コインニャンドリー

文字数 1,286文字

 オーナーの男は、玉田をじっくり上から下まで眺め、目を細めながら採用ですと言った。

「あっ、ありがとうございます! それで、仕事ってあの、何をすれば良いんでしょうか……」
「募集要項にある通りですが、」

 男が出入り口の貼り紙を指す。
 ガラスの引き戸には、白いテープで「タケカワコインランドリー」と書かれている。
 その隣に貼られた紙には、そっけない字で『猫と話をするだけの簡単なお仕事です。日当制・休日要相談』と書かれていた。

「とりあえず隅の椅子に座っていてください。今からでも大丈夫ですか? あ、そうですか。良かった助かります。じゃあ、今日はあと3時から、時給で数えときますから」
 コインランドリーの壁にかけられた時計は2時53分を示している。

 男が立ち去ると同時に、ランドリーに一匹の猫が入ってきた。
 珍しい色合い、三毛猫のオスだ。
 立ち止まり、玉田をじっくり上から下まで眺め、目を細めながら新人かいと聞いてきた。

「こっ、こんにちは! 玉田と申します、どうぞよろしく……」
「いや、構わん構わん。ところで、我の主人の洗濯物はどれかの?」

 ランドリーには現在、複数台まわっている洗濯機がある。
 主人とやらの特徴を聞くと、どうやら、面接中に入ってきて右端の洗濯機をまわしていたオバサンの飼い猫のようだ。三毛猫がその台の前に腰を落ち着けると、今度は別な黒猫が入ってきた。

「私のご主人様は、今日は洗濯しているかしら?」
 動いているのはあと二台あるが、玉田には見当がつかない。
 今日からの新人なもので、ちょっと分かりかねますと言うと、黒猫は優雅に首をかしげた。
「覗いてみてくださいません? 必ず白レースの靴下が入っているハズですわ」
 回転している洗濯物をずいぶん眺めたが、どちらにも入っていない。それを告げると黒猫はしっぽを下げ、残念そうに去っていった……。

 数週間働き、玉田はようやく気づいた。
 近所の猫たちの間では、コインランドリーを自分の主人が使用していれば、ここで涼んで良いルールとなっているらしい。
 空調の効いた、白い壁の清潔なコインランドリーは大変居心地が良い。

 たまに、主人が使用中でなくても居座るふてぶてしい猫もいる。そんな時には怯まずに追い出すのも、玉田の仕事に入っていた。
 夕方7時の閉店時には、オーナーが日当を持ってやってくる。
 ありがたい事だ。
 開店は朝の8時で、それより後に来る場合は、前日に知らせるとその分の時給を引いてくれる。昼食は、オーナーが準備してくれた。

 だんだん常連の猫たちとも顔見知りになり、猫集会の様子など、興味深い話も聞けるようになってきた。どうやら玉田にはこの仕事が合っているらしい。
 今日も閉店の時間だ。
 オーナーがやってきた。暑そうに手で顔をあおいでいる。

「玉田さん、ずいぶん評判いいですよ。これからもよろしくお願いします。これ、ちょっとボーナスって事で」

 ポケットから取り出されたのは、滅多に手に入らない高級猫缶である。

 フタを開けた瞬間の、えもいわれぬ匂い。
 たまらず椅子から飛び降りがっつく茶猫の頭を、オーナーはよしよしとなでた。
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