死焼けサロンにご招待!

文字数 2,694文字

「編集長……、編集長! もうすぐ着きますよ!」
 俺の隣に座っている小太りの男は、閉じたまぶたが貼りついた醜い顔を左右にゆらしている。
 いや、馬車の振動か。
 さっきまであんなに声を出していたにもかかわらず、口はあけたまま。よだれが際限なく垂れている。
 眠り始めのうめき声はなんだったんだ。悪夢でも見てやがったのかこいつ。
 くそ。
 気持ち悪い。

 Yシャツに耐えられなくなり脱いだ。
 タンクトップは、もう汗でビショビショになっている。
 馬車にゆられること一時間。俺と編集長は、噂の死焼けサロンに到着した。いくら雑誌の企画だからといって、編集長までついてきたとあってはバダルフタワーズ支所も恐縮だろうと思い、空港で、俺は俺が一人で来たとケインズに知らせた。
 今回の取材旅行の手筈は、すべてケインズが受け持っている。その結果がコレだ。
 馬車は狭く、おおよそ俺の2倍の体重を誇る編集長とギュウギュウ詰め。あろうことか寝始める始末。

 アホではなかろうか。

 ギシギシと音をたてて、バダルフでは珍しい漆喰の壁をもつ四角い家の前で馬車は止まった。
 起きようとしない編集長を、俺とロバ使いの二人がかりでおろし、音に気づいて出てきた男も巻き込んで、なんとか応接室のソファに座らせた。
 暑い。
 運んでる途中で編集長の体から落ちたポケットに入っていた小銭やら、汗やなにやらでベトベトになっている小ナイフやら飴やらちびた鉛筆やらは、ロバ使いに駄賃として全部プレゼントした。

「所長のイラノンです」
 手伝ってくれた細身の男が死焼けサロンの所長だとわかり、俺は即座に詫びたが気にしないようだった。カップに入ったミルクが出される。
「バダルフマチリカのミルクは美味しいですよ」
 浅黒い肌の男は、ニコニコしながらこちらを見ている。
 もう取材は始まっているのだ、と、俺は俺を鼓舞した。
 写真を撮っていいかと尋ねると笑いながら承諾してくれたので、インスタントカメラで撮影した。
 今時はこんなんで十分使える。
 どうせ載せても古紙を再利用したザラザラの紙面だし、俺とイラノン所長の目は黒い線で消される。

 写真を撮り終わると早速手帳を開き、インタビューを開始した。
 レコーダーなんてのは不要だ。録音したところで、翻訳するのが手間だ。
 バダルフ語はイントネーションで意味ががらりと変わる。その場の雰囲気や話の流れは、録音じゃあ無理だ。

 ―― 死焼けサロンというのは?
「病気などで部屋に寝たきりの老人は、徐々にその黒さが失われていきますしかし、我々の神は黒しか天の国へ運ばないので、死後も短時間で日焼けさせる場所が必要だったわけです」

 ――なぜサロンという場所が必要だったのですか? 外に放置しては?
「言い伝えがあり、死後の7日間のうちに鳥に食べられる者は悪人だと。シナラあたりでは、鳥に食べられるとそこだけ天国に運んでもらえないとも言いますね」

 ――珍しいですね、となりの国では鳥葬が主流ですが
「えぇ、我々の神はバダルフ人だけのものです。名はウーナイといい、とても大きな手を持ち、土をくりぬいて湖を作りましたそして爪を埋め、そこからバダルフの先祖が生まれたといいます。我々の肌は元々白く、しかし神ウーナイはそれを良しとしませんでした。肌を黒くするために太陽と昼を、黒を崇めるために夜を、そして夜をくりぬいてー…」

 ――のぞき穴をつくった?
「その通りです! それが月というわけで、我々の礼拝の時間が夜だというのはそこに関係しています」

 ――死焼けサロンの構造についてお聞きしても?
「大人と子供、また体系でも黒くなる時間や温度が違いますので、機械を3つ用意しています大人用、子供用、サイズフリー。まず村の子供が走ってきてここが用要りであることを知らせます。そしたら機械の電源を供給して、ロバ車が死人を運んできます」

 ――電源はどこから?
「ジュパンNPOが開発した、豚のガスからとれる熱発電です。今回の取材に応じたのも、ジュパンからわざわざと聞いて」

 ――大変そうですね
「あとは体験していただければわかりますでしょう」

 所長が電源供給のため席をいったん外し、俺は編集長に断わってひとり、実際の機械が置かれている部屋へ入った。
 薄暗い。
 カメラを構える。
 日本の日焼けサロンにあるような、筒状のカプセルが2つ、そして大きめのものが奥にひとつ。上についている小さな天窓には、鳥対策のための鉄格子がはめられている。

 思ったよりも早くイラノン所長が戻り、編集長もまじえ実際の作業を体験させてもらうこととなった。
 幸い、死んですぐの遺体があり、それを使わせてもらえるようだ。
 数人の黒い所員に交じり、死体の服を脱がせて大きめのほうのカプセルに詰め込む。

 暑さで朦朧としているのか、死体だとは思えず普通にさわれる。
 しかし死体のほうは動かないのだ。詰め込むのも一苦労である。

 皆やけに喋りまくって詰め込むと思ったら、よく聞くと所員たちは、いたわるように死体に話しかけていた。
「こうしたほうが、よく動くんですよ。きっと錯覚でしょうがね」
 ハハ、と所長が苦そうにやさしく笑う。
 俺はたまらず、思考をきりかえるために声をあげた。
「ちょっと編集長! 手はもっと上に動かしてくださいよ!!」

 すっぽりと収まった死体の前で、もう一度写真を撮ろうと思った。
 俺と、編集長とイラノン所長の3人で写りたいと思ったため、所員のひとりにインスタントカメラの使い方とタイミングを教えなければならなかった。死体をかこむようにしゃがんで、上方面から撮ってもらう。
「アパーファ、ドゥッパ・サトーン・ノンス、」
 カチッ。

「そろそろ、ハッチを閉めますよ」
 イラノン所長の一声に、俺はずいぶんと放心していたんだと思い当たった。
 ストンとなにかが落ちてしまった気分。
 それは開放感だった。
 全身が笑おうとヒクついている。立ち上がって見下ろす醜い顔に所員が手のひらをかざし、ピチリとまぶたはまた閉じられた。

 ゆっくりと。
 テープレコーダーを取り出す。

 このために使いたくなかった。記念の一声だけを永遠にリピートしたい欲望。
 俺は日本からずっと考えていたその別れの一言を、所員がハッチを閉めている最中に、その音にかきけされないように、大声で笑い、ふるえている。
 昔の仕打ち、今の給与、あぁ、俺を追い込ませたのはお前だ。
 だがせめて天国へ逝ってもらおうとするのは、俺なりのやさしさなんだ、ぜひとも感謝して受け取ってくれたまえ!

 レコーダーの赤い録音ボタンを押した。

「…―さぁ編集長、身ずからご体験ッ!!」
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