3. 2019年3月9日(土)④

文字数 4,051文字

「いつだっけな、去年の8月だっけ。シルバさんと一緒に俺たち、動画撮りに行ったんだよ。山奥に一軒ぽつんと家があってさ、シルバさんは『ここで泊まると、自殺者の霊が撮れる』って言って、一人で張り切ってたよ。それで、俺たち街まで買い出し行ってから、その家で待機してたの。そうしたら、夜の8時くらいだったかな」

 四人全員が物音一つ立てずにいる中、〈モジャ〉が顔色を変えずに続けた。
「部屋の中で死んでるシルバさんを、俺たちが発見したの」

 時が止まったかのように部屋の中は静まり返った。ただし、丸多だけはその流れに(あらが)い、無理やり体を動かした。丸多は床に置いてあった自分の鞄を引き寄せながら思った。
 あまりに大まかな説明だったが、出だしとしてはこれで十分だ。

「その家は」丸多は紙片を掲げて見せた。「これに映ってる建物で間違いないですか」
 紙片は当然、一週間前丸多が北原に見せた、燃える前の家屋の写真である。それは磁力にも似た不思議な作用を働かせるように、ソファーに陣取っていた三人を見事に引きつけた。

 〈モジャ〉は丸多の手から写真をむしり取ると、「これだよ、これ」と興奮気味に声を上げた。その横で紙片を覗き込む〈ニック〉も「やばい、あの日を思い出して、ぞくぞくしてきた」とおどけるように言った。
 もう一方の脇に立つ〈ナンバー4〉は、二人同様、写真に釘付けになっていたものの、特に感想は漏らさなかった。

 丸多は三人に写真を十分に眺めさせてから、改めて尋ねた。
「事件が起きた建物は、それで間違いないですね」「うん、そう」〈モジャ〉は言って、丸多に紙片を返した。
「この写真は」丸多が訊いた。「誰が撮ったかご存知ですか」

 聞くと三人は、互いに視線を交わしながら「俺じゃない」と言い合った。丸多はそれに重ねて「撮ってない証拠はあるか」聞きたくなったが、彼らとの信頼関係を優先し、そこまで踏み込むことはしなかった。

 写真の件は一段落して、〈東京スプレッド〉の三人はまたソファーに座った。丸多も元の椅子に腰掛け、質問を続けた。
「差し支えない範囲で構いません。私自身、差し出がましいことをしているのは、十分承知しているつもりですが、知ることのできる範囲で、事件を時系列の順に整理したいと思いまして」

「で、何?」と〈モジャ〉。丸多が息を吸い、言葉を継ごうとすると〈ニック〉が割り込んできた。「時系列って何」
「お前、ちょっと黙ってて」〈モジャ〉が太った友人を制止し、再び丸多が話し出した。

「事件はさっきおっしゃっていただいたように、去年の8月13日に起きました。報道では、皆さんとシルバさんの計六名がそのときの動画撮影に参加した、とありました」
 丸多は、そこにいる三人を容疑者としてみなしているととられないような、ごく柔らかな言葉遣いを選んだ。しかし、どうしても「捜査」の雰囲気を完全に消すという器用な芸当はできなかった。

 三人の顔に視線を滑らすと、揃って口をつぐむ彼らの様子を(うかが)えた。そこから、丸多の存在を拒んでいるか、そうでないか、何かしらの具体的な感情を読むことは叶わなかった。

「さきほど」丸多が続ける。「モジャさんは、シルバさんが『あの家で泊まると、自殺者の霊が撮れる』と言っていたとおっしゃっていましたが、そもそも事件当日の企画はシルバさんが発案したんですか」

「そうだね」と〈モジャ〉。「事件の一ヶ月くらい前だったかな。シルバさんの家で俺らゲームしてたの。そしたら、肝試しの話になって、シルバさんが『撮影向きの心霊スポットを知ってる』って言い始めて、それがあの日の動画撮影のきっかけだったと思う」

「それまで事件現場の家へ行ったことは」丸多の問いに対し、〈モジャ〉が短く「ない」と答える。さらに丸多が訊く。

「山梨県にあった事件現場の建物は、奥寺さんという人が所有していました。あの家に何十年も前から住んでいた人です。その方と皆さん、面識はありましたか」

 このとき〈東京スプレッド〉の面々が初めて困惑の色を示した。〈ニック〉と〈ナンバー4〉は「え」と疑問の声を発し、さらに〈モジャ〉が軽い抗議のように言い放った。

「違う。あの家は確かシルバさんの知り合いのものだったはず。そう、絶対そう。シルバさんがあの心霊スポットの撮影前、『知り合いが無人の小屋持ってて、それ要らないって言ってたから、もらった』って言ってたもん」
「言ってた、言ってた」〈ニック〉も言いながら、何度も首を縦に振った。

 丸多はそのやり取りを尻目に、鞄から別の紙片を取り出した。奥寺の名が記載された資料である。彼はそれをゆっくりと〈モジャ〉に手渡した。

「それは全部事項証明書といって、不動産に関連する公的な書類です。私が自ら法務局で取得してきました。ですから、まず出鱈目(でたらめ)は書いていないはずです。それによると、奥寺健男さんという方が昭和四十三年からあの家屋を所有し、事件のあった日までずっとそこに住み続けていました」

 丸多は事務的なことを言い続ける自分に嫌気を感じ始めた。まるで税金でも取り立てに来たみたいだ、と。しかし、〈東京スプレッド〉のメンバー追加オーディションに来たわけではないと思い直し、その不本意な態度を保ち続けた。

「皆さん、その『シルバさんの知り合い』の名前と年齢をご存知であれば、ぜひ教えていただきたいのですが」
 〈モジャ〉が横を向き「お前知ってる?」と〈ニック〉に訊いた。すると〈ニック〉は頼りない様子で「知らない」と言い、〈ナンバー4〉も同様の反応をみせた。

「まあ」丸多が言い添える。「奥寺さんという方は明らかに年配者でしょうが、シルバさんがそういった高齢の方と親交があった、と言い切れないわけではありません。実際、シルバさんは事件前、奥寺さんから法的な手続きなしであの家を譲り受けたのかもしれません。奥寺さんがその家を手放せば、確かにその時点でそれは『無人』になり得ますし。いずれにせよ、わかりました。奥寺さんのことはひとまず、置いておきましょう」

 丸多は紙片を返してもらい、それから質問を続けようとした。「では、シルバさんから『心霊スポットの動画撮影をする』と言い出し、皆さんがそれに参加した、と」

 ここで、新たな質問が出る前に〈モジャ〉が言い出した。自己の立場を強調するように。

「俺ら本当に何も知らずに、撮影当日シルバさんにくっついていったんだよ。場所だけは知らされてたから、俺らが交代で運転して。今まで行ったこともない、汚い山奥だった。シルバさん曰く、あの家の裏庭が林の中に通じていて、その向こうで自殺者の霊が出るらしく、着いてみたら、本当にそこの裏道みたいなところに『立ち入り禁止』の札がかかってて」
「そう。見た瞬間、めっちゃ気持ち悪くなった」〈ニック〉も呼応し、部屋の中で恐怖体験の感想が入り乱れた。丸多は笛でも吹いて黙らせたい衝動を抑え、穏やかに且つはっきりと自身の言葉を挿入した。

「皆さん、一旦整理しましょう。教えてほしいことが沢山あります。『裏庭』に『立ち入り禁止の札』があった、ということですが」

 丸多は今度、あの「建物図面」を取り出しながら言った。「まず、家の裏に庭があり、しかもその先にどこかへと続く道があった、ということですね」
 一同が頷き、また〈モジャ〉が喋りそうなのを見て、丸多はその隙を与えず、すぐさま続けた。

「ここに建物図面があります。すみませんがモジャさん、ここにその裏道と、あと覚えてる範囲でいいので、家の間取りや正確な窓の位置を書き入れていただけませんか」

 丸多がボールペンも取り出そうすると、それより先に〈ナンバー4〉が床に落ちていた鉛筆を取り、〈モジャ〉に渡した。紙片を受け取った〈モジャ〉は「ええと、どうだっけな」などと独り言を言いつつも、特に逆らうことはせず、丸多の望む線を書き込んだ。

 返ってきた紙片は、丸多をおおむね満足させた。そこには、不足していた他の間取り、裏道、窓に加え、「立ち入り禁止の札」の位置まで記されていた【図3】。

「ありがとうございます。非常に助かります」丸多はその、数時間は凝視できそうな紙片を一旦置き、話を戻した。

「この裏道の奥の林で自殺者の霊が出る、とシルバさんは話していたんですね」
「そう」相変わらず〈モジャ〉は取り澄ました様子でいる。しかし、丸多の疑問は尽きない。

「その『立ち入り禁止』の札の向こうには何があったんですか。そして誰がその裏道を封鎖していたんですか。警察ですか、自治体ですか、それとも民間の」
「わからない」〈モジャ〉は蝿を叩くように、ぴしゃりと言った。「正直言うと、その先には俺ら行かなかったんだよ。シルバさんが『肝試しは夜になってから行こう』って言ってたから」

「日中でも相当気持ち悪く見えましたけどね、あの林の向こう」〈ナンバー4〉のこの発言に対し、メンバーの二人は何も答えなかった。代わりに丸多が反応する。
「ちなみに何時くらいだったんですか、皆さんがその家に着いたのは」
 〈モジャ〉が〈ニック〉に「あれ何時くらいだっけ」と尋ね、〈ニック〉は「5時くらいじゃない、夕方の」と答えた。

「なるほど」丸多は言いながら、そこまでで手に入れた情報を元に、事件当日、現場での参加者らの振る舞いを思い描いた。周囲の山中の様子は、丸多もうっすらと覚えている。貧弱で鬱蒼(うっそう)とした木々に囲まれた細い車道。進んでいくと、突如(とつじょ)横手に現れる未舗装の私道。
 〈シルバ〉、〈東京スプレッド〉の六人は、車でその道を突き進んでいく。連中を乗せた車はさらに進み、のちに殺害現場となる家屋へたどり着く。そこで、陽気に冗談を飛ばし合っていたのか、それとも、各人無言のままでいたのか、どちらかは、今ははっきりとしない。やがて彼らがその裏手に見たのは、得体の知れない樹木の群落。

 都会の便利さと常識に慣れ切っている丸多は、そのような場所で夜を明かすところを想像し、ふいに毒虫でも見たような抵抗感を覚えた。
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