ちくわ近未来系

文字数 2,154文字

 白いケーキボックスを片手に ドアをガチリと開けたミキは、リビングから漂ってくるだしの香りに愕然とした。
 見えるのは、おたまを手に正座しているマナブと、カセットコンロの上の土鍋。
「お帰り、丁度来ると思っ……」

「ちょっと何それ!? 信じらんないッ!!」

 ヒザまである深いブーツを乱暴に脱ぎ捨て、ズカズカと突進したミキが仁王立ち睨みつけたのは、ふつふつと煮えているおでん。

「なんでおでんなの今日忘れてない?! 今日、アタシ達が付き合って4年目の記念日だよね!」
「知ってる」

「なんでおでんなのあーもうアタシせっかくキルフェボン寄って帰ってきたのに! おでんと苺タルトってマジ合わなくね?! 今日忘れてたの?!」
「いや、覚えてたけど……」

「はいはいはい! アタシがバカでした! なんかパスタにワインでも用意してくれるかもぉー~な~んて期待したアタシがバカでした!」
「戸、閉めて……寒いから」

「あーっ! きたぁ~その顔『うわー、記念日記念日って女ってマジウッゼーな』って顔だ?! はいはいウザくて悪ぅございましたね! ウザミキさんですけど何か!?」

 はあはあと息を切らすミキに、おでんを見守り続けるマナブ。
 しばらく沈黙が続くも、炊飯器のピーという炊けた音をきっかけに、ミキは乱暴にケーキ箱を冷蔵庫へ入れ、マナブはいたって冷静に、お椀をテーブルの上に並べ置いた。

「ミキ、」
 唇をとがらせたままコートを脱ぎ背を向けるミキを、マナブは後ろから抱きしめる。諭すように、優しくささやいた。
「今日、寒いから。ね、ミキの好きな魚肉ソーセージも入ってるよ」

「……別に。好きじゃないし」
「ハイハイ」

「好きじゃねーよ! 別に毎回入れなくていいから! あれはアタシの家だけの習慣ってコトでもう理解してるっての!」
「ハイハイ、もう煮えてるから」

 つけっぱなしのテレビでは、秋の特別番組として、芸能人クイズ王決定戦が放映されている。それを観ながら二人であーだこうだ言いつつおでんを食べていると、CMに入ったところで急にマナブが真面目な声を出した。

「ミキさ、実はこれ、一種の告白なんだけど。俺、ちくわ覗くと近い未来が見えるんだよね……」

「、は?」
「ちくわの穴をさ、こう、」

 マナブはほどよく煮えてくったりしているちくわを持ちあげ、穴を覗く仕草をした。

「……あのさマナブ。アタシ髪の毛金髪だし、危険が危ないし、ちょっとバカだけどわかるよ」
「ん?」
「エイプリルフールは4月1日にしかな、い、ん、だ、よ! 食い物で遊ぶなバーカ!」

 いーっと歯をむき出して威嚇した後、ウィンナーをほおばるミキ。
 マナブが諦めたようにちくわの端を噛むとCMが終わり、TV画面は派手な格好をした司会者に切り替わった。
『さぁ、次からの決勝戦は、一般正答率1%以下の超☆絶☆難問!』
 問題文が下枠に表示される。

「あ、これわかるよ。さっきちくわ覗いたから。ウンウンセプチウム」
「――は?」

「ウンウン、セプチウム」

 司会者の隣に立っていた女性アナウンサーが、問題を読み上げ始めた。
『問題です。2009年に存在が確認されたが、科学上の制約でまだ発見されていないとされている元素、周期表117番Uusの名前は?』

 会場の誰も答えられず時間切れ。画面に大きく出たのは――、ウンウンセプチウムの文字。

「……マジ?」
「マジです」

「えっ、じゃあ東大合格したのも……?」
「いや、センターとか、ちくわ持ってけないでしょ。俺の筆箱、どんだけちくわ臭いの」

「じゃあさー、じゃあさー、宝くじ当て放題じゃね?」
「だから、街角でちくわ出せないでしょ。変質者になるのイヤだよ」

 それより俺、春から社会人になるわけだけど、とマナブは箸を置いた。
 鍋の中は食べつくされ、ほとんど汁だけで、ちくわと崩れた大根が端にポツンと残されている。
「このちくわで、ミキと結婚するか決めようと思う」

「はぁッ!?」
「覗いて、楽しい未来が見えたら結婚。悪い未来が見えたらー…」

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!」
 箸を両手で持ちながら、お伺いをたてるように上目使いで半笑いのミキ。

「悪い未来見えたら、別れるってコト……?」
「あ、どうしよっかな」

「やめてよマジ最悪! なんでアンタっていつもそうなの?! そりゃアタシだってワガママいっぱい言ってっけど、それはマナブが許してくれるから……じゃなくて、いい。わかった」
「何が、」

「アタシがこのちくわ覗くわ」

 うやうやしく箸でちくわを持ち上げ、ミキはゴクリと咽を鳴らした。
 悪い未来が見えませんように……。そうっと、慎重に覗く。
 しかし、穴の先に見えるのは、真顔のマナブだけだった。そのマナブは斜め下を見て、何かをポケットから取り出す。黒い、小さな箱だ。

「ウソだよ」
「へ?」
「未来見えるって、ウソ。元素の名前なんて、東大生には常識問題だよ。結婚しよう、ミキ。俺、この間正社員内定したばっかだから、コレ、安物だけど」

 ちくわが鍋に落ちた。
 ミキの顔に汁が飛んだが、指輪を眺めたまま呆然と口をあけている。
 うぐ、ひっくと泣き始めたミキの顔を長袖でぬぐいながら、マナブは今後、ちくわの話はしない事に決めた。
 さっきミキが掲げたちくわの奥にはまだ、教会でキスをする二人のシルエットが映り続けている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み