プロローグ その5

文字数 870文字

 四月四週。
「さてと、今年の新一年はどんなものか」
 グラウンド全体を扇町監督は眺めていた。長年、甲子園だけを目指して指導し続けている。が、一度も行ったことは無かった。ただ、高校時代の恩師が甲子園で指揮を執っているのをテレビで見た瞬間に高校野球の監督としての目標が完全に固まった。
「手を出すな。厳しくし過ぎるな、か」
 思い出すのは別の高校で指揮を執っていた時の事だ。別に体罰のつもりは無かった。大きな怪我を防ぐため、怠けていた部員の気を引き締めるために手を出してしまった。その結果、前の高校をクビになった。
「練習で手を抜くな。そう言う奴は本番で、結果は残せねぇぞ!」
 メガホンを片手に檄を飛ばす。この時期の三年生の気合いの入りは凄まじい。しかし、二年生、特にベンチ外だと思っている奴は手を抜きがちだ。
 今までの指導法を変えろとか難しすぎる。俺にはこの方法しか知らないのだ。
 今までの最高戦績は準決勝で負けたのが二つ。それまでだ。そこから先を見た事が無い。
 部員たちのウォームアップを眺めながらノック用バットとメガホンを掴んでグラウンドを歩いたり、椅子に座る。
「さて、今年の夏はどうなるか」
          ***
「キャプテン、今年の一年をどう思う?」
 これは毎年、キャプテンに行う恒例行事みたいなものだ。だが、今年はその意味合いが少し違う。
「そうですね」
 キャプテンの中村は二年生に対しての面倒見は良い方だと言うのが俺の評価だが、かなり嫉妬深い所もある様に言動から感じ取られた。
「あそこで雑用をしている奴らはそこそこ使えそうですね。その反面、グラウンドに残っている奴らは使えそうにありませんね」
「そうか? あいつらは使えるぞ。お前達もうかうかしていられんな」
 中村の表情はやや曇った。
「つい先日まで中坊ですよ? 夏までに間に合うわけないじゃないですか」
 相変わらずだな。中村よ、もう少し広い視野で周りが見えないもんか。
 今年の一年は俺から見ればここ数年で一番良さそうだ。だが、来年はどうだろうな。
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