9. 2019年3月31日(日)⑥

文字数 2,359文字

 言葉を切ると、圧倒されそうな沈黙が丸多に降りかかった。まるで、そのフロアにいる者全員が一斉に呼吸を止めたようだった。北原は真っ直ぐに丸多の顔を見て、彼の次の言葉を待っていた。〈キャプテン〉もようやく顔を上げた。心なしか、生気を取り戻したように感じられた。

 丸多の喉はもはや潰れそうであった。ここまで喋るつもりもなかった。そう思いながら、彼は最後の力で口を動かした。

「結論を言いましょう。昨日、現場付近のレストランで聞いたのですが、事件当日、そこの駐車場でニックさんが車を停め、中で待機していたんだそうです。そして、あなた方の話によると、キャプテンさんとモジャさんはそのとき、買い出しをせずに、揃って車の中でゲームをしていたらしいですね。さて、簡単な問題ですが、車二台に対し、メンバー4人はどのように割り振られたでしょうか。ニックさんはそのとき運転席にいて、さらに後部座席にも誰か乗っていたそうです。話を総合すると、車一台にはキャプテンさん、ニックさん、モジャさん、そしてもう一台にはモンブランさんただ一人が乗っていましたね。ニックさんは、あなたがた二人が車内で『ゲームをしていた』と断言していましたから。
 これが本当に最後ですが、私は先ほどBの部屋でシルバさんが犯人によって絞殺され、その後犯人は部屋から出た、という話をしましたが、そのとき敢えて、そこから犯人がどうやって外に出たか言いませんでした。もう、明らかですが、犯人は殺害を実行した後、部屋の窓から出たはずはありません【図10⑦】。そうだとすると、Bの部屋の窓の鍵を閉められなくなり、密室が成り立たなくなってしまいます。当然、犯人は殺害後、窓の鍵を閉め、何食わぬ顔をしてBの部屋の扉を開けました。そして、平然と編集中のナンバー4さんの横を通り、外へと出ました。
 そのときナンバー4さんは、Bの部屋にはただメンバーの荷物が置いてある、と認識していました。中央の部屋が回転する前なので、当たり前ですね。すると、思い出してみましょう。メンバーが買い出しに行く段のとき、『メンバーの荷物が置いてある部屋』に最後に入り、そして出て行ったのは誰でしょうか。最後に財布を取ってきて、足早に出て行ったのはモンブランさんでした。
 長かったですが、こういうことです。買い出しのとき最後にBの部屋に出入りした人が実行犯でなくても、その人は室内でシルバさんの死体を見たはずなんです。その人の前にBの部屋に入った誰かが、シルバさんを殺したわけですから。つまり、モンブランさんだけは実行犯であっても、そうでなくとも、確実に事件に関与していた、と言えるんです。
 きっと共犯はいるでしょうね。三人は何でレストランの駐車場で待機していたんですか?おそらく、コンビニに行く前に一仕事行わないといけないモンブランさんを待っていたんじゃないですか?それに、家が燃えた後に、斜面上で青い火を放つことで、モンブランさんに合図を送る人もいたはずです。それは死体発見後、現場を離れたキャプテンさん、ニックさん、モジャさんの中にいます」

 丸多はここで勢いよく立ち上がった。二人はまだ黙っていた。
「モンブランさんを呼んで来ようじゃないですか。彼がメンバー内でただ一人美礼さんのファンだったとすれば、動機を持っているのも彼しかいません」 

 丸多が奥の部屋に向かおうとすると、〈キャプテン〉がこの日、初めてまともに口を開いた。
「最後のところだけおかしくないですか?」
 丸多は立ち止まり、動く〈キャプテン〉の口を見つめた。

「モンブランの加入時期は、今丸多さんが言った通りです。確か、あいつは2018年3月にうちに入りました。ナンバー4も同時期です。ですけど、シルバさんが美礼さんを殴らなかったのは、前にお話ししましたよね。その話をシルバさんから初めて聞いたのは、モンブランの加入前です。ただ、モンブランが入った後も、その話を内輪で何回かしました。当然、事件前にもしました。だから、モンブランだって、シルバさんが無実であることを知ってるんです。仮にモンブランが、シルバさんが美礼さんを死に至らしめたと勘違いしたとしましょう。そして、シルバさんを殺す機会を得るためにうちに入ったんだとしても、モンブランはどのみち彼が無実であることを知ることになるんです。そうすると、モンブランにも動機はない、ということになりませんか」

 丸多は言い返せなかった。全くその通りだ。建物のからくりに注意がいってしまい、そこまで頭が回らなかった。
「それも含めて、彼に訊いてみましょう」

 丸多は走り出し、〈ナンバー4〉らがいる部屋の中へと入った。彼らの方へ手を伸ばそうとすると、壁の影に隠れていた〈ニック〉が丸多の腕を掴んだ。そこには〈モジャ〉もいた。〈ニック〉が引き戻そうとする寸前、丸多の手が黒いキャップ帽に触れた。

 〈モンブラン〉の衣服をまとった人体模型が、椅子から崩れ落ちた。丸多は何が起きたのかわからず、身を後ろに引いた。〈ニック〉の手に力が入り、丸多の手首に太い指が食い込んだ。

「こっちだな」丸多は、危機に直面した生き物のあの恐るべき力で、絡みつく手を振り払った。その勢いでリビングに戻り、隅に置いてあったスーツケースを乱暴に引き倒した。

 血の気の失せた〈モンブラン〉の死体が床に転がった。両目を閉じて体を丸める様子は胎児のようだった。

 追いついた〈ニック〉が丸多の背中に覆いかぶさった。座ったままの〈キャプテン〉が冷徹に言った。
「ニック、やめろ。もういい」

「丸多さん、落ち着いて下さい」〈ナンバー4〉がノートPCを手に持ち、リビングに入ってきた。「キャプテンたち三人は事件に関与していません。モンブランもシルバさんを殺していません」
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