脱退せよ! クリスマス大作戦

文字数 2,652文字

 クリスマスのために、並木道の大通りにつけたのは何千個かのイルミネーション。
 リリンジは独身だが、独身であるがゆえにクリスマスライトアップの実行委員に選ばれた。

 彼女や彼氏、妻や夫と平常にラブラブしているだれかかれかは、そもそも実行する側ではなく見物する側である。悲しい事にリリンジは、20才になった今も彼女一人できねえであった。高校時代に彼女のひとりもできねえヤツはいくつになってもかぶってる、とは、現在男と同棲している先輩(現在ホスト業)の談である。

 ライトアップされた光はあたたかな肌色で、リリンジと同じ実行委員のタケノン(会社員・32才)は
「いいねえリリンジ君。まるで母親の中みたいだ」
 とマザコンまるだしのコメントをリリンジの隣で首をコキコキさせながら呟いた。

 リリンジは、先週離婚したばかりのタケノンに対して数分間コメントをはさまず……というかコメントが浮かばず「見回り行ってきます」と赤色の帽子をかぶった。
 実行委員は全員、金太郎飴のような赤と白のサンタ服を着ている。一番似合っているのは皮肉なことにタケノンであった。

 とにかく寒いので見回りもそこそこに売っている屋台の豚まんでも買おうかと冷えた夜を満喫するつもりでいた。
 人がひしめく並木道の遊歩道をあるき、ライトアップのための募金をつのっている他の実行委員に「オっカレーッス」と声をかけた。順調に豚まんを確保すると、リリンジはすぐ食べようと、配電の大元である並木道のはじまり付近。交差点の、隅の黒い電柱の前にしゃがみこんだ。

 ふとみると、配電盤を女がいじっている。
 サンタ服は着ていない。
 面倒くさいと思いながらもリリンジは女に声をかけた。

「あのー、」
「ぴゃ?!!!」

 マネキンのように動かない女と、手が凍ったままのリリンジを置いて夜は動き出した。信号が青になる。ハトの声のような音にあわせ、誰もがうごめいてやまない。

 ピッポー、ピッポー、ピッポー、ピッポー、

「なにしてたんスか。配電盤には、実行委員以外触っちゃダメなんスよ」

 肩をふるわせていた黒づくめの女が、目をあわせないまま何か言った。
 もっとよく聞こうと、足を体を近づける。
 女は黒髪でボサボサのショートカット、コートも黒、手袋も黒、ズボンもブーツも黒であった。まるでどこかの漫画かアニメの世界から抜け出てきたようだなとリリンジは思った。

「…だい……マス…せん」

 ブーピー、ブーピー。ブーピー、ブー。
 信号の音が終わった。

「大作戦……、あ、の、クリスマス……大作戦なん…です」

 そんな大きな作戦にもかかわらず女の言い方は小さく、リリンジは思わずというか実はワザとなのだが「おっと」と言って女の腕をがっしりとつかんだ。
 女は抵抗もせずに、リリンジに引きずられるように歩く。
 並木道のはじまりの公園には、臨時のスケートリンクなるものも設置されている。そこの裏手まで引きずり、すると観光客の声はほとんど遠くなった。
 放りだすように座らせる。
 豚まんはまだ温かい。「ちょっと待ってください」と言ってサンタ姿のリリンジは4口で豚まんを処理した。

「あの、すいませんが、あの、失礼っすが、テロリストかなんかスか」
「まさか!」

 女は大げさに首を振る。ウソだ、と直感的にリリンジはおもった。

「あの、私……信じていただけるかわからないんですが、この世は愛という名の宗教で凝り固まっているんです」
「はぁ、」

「それを開放するのが私の役割で、神の啓示という形をとって私の前に指し示めされました、みなさん愛だの恋だの言っておいて、そんなのはエゴのすりかえでしかありません。いってみれば一対一の思い込みの宗教でしかないんです、それを解放してあげるのです。硬く閉鎖された殻からの、そう、簡単にいえば、この世の不条理からの脱出なのです! 去年もやっていましたが、戦場のジャングルにクリスマスツリーを飾りつけてテロリストの脱退をうながす作戦がありましてですね、私はそれにちなんでクリスマス大作戦というのを決行しようという結論にいたったわけです! あ、いえ、結論ではなくてですね、それは神が導いた完全なる世界への実現なのです! おわかりいただけますか!?」

 はあはあと女の口から白い息がはばたいたとき、リリンジは聴いていたイヤホンをはずした。
 女はかたく握っていた拳をちからなくほどき「私はただ……」と言いかけてうなだれた。

「クリスマス中止のお知らせッスか、今年もネットで流行ってー…」
「違うんですサンタさん! 私は、あっ、………あの……お名前…」

「リリンジです。あのー」
「キノシタ、です」

「ハイ、きのしたさん……っと、」

 リリンジが取りだした警備用のメモ帳に書き込む様子を見て、女はあわてて立ち上がった。
「あの、違うんですリリンジさん! 私はただ俗世の愛という嘘にだまされた穢れた人間たちを困ら……しがらみから解放するために……じゃなくて、少し人波にやられてしまいまして、ええ、休んでいただけなんです! 私! 人酔いするんですッ!!」

「――あ、ノンさんスか? 怪しい女性を確保しました、警察に連絡する前に見てもらいたいと思って、ハイ、ちょっと待ってますね」

 携帯電話のボタンを押して連絡を終えると、女はあっという間に涙ぐんでいた。
 その変わり身の素早さといったら、リリンジがよくプレイするカーレースゲームの、例の坂のヘアピンの迫りくる具合にやたらよく似ている。親近感すらわいてきてしまった。
「……愛とか、よくわかんないッス。愛のコト知ってるだけで、大人の女だって思う……かな、オレ、何言ってんだろ」

 ティッシュをさしだすと、女は鼻をすすりながら「ありがと」と言った。その左手奥から、タケノンがどしどしと歩いてくる。
「おーい、リリンジくん、お手柄……」
 声がとまる。
 リリンジが不思議に思ってみると、焦点をあわせたまま、唇をあけたまま、タケノンさんは静止していた。
 フッと首を動かすと、黒づくめの女も目をあけたまま止まっていて、

「…タケノリさん……」
「ミユキ、」

 気をきかせてもとい、面倒な事は回避したいリリンジは、そのままサンタの格好をしたまま冷えた夜の見回りに走った。
 イルミネーションはバカみたいにきれいで、たしかにココは、この並木道は愛の空気はあたたかくて細長い殻のようだった。

 だがリリンジは、そこを抜けても星空が泣きそうなくらいみずから美しく光っていることを知っている。
 タケノンさんは、翌日、脱退した。
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