7. 2019年3月24日(日)④

文字数 2,846文字

 しばらくして彼らが飽きたのか、丸多が無言でい過ぎたのか、〈キャプテン〉が丸多に話しかけた。
「丸多さんは、何かわかりました?」

 北原を含め、六人が一斉に丸多を見た。その状態にはさすがに彼も圧倒され、咄嗟に話題を絞り出した。
「実は私」丸多は、一週間前に北原と現場まで行ったことについて語った。「そこのファミレス店員とコンビニの店員何人かに名刺を配ったんです。返信は数日後に来ました。皆さん、シルバさんが部屋にこもった後、食料など必要な物を街まで買いに行きましたね。モンブランさんと、ニックさんがそれぞれ、コンビニとファミレスに行ったことの確認は取れたんです。そこで、キャプテンさんとモジャさん」

 丸多の話が終わる前に、〈キャプテン〉が言った。
「俺らもちゃんと行きましたよ」
 その後〈キャプテン〉が〈モジャ〉の顔を見上げ、彼も「行った、行った」と言った。
「コンビニですか、ファミレスですか。それとも他の場所ですか」丸多が訊いた。

 すると、少し間が空き〈キャプテン〉が答えた。珍しくその両目は泳いでいた。
「これは話しにくいんですけど、実は俺とモジャは買い物をしなかったんです。でも車に乗って街に下りては行きました。間違いなく行きました。俺ら二人は、決してサボってたわけじゃないんですが」

「いや、二人ともサボってたよ」〈ニック〉の語気は強かった。「俺らにだけ買い物任せて、ゲームばかりやって」
「本当ですよ。飲み物とか、めっちゃ重かったんですからね」〈モンブラン〉も便乗した。

「いや、ごめん」〈キャプテン〉は引きつった笑みを浮かべた。
「でもな、しょうがないもんな」〈モジャ〉は誰も見ずにそう言った。

 五人に湿った沈黙が降りかかり、そこで〈ニック〉が(かば)うように言った。
「でも、ちゃんと二人は大人しくしてたし」
「そうですよ」〈モンブラン〉も言った。「二人がやってたゲームの内容でも教えてあげたらどうですか」
「そんなもん、覚えてるわけねえだろ」〈キャプテン〉が言うと、五人は緊張をほどいて笑った。

「そんなことより」〈キャプテン〉の目の焦点が再び合った。丸多の顔を見つめていた。「丸多さん、俺らを疑ってますよね」

 丸多は、いよいよ来た、と思った。彼の体には反射的に力がこもった。だが、彼らが襲いかかって来る様子はまだない。丸多が返事をするか身構えるか迷ううち、〈キャプテン〉が語り出した。
「いいですよ。美礼さんの件も明らかにしたことですし、洗いざらいお話しします。丸多さんは、俺らがシルバさんを殺したと思って、ここに来ましたよね。だけど、俺らには動機がないんです」

 それは、先ほど美礼の事件の真相を聞かされたとき、丸多の頭に起こり始めた懸念であった。身じろぎ一つできないでいる丸多に水を浴びせるように〈キャプテン〉は話し続けた。
「ネット上に、俺らが美礼さんのオフ会に行ったときの写真が上がってるそうですね。俺らがステージに向かって身を乗り出してる様子が映っているらしいです。あれは確か、二年前だったと思いますけど」

 〈キャプテン〉は息を吸い、鋭く言った。「あのとき、俺らはサクラ(・・・)として行ったんです」
 丸多の体に鳥肌が立ち、同時にその場から消滅しそうな感覚が走った。積み上げた情報が予想外の内容に上書きされていく。〈キャプテン〉はさらに続けた。
「俺らはその直前に、初めてシルバさんと会いました。俺たち、シルバさんに弟子入りしたんです。シルバさんに憧れて、シルバさんのようなクリエイターになりたい、と思って。もちろんそのときは、まだ何の実績もない新米でした。
 シルバさんの撮影の手伝いでも何でもやろうと思ってたとき、あの人から『美礼さんのオフ会のサクラ』をするよう命じられたんです。場所は大阪で、まだUMOREが開拓していない地域でした。美礼さんも初めてパフォーマンスをする会場だったんで、どの程度盛り上がるか見積もりが難しかったそうで、それで俺らオリジナルメンバーが盛り上げ役を引き受けることになったんです。給料は出なかったんですけど、往復のガソリン代はUMOREが出してくれました。
 当日、前列に陣取って、ライブ開始から俺たち、狂ったように踊りました。だけど、そんなことする必要はなくて、俺たちがいなくてもイベントは大盛況でした。後半からは、俺たちもサクラであることを忘れて、他のファンと同じように歌って、踊りました」

「懐かしいなあ、美礼さんのオフ会」〈ニック〉がしみじみと言った。
「なので、よく聞いてほしいんですが」〈キャプテン〉はより強く丸多の目を見た。「俺たちは美礼さんのファンじゃないんです。もちろん、一人のクリエイターとして美礼さんを尊敬してました。今でも尊敬してます。いつか、シルバさんも超えて、美礼さんみたいに、フォロワー百万人超えのクリエイターになりたい、ってずっと思ってやってきました。だけど、美礼さんのファンとして活動したことは、これまで一回もないんです。ここにいる奴らが美礼さんのファンだ、なんて話も聞いたことありません」

「俺も美礼に興味持ったことない」北原が横から言ったが、〈キャプテン〉は無視して続けた。
「なので俺たちが、美礼さんはシルバさんに殺されたと思ってたとしても、殺す動機を持つはずがないんです。それに、さっき言ったように、シルバさんは美礼さんを殴っていないことを俺たち知ってましたから、どう転んだってシルバさんを恨むなんてことをするわけないんです」

 そこまで話せば息でも上がりそうなものだが、〈キャプテン〉は息継ぎの一つもしなかった。
「俺たちが」〈モジャ〉はリーダーに釣られず、ゆったりと話した。「疑われてるのは十分知ってるけど、『俺たちは美礼さんのファンじゃありません』って動画で言うのもどうかと」
「それやったら、ますます疑われるよね」リーダーの語気も落ち着いてきた。「UMORE絡みのことでもあるし、俺たちの判断で勝手に『あのときはサクラで参加してました』とも言えないし」

 丸多の組み上げてきた論理的考察は完全に崩壊した。彼はもはや、不要の品としてそこにあった。このまま「今日聞いたことは、一切口外しないこと」と書かれた誓約書が出てきても、意気消沈したまま署名してしまいそうであった。

「じゃあ、ちょいすさんは」丸多は負け惜しみのつもりで言い出したのではなかった。しかし、それ以上の価値を持つ言葉でもなかった。

「ちょいす?」〈キャプテン〉の顔には既に勝者としての余裕が(にじ)んでいた。
「あれでしょ、シルバさんの前の彼女でしょ」〈モジャ〉がリーダーに言った。
「ああ、聞いたことある。生配信してた人でしょ。シルバさんからあの人に喧嘩凸仕掛けたらしいけど、それは関係ないでしょ。後腐れなく別れた、ってシルバさん言ってたし。というか、そもそも俺、シルバさんと会うまで、ちょいすなんて知らなかったし。お前ら、知ってた?」
 〈キャプテン〉が訊いて、四人は「知らなかった」と首を横に振った。
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