ダンジョン用タタミ、あります。

文字数 2,329文字

 プレケッタリは困っていた。

 プレケッタリは非常に困っていた。

 困って立っているだけのプレケッタリの肩をどつきながら、冒険者たちはダンジョンに潜っていく。

 ここは大型ダンジョンの入口。
 賑わう冒険者たちの波はゆっくりと動いていく。しかしプレケッタリは、その場から動けないでいた。
 また肩をどつかれる。
 けれど動けない。
 その原因は、彼が両手で抱えている小型の畳にあった。

『――プレケッタリ、お前、営業して来い』

 そう課長から命令されたのは、レスア産業技研が特許を取得した「汎用結界タタミVer.4」の販売営業であった。
 この畳は、地面に置いて座ると結界が出現する。重さを感知して出現するため、呪文や魔法陣は不要だ。レベル70までの魔物の攻撃にも耐える結界で、ダンジョン内のセーフティルーム以外でも休息が可能になるという優れものだ。極限まで最小化・軽量化に成功しており、冒険者が持つ標準リュックにスッポリと収まる。
 基本的には畳1枚につき定員1名だが、裏面の窪みで繋げることができる。数枚重ねると結界も大きくなり、結界スキルがなくとも簡易休憩場を作成できる。パーティ内の負傷者を止むおえず残していく場合などにも役立つ。価格も、なんと銀貨2枚。

 あとは知名度の問題である。

 という経緯で大型ダンジョンの前まで来たプレケッタリであったが、肝心の営業はというと散々である。持っている畳に注目されるわけでもなく、背中のリュックに入れている畳は1枚も売れず、流れてゆく冒険者たちに肩をどつかれ続け、心はそろそろ折れそうである。
 プレケッタリが向きを変えて、人波から立ち去ろうとしたその時。

「おおおおい!! ゴールドスライムの群れが出たぞおおぉ!!!」
 ダンジョンの奥から叫び声が響いた。

 ゴールドスライムとは、倒すと金貨がドロップするレア種である。
 冒険者たちは目の色をかえ、ダンジョンへと一斉に走り出した。

 プレケッタリもその勢いにのまれ、あれよあれよという間にダンジョン内に押し込まれてしまった。戦う手段など持ち合わせていないプレケッタリは焦り、目についた横穴に飛び込んだ。
 ドドドドド……地鳴りのように止まらない冒険者たちの流れを呆然と眺めていると、ふと、足元に枝分かれしている小さな穴を発見した。安全にこしたことはない。プレケッタリはかがんで穴に入った。

 すると。
 先客が居た。
 ゴールドスライムだ。
 ほのかに光る黄金色の身体を、プルプル震わせている。
 冒険者たちに追い立てられ、見つかったら最後どつかれて殺される――。プレケッタリはスライムに同情した。震えている姿に、自分自身を重ねたのだ。

 そうだ、と彼は思った。
 これがある。
 この畳が。

 極限までのコストダウンと軽量化のため「結界出現条件=重さ」のみである事をプレケッタリは知っていた。誰も試した事はないが、魔物が乗ってもいけるんじゃないかと彼は前々から思っていたのだ。

 早速プレケッタリは、自分とスライムの間に「汎用結界タタミVer.4」を置いた。まず自分がそこに座る。すると結界が出現した。次に、席を譲るように横へズレると結界が消失した。
 スライムに手招きをする。
 何回かくり返すと、スライムはようやく震えを止め、おずおずと畳の上に乗った。するとプレケッタリの予想通り、結界が出現したのだ。
 試しにスライムを叩こうとすると、コンッという軽い音がして結界の薄い線が見えた。次に石を投げてみる。やはりコンッという軽い音がして石が跳ね返った。

「良かった……もう大丈夫だよ」

 プレケッタリが小声でスライムに話しかけると、スライムの身体はピカピカと点滅した。
 思わずプレケッタリは笑顔になったが、いつまでもここには居られない。穴から身を乗り出して通路の様子を伺う。冒険者たちの勢いはおさまり、入口前と同じようにゆっくりと流れているように見えた。
 プレケッタリはスライムに「元気でね」と手を振ると横穴から出て、壁づたいに慎重に入口まで戻った。

 レスア産業技研に帰ると、課長は容赦なくプレケッタリを叱りつけた。
 販売実績1枚。
 それもスライムに渡したなどとは口がさけても言えないため、プレケッタリは集計係に自分の銀貨を渡していた。
 課長の罵詈雑言を聞きながら、プレケッタリは黄金色のスライムに思いを馳せる。人助けならぬスライム助けをした自分を、今日はすこしだけ褒めてあげたい気がしたのだ。その気持ちは家に帰っても続き、プレケッタリは久々にぐっすりと眠れた。

 翌日。

 畳9千枚の大口注文が入った。

 それも、営業者にプレケッタリを指名したため、レスア産業技研は上へ下への大騒ぎとなった。
 プレケッタリが応接室に入ると、貴族の格好をした好青年がにこやかに立ち上がった。感極まったような笑顔で、握手を求められる。プレケッタリが手を差し出すと、青年は両手でしっかりと握り上下に動かした。
 だが、見知らぬ顔である。
 困惑するプレケッタリに対し、青年は構わず話はじめた。

「昨日は本当にお世話になりました」

「あの畳のおかげで、どれだけ安心できたか……」

「生き残れたのも、すべてが畳のおかげです」

「上の方々も全員が画期的な発明だと感銘を受けていまして」

「もちろん使い方は慎重に検討し、相互扶助の精神で今後の運営を円滑に進めていく方針で……」

 プレケッタリが呆然としながら意味がよく分からない話を聞いていると、ふと、青年の髪が黄金色だという事に気づいた。窓からの光に照らされ、ほのかに光っている。
 もしかしてと感づいたプレケッタリが、青年と目を合わせる。

 青年は笑顔で頷き、その拍子に髪がキラキラと輝き、まるで点滅したかのように見えた。
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