暇潰しだと思った。
それはちょっとした好奇心からだったのだ。女性があまり遠くに行くようなら途中の駅で降りればいいと思った。

電車の中で恵美子は女性を観察した。女性はスーツケースの取っ手に手を置いてじっと何かを考えている。恵美子はスマホに目をやりながらちらちらと女性を見る。
その女性は電車を乗り継ぎ、M駅で降りた。恵美子も電車を降りる。恵美子はM駅で降りるのは初めてだった。
女性はタクシーにも乗らず歩道を歩いて行く。からからと赤いスーツケースを引いて歩く。恵美子はその10m位後を歩く。

 女性が小さな森の中に入って行った。恵美子もそこに続く。と、そこに鳥居があった。女性はその前で一礼をするとそのまま神社へ入って行った。
「? 何で神社?」
恵美子は鳥居から中の参道を見てみた。女性は前を歩く。恵美子もその鳥居を抜けて神社へ行ってみた。
神社は思ったよりも広くて公園みたいにベンチが置いてあった。
老婆がベンチに座って鳩に餌をやっていた。老婆の周りを鳩が数羽歩いている。けれど、老婆以外誰もいなかった。恵美子は空いているベンチに座った。

女性は社の前に行くと頭を垂れて何かを祈っていた。随分長く祈っているなと思った。
女性は頭を上げるときょろきょろと辺りを見渡した。老婆が腰を上げて歩き出した。鳩がその後を追い掛けて行く。
女性はさっきまで老婆が座っていたベンチに腰を下ろした。恵美子はスマホの画面を開いて、スマホを眺める振りをして女性を伺った。
女性は動かない。
恵美子は立ち上がって社殿の前で頭を下げると、そのまま歩き出した。女性の視界から離れてみたのだ。
神社の隅の小さな摂社の方に歩く。その前の大きな木の陰に隠れた。

女性は立ち上がって辺りを見回すと赤いスーツケースをベンチの後ろの茂みに突っ込んだ。
「ええ?」
恵美子は心の中で声を上げた。
「嫌だ。赤ん坊の死体でも入っているのかしら? それとも切断した死体の一部? マジでヤバ過ぎ」
恵美子は女性に気付かれない様に写真を撮った。

女性は何事も無かった様に神社を後にした。恵美子はさっき座っていたベンチに座ると茂みの中からちょっと顔を出しているスーツケースを見詰めた。
「うーん。これは警察に連絡するべきなのだろうか……。いや、でもそんな事は私がしなくてもきっと誰かが気が付いて、そうだ。この神社の社務所の人とかが……」

恵美子は社務所に行ってみた。けれど、社務所は閉まっていた。社務所が開いているのは水、土だけだと扉に書いてあった。
恵美子はベンチに戻った。
スーツケースを見ていたがそれに触れようとは思わなかった。茂みの濃い緑と暗い赤いスーツケースはホラー映画の一場面みたいだなと思った。
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