復刻する岬

文字数 1,027文字

 気が済むまで、と自分に言い聞かせてから、もう、何年経ったか知れない。

 私の家は岬の手前にある。
 岬といっても今は、ただの崖になってしまっている。
 引っ越してきた当初、映画に出てきそうな岬があそこに凛と佇んでいた。家の窓から毎日、美しい夕日が岬をオレンジ色に照らし、沈んでいった。

 しかし。
 私と妻がこの地に腰を落ち着けて2年後。
 妻は、あの岬から転落して死亡した。

 前日通過した台風の影響で、岬の先端に水が浸みわたっていたらしい。岬の先端が、立っていた妻もろとも崩れ落ちてしまったのだ。
 妻のいない岬ー…、ただの崖を、元通りにしようと思うまで、そう時間はかからなかった。

 通帳から現金をおろし、資材を調達しにホームセンターへ行く。
 岬は、既に木の骨組みができあがっている。あとは茶色の発泡パネルを上から貼り付け、土をかけるだけだ。
 と。
 パネルコーナーに続く通路で、ばったり林田さんに会った。
 よく家に来てくれる知人だ。
 岬を……妻との思い出を取り戻す話に共感してくれて、金銭の援助も申し出てくれた。

「ぼくの友人に岬の話をしたら興味を持ったようで……、来週あたり、ご自宅に伺っても良いですかね?」

 私は喜んだ。
 来週なら、もう岬は完成しているはずだ。
 今度こそ林田さんに、あの美しい景色を見せられるだろう。

 週末。私は薄く土をかぶせたが、いかにも人工物というのが見え見えで納得がいかない。ある地点から、いきなり鳥のくちばしのような茶色い三角錐がニョッキリのびているような……。
 下手くそな出来栄えに、私は落胆しながら家に戻った。
 夕飯の準備をしつつ窓を見やると、夕闇の中、それでも崖はあの懐かしい岬に戻ったかのように見えた。

 そこへ。
 突然。

 ゆらめきながら、ひとつの影が現れた。

 目を疑う。
 人?
 まさか、妻か?
 窓を開け、大声で
「おい! そっちに行くんじゃない! そっちはハリボテだ、引き返せ!! やめろ行くな! そっ……」
 がらんがらんと音をたて、影とハリボテの岬は海に消え去った。

 ――次の週。
 林田さんから電話があった。
 友人の都合で行けなくなったが、援助金を振り込んだので確認してほしい、と。

 銀行で記帳すると、今度もまた大金が振り込まれていた。
 前も。
 その前も。
 夜の人影が岬を壊した後、必ず大金が振り込まれている事に、私は。もうとっくに……佐知子……。

 気が済むまでと強く言い聞かせ、私は資材を調達しに、ホームセンターへと足を向けた。
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