モリノ

文字数 967文字

 テレビは見ない。
 森乃が出ているから。

 けれど情報にあふれた世界から森乃を追い出すのは到底無理無謀な話だった。
 どこからでも追いかけてくる。
 ネットニュースの見出しから。社食の新聞から。同僚の話し声から。駅前のスクリーン広告から。電車の週刊誌釣り下げから。タクシーのラジオから。
 そして、
「……おかえり」
 自宅のベッドから。

 毛布で巧妙に隠しあたかも裸を連想させるような体勢で森乃はベッドに座っていた。本来座る場所には大きめの段ボール。テーブルに隠れて、何の段ボールかは分からない。
 小さい1DKが急に狭くなり、俺は盛大にため息をついた。

「はぁー…。いっつも俺ん家来るのやめろ」
 毛布をはぎ取ると、布面積少なめのスタジオ衣装だった。こんな格好で歌って踊るのかこいつ……。

「お前なぁ、………」
 あとは続かなかった。
 森乃の目から大粒の涙がこぼれ落ちたからだ。
 いつもの泣き落としだ。

「お兄ちゃんっ、もっ、森乃ね、森乃ね……! ひっく、ひっく」
「嘘泣きやめろ」

「ウソじゃないもんっ! ひっく、ひっく」
「しゃっくりかよ」

「………」
 森乃は頬をぷっくりふくらませた。
 あれほど大粒だったのに、涙はもう出ていない。

「お兄ちゃんなんか目隠し写真で春文砲撃たれればいいんだー!」
「兼谷さんはちゃんと裏取る人だろ。名刺交換したし」

「つまんない」
「おー帰れ帰れ。こんな詰まらない部屋から出てけ。おら、出ってっけー、出ってっけー」

「やだー!!」
「やだじゃないだろ社会人だろ。衣装も返さないとだろ」

「……お兄ちゃんの服貸して」
「入んねーだろ……。………。おい、無理に着んな! それ気に入っ…」

 ――ビリビリビリ!
 盛大な音を立ててTシャツは破けた。今月2回目。

「森乃!!」

「ごめーん。だってお兄ちゃん小さいんだもん」
「お前がでかいの! 用事ねぇなら北斗の拳の世界に帰れよもぉー…」
 破れたお気に入りの布骸を抱えている俺の上に、ヌッと影がかかる。

「用事ならあるよ。お兄ちゃん。だからあれプレゼント」
 森乃が指さした段ボールをよく見ると、ワイドテレビと書かれていた。

「僕、SASUKEの予選通過した」
「マジか……!?」

「お兄ちゃん好きだったでしょSASUKE。僕がんばるから見て」

 筋肉系アイドルの弟は、いそいそと段ボールを開けはじめた。

 テレビ……見るか。
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