第37話 売店でハプニング ~大きく削られたHP~ カカドゥツアー04

文字数 2,058文字

食べ物に関する好き嫌いはない。
これまでに食べられなかったモノはない。そうあの時までは……

カカドゥでのこと。
私たちはツアー最後の目的地の巨大蟻塚を見学し終え、ツアーバスで荒野のハイウェイをひた走り市街地に帰る。
ダーウィン市街に着くと楽しいツアーもいよいよ終了。
今日一日の数々の出来事を思い起こしつつ、車窓から傾きかけた陽を眺めていた。
ツアーバスが停まり、ふと我に返った。どうやら休憩らしい。
広大な赤土の荒野の中にポツンと小さな売店だけが建っている。
店の前、つむじ風に巻き上げられた赤土が砂煙となり舞う。
西部劇のような風景、カッコイイ。どこか予期せぬ出来事が起こりそうな予感すらする。
(実際、起きてしまうのだが……)
店内に入り周囲の棚を見回す。
ちょっとした日用品から食料品まである、コンビニのような店だ。
私と広沢は喉が渇いたので、ジュースを買うことにした。
大きな冷蔵庫のドアを開けると様々なジュースが棚に並んでいる。
「俺はコレだな」
広沢がそう言いながら手にしたのはよくある普通のオレンジジュースだった。
私は少し趣向を変えてみた。せっかくなので、選ぶとしたら……
――日本に無いジュース
棚に目を走らせると、珍しいデザインの缶ジュースに目に留まる。
「よし、コレだ」
真っ白の缶に大きく「Coolクール」と書かれたジュースを選んだ。
(ところが、これがとんでもないハプニングを呼ぶこととなる……)
私たちは会計を済ませ、店の外で飲むことにした。
ところが、この蟻塚のある荒野地帯はめちゃくちゃ……
――ハエが多い!
無数のハエが顔の周りに容赦なくたかってくる。これが本当に厄介。
目を細めていないと、ハエが目にモロ直撃しそうな勢いで飛び交う。
これほどまでにハエを鬱陶しいと感じたことはない。
そのハエを片手で追い払いながら、飲まなければならない。少しでも手を休めると、たちどころにハエが寄って来る。その為、永遠と手を動かし続ける必要がある。
広沢を見ると、すでに手を動かしハエを払い除けながらジュースを飲んでいる。
そんな中、私もプルタブをプシュ!と開けた。
「さて、どんな味だろうか」
異国の未知なるジュースの味にワクワクと期待が高まる。
片手でハエを振り払いながら口に含んでみた。
ところが、ここで思わぬハプニングが起きた!なんと!
――ぶぶぶぶぶぶっ!
と口に含んだばかりのジュースをマンガのように噴き出しそうになった!
しかし、ここはオーストラリア!
他国を訪問中にそのような行儀の悪い行為はあってはならない!
口をグッと力強くつむり、なんとか噴き出すのを全力で堪えた!
――ん?うぐっ……
真顔になり、固まった。
「え?何?これ……」
正直、これを「飲みこむべき」か「吐き出すべき」か、本気で迷った。
いやいや、吐き出すわけにもいかんだろう。
迷った挙句、仕方なく、思い切って飲みこんだ。
――ゴックッ
「うぐぐっ……うっ……」
途轍もなく衝撃的な味!
大きくHPが削られ、その場にへたり込みそうになる。
もはや美味しいとか、不味いとか、そういう次元ではない。
どうやら、この「Coolクール」なるジュースはハッカ入りのジュースのようで、飲むと口の中がスースーする。
それだけならばよいのだが、なんとも味がモロに……
――歯磨き粉!
言わば、歯磨き粉をたっぷりと水に溶かした汁を飲んだような味だった。
正直、かなりのショックと精神的なダメージを受けた。
勿論、歯磨き粉汁を飲んだことは一度もない。
しかし、おそらく飲めばこんな「しでかしてしまった」気持ちになるのだろう。
「これを飲む人いるのか?」
いやいや、普通に売店で売られている以上、飲める人には飲めるのだろう。
私は食べ物を決して残さないことを信条としている。
本当に嫌で、嫌で、嫌だが、無理してもう一口飲んでみた。
――グハッ!
やられた!
「む、無理だ……これは危険過ぎる……」
その一口はなんとか飲みこんだものの、HPがまた大きく削られてしまった。
大抵のものは無理してでも口に入れ飲みこみ食べてきた。
しかし、コレだけはどうにも無理だった。
私は途轍もなく大きな敗北感に打ちひしがれながら、仕方なくそれを側溝に流し捨ててしまった。
――あぁ、もったいない
ジュースを捨てることに抵抗はあったが、これだけは、どうにも飲み干すことが出来なかった。
「あぁ、世界は広い。俺にも飲めない味があるとは……」
この出来事には、かなりの衝撃を受けた。
人生でどうにも飲みこめなかったモノは、この「クール」だけである。

まさか飲みこめない味があるとは思ってもみなかった。
異国の地ならではの新鮮な驚きと発見の出来事だった。
そうである。

――じつのところ誰の人生にも「まだ見ぬ驚きと発見」が無限にある

旅はそれを私たちに教えてくれるのである。

次回、私たちはケアンズの街で面白い現象を体験することとなる。

【旅のワンポイントアドバイス37】
白色の缶で「Coolクール」と書かれたジュースはハッカ入りとなる。これを知っておけば、楽しい旅において、大きくHPを削られるハプニングを回避できる。


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