9. 2019年3月31日(日)③

文字数 3,248文字

「さて、ここからややこしいので、さらに慎重にお話しします」

 丸多は今度、二枚目に渡した紙【図5】を取り、またそこに図や線を加えた。それを〈キャプテン〉に渡そうとすると、代わりに北原が受け取り、彼の傍に置いてくれた。また、北原も〈キャプテン〉の方へ体を寄せ、興味深い様子で紙片を見つめ始めた。丸多は話を再開した。

「昨日、私たちが現場の山林に突入したのは、これまで話した通りです。私は突入した際、少し進んだところで左の方を向きました。そこから、あなた方の話に出てきた、あの『立ち入り禁止』とされた林の様子をうかがえると思ったからです。結論から言います。そこには何もありません(・・・・・・・)でした。そこは自殺者の霊が集まるような、いわくつきの場所なんかではなかったんです。
 今描いた絵を見てください【図8】。

 現場には、さっき言ったように家屋に通じる轍のついた小道があります。これも、言うまでもないことです。ただ車道の、その小道の入り口にたどり着く途中にもいくつか脇道がありました。それらのうち一番手前の脇道も実は、迂回するように家屋へと通じていたんです。私たちは昨日、その二本の道の間から、林へと入ったわけです。
 何度も言いますが、ややこしいので一つ一つゆっくりと説明します」

 丸多が手を伸ばしかけると、北原が「これですか」と紙片【図8】を取った。丸多は頷いて受け取ると、また図をいくつか加え、すぐに戻した。
「それで、その絵は完成です【図9】。

 家屋の西側に車道がありますね。北へ行くと、おそらく我々に文句を言ってきたあの年配男性も住んでいる集落にたどり着きます。事件当日、あなた方もシルバさんと共にこの車道を通ってきた。現場へ通じる車道はこれしかありませんから。あなた方は最初、家屋に続く小道からではなく、脇道から入っていったんです。だとすると当然、『立ち入り禁止』の札や、玄関、中央の部屋の鍵かかった扉の位置関係はその図の通りにならないといけません。
 このことを説明する事実もいくつかあります。私たちが二週間前現場に向かったとき、『斜面防護用のコンクリートブロック』を右手に見ながら進んでいきました。また、左手にはガードレールがありました。そのまま直進していくと家屋へ通じる小道が現れます。もう、明らかですね。あの付近で立って北を向いたとき、東には上り斜面、西には下り斜面が見えるんです。峠ではよくある地形です。私たちが小道の入り口に立ったとき、遠くには山の稜線が見えました。東側を向いていたわけです。しかし、映像であなたたちがこの家に着いたばかりの場面を確認したとき、確か、背景に山は映っていませんでした。今確認したっていいですよ。これは、かなり確信を持って言えます。あなたたちは着いてカメラを回し始めたとき、建物の東側の前庭にいたんです。つまり到着したばかりの撮影時、カメラは西を向いていたんです」

 北原は人差し指で紙片をなぞりながら、当日の〈シルバ〉らの動きを再現していた。横で脱力したままの〈キャプテン〉は、それをつまらなそうに眺めている。

「シルバさんとあなた方は、家の中へ入りました。そして、後にシルバさんがこもる部屋に入り、そこで西向きの窓からあの『立ち入り禁止』の札を撮影したんです【図9⑧】。
 ここで、犯人が『犯人でない者』に対して隠したい物が出てきます。これも明らかですね。それぞれ二つあるうちの、一方の玄関、そしてトイレを含む空間です【図9③、⑥】。さっき立体的な図で示したように、建物が回転対称の形状なら、玄関、洗面所、トイレも対称の位置に、それぞれ計二箇所ないといけないんです。
 『犯人でない者』がもう一方の玄関、洗面所、そしてトイレを見ることはどうしても避けなければならなかったんでしょう。巧妙ですね。中央の部屋に最初から鍵のかかった扉がありましたが、あれは建物が回転対称の形状をしていることを隠すためのものだったんです」

「そんな小細工がされていたなんて」北原はやや興奮気味に言った。
「整理しましょう。非常にややこしいので、その図【図9】の向きに対して、左側の部屋を『Aの部屋』、右を『Bの部屋』とでもしましょう。この場合、単に『左の部屋』、『右の部屋』と呼ぶと、厳密に表すのが困難になりますから。
 シルバさんとあなたたちはまず、家の東側の玄関から入りました【図9⑤】。それから、今言ったようにAの部屋の窓から、皆で立ち入り禁止の札を観察しましたね。ただし、北原さんがさっき指摘したように、両端の部屋の一方は小さく、もう一方はそれより広いはずでした。我々は『建物図面』によって、あれは〈モジャ〉さんによって線を描き加えられたものでしたが、そのように勘違いしていましたね。
 さて、あなたがたが実際あの建物に入ったときも、Aの部屋は狭く、Bの部屋は広いと認識されました」

「あのダンボールか」北原が突然声をあげた。
「そうです。あの複数あったダンボールです。あの中には正直、どうでもいい物ばかり入っていましたね。かけ布団、敷布団でしたっけ?笑ってしまいますね。シルバさんや東京スプレッドのメンバーのように若い人たちであれば、真夏の山中の小屋で一晩雑魚寝(ざこね)したくらいで、風邪なんかひきませんよ。あのダンボールの中身でなく、ダンボールそのものに意味があったんです。例えば引っ越しをするとき、家具を一式運び出した後の部屋を見て、『広くなった』と感じますよね。あれと同じです。最初ダンボールが沢山置かれていたAの部屋は狭く、そうでないBの部屋は広く感じられた、それだけのことだったんです」

 そこまで言い、丸多は二人の姿を観察した。北原は相変わらず、丸多の図に見入っている。〈キャプテン〉は反論する気力もなくしたらしく、鼻から息を吐く以外何もしようとしなかった。丸多は流れに矛盾がないか考えてから、再び語り出した。

「そして、いよいよ殺害が起こります。シルバさんは、Aの部屋の扉が映るようにカメラを固定しました。おそらく偶然ではないでしょう。彼がこもってから発見されるまで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずですから。
 シルバさんはあなた方に、食料や水など買って来るよう命じました。それから彼はAの部屋に入り、内側から鍵をかけました。
 殺害の手順はこうです。中央の部屋にはナンバー4さんだけが残り、他の方々は買い出しのため外に出て行きましたね。まずシルバさんは、Aの部屋の窓から外へ出ます。そして、Bの部屋で待機していた犯人に窓を開けてもらい、中に入ります。このとき、シルバさんか犯人のどちらか、あるいはどちらも協力するかして、AとBの荷物をそっくり入れ替えます。ただ闇雲に入れ替えるのではなく、すべての物が元あったところの回転対称の位置に来るよう注意が払われたはずです。それが完了し、シルバさんが再びBの部屋に入ったとき、彼は犯人によって絞殺されました。
 この次から、犯人にとって殺害の次に大事な仕事が始まります。犯人が『窓から出たか』、『扉から出たか』はまだ言いません。考えてみて下さい。後で必ず言います。
 まずどんな方法にせよ外に出た犯人は、順番は重要ではないですが、家屋の下に潜り込み、例の回転装置によって中央の部屋を180度回転させます。2つ目に、あの立ち入り禁止の札を東側の脇道の入り口に持って来ます。この札を移すことはそれほど難しくはないはずです。札を両側で支えている杭ごと引き抜けばいいわけですから。東側の脇道の両端に、あらかじめ杭がちょうど収まる程度の穴を二つ開けておけば、それらに二本の杭をそれぞれ差し込むだけで作業終了です。最後に、元の玄関【図9⑤】に置いてあったナンバー4さんの靴を、もう一方の玄関【図9⑥】に持ってきます」

 丸多は北原が熱心に眺めていた図を奪い、それに書いてある図のいくつかを消しゴムで消した。そこに新たな図を描き入れると、また二人の前に置いた。
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