プロローグ その2

文字数 3,128文字

 四月二週。

「一年、挨拶」

 野球部のグラウンドに一年生、それから監督と上級生が向かい合う。同学年は十五人ほどで先輩達も一学年でそれぐらいの部員数だ。強豪校と聞いていたが思っていたよりも少ないのは何故だろうか?

「知っていたか? 扇町監督は以前に別の高校を体罰が原因でクビになっているんだよ。だから部員が少ないんだよ」

 え? それぐらいで?

 最初に抱いたのはそれだった。

「強豪校だったらそれぐらい当然じゃ?」

 湯村と話していたら監督の視線が俺達の所で止まった。

「俺が話している間に私語とは、な。お前達グラウンド外周を十周。分かったら行け」

 そのまま湯村と走りに行こうとしたら背後から声を掛けられた。

「返事は?」

 呆れた様な視線で監督は俺と湯村に目を遣る。

「は、ハイッ!」

 声を揃えて返事をすると外周を走るべく、出入り口に向かう。

「見逃してはくれないか」

 湯村の言葉に首を傾げて見せる。湯村はきょとんとしている。

「これは罰?」

 俺の言葉に湯村は目を点にしているが、俺にはその理由が分からなかった。

 

         ***



 練習終わりに野球部寮の部屋割りが張り出されていた。一年生は最初に一般寮に入れられて、部活が決まり次第、順次その部の寮へ移動する事となっている。野球部は一年ごとに部屋割りが変わるらしい。

「さてと、部屋割りはっと」

 一年の所に俺の名前が書かれていて視線を下げていく。

 お、一年生は俺だけじゃない。

 湯村一明と言う名前を見つけてちょっと嬉しい。

「太田君、部屋割り一緒だね」

 友人と同じ部屋になった事は非常に嬉しい。少し心細かったし、同室の先輩を見て不安になっていたのだ。

 二年喜多岡正雄。三年中村耀司。

「キャプテンと同室だね。喜多岡先輩ってゴツゴツした様な顔の……」

 二人とも見た目は優しい先輩では無かった。

「喜多岡先輩ね。噂によると学校へ多大な寄付をしてくれているらしいけど」

 湯村と顔を見合わせるとため息が漏れる。

「三年生はこの夏が終われば一般寮へ移動するから喜多岡先輩次第だね」



          ***



 翌日。

「今日はこの学校で生活するにあたって大切な事を教えよう。全員に行き渡ったな」

 机の上に配られたのは紙幣より二回りほど小さな紙だった。そして紙幣と同じように右上と左上に一〇〇という数字に中央に学園長の肖像画が描かれている。

「それはこの学園の通貨のゴルトだ。最初に支給されるのは二〇〇ゴルト。何か質問はあるか?」

 後ろの席から全体を眺めていると一人の生徒の腕がスッと伸び上がる。綺麗な挙手に目を奪われていると担任の片倉先生がその生徒を指名する。

「谷町」

 ハイッと小気味いい返事が教室に響くとこれまたスッと立ち上がる。一連の動作に淀みは無く、感動するほどだ。

「ゴルトを増やす方法はありますか?」

 当然の質問だった。

「良い質問だ。この学校では奉仕の精神を学んでもらう事も重要な事だと校長は仰っている。そのため、奉仕活動でもゴルトを稼ぐことが出来る。それにゴルトはお金では無いから誰かに貸し付けて、利子を付けて払ってもらうのも有りだ。卒業後に何らかの形で返してもらう事もな」

 再度、谷町の手が挙がる。先ほどよりも手の動きが早くなっている。

「なんだ?」

 発言を促された谷町は再度立ち上がると、

「お金では無いという事は何かのゲーム等で賭けの対象にしても良いのでしょうか?」

 片倉先生は目を光らせた。

「谷町……」

 沈黙が教室を包み込む。

 谷町の後姿はぐらつかない。一本の大樹の様に微動だにしない。

「本当に良い質問をするな、谷町は。お金では無いのでそもそも賭博ではない。だから、それも問題ない。それにしてもこんな質問を受けたのは久しぶりだな」

 破顔一笑。同時に教室の雰囲気が和らぐのを肌で感じる事が出来た。

「しかし、これ。どうするべきか?」



          ***



 その日の授業を終えると一般寮から荷物を野球部寮へ移動させる。

「太田君、同じタイミングだね。これからよろしく」

 湯村と寮の廊下で鉢合わせた。互いに段ボールを二つ重ねて持っている。

「よろしくな」

 部屋にやってくると六畳ほどで両脇に二段ベッドが向かい合っている。当然の事ながら二人とも一段目のベッドが宛がわれる。

「お、来たな二人とも」

 今日は一年の移動日と言う事で練習が早めに切り上げられている様だ。既にキャプテンと喜多岡先輩が座って待っていた。

「中村キャプテン、喜多岡先輩。よろしくお願いします」

 俺と湯村は揃って頭を下げる。

「おうおう。それで、今日はゴルトが支給されたよな?」

 喜多岡先輩のねめつける様な視線が交互に行き来する。頷く必要性は無さそうだ。

「は、はい」

 眼鏡の奥の瞳の鈍い光に背筋に怖気が駆け抜けた。

「だったら、部費として一〇〇ゴルト。ほら」

 湯村と顔を見合わせると首を振っている。

 渋々、支給された二枚の一〇〇ゴルトから一枚を抜き取って喜多岡先輩の前に取り出す。

「あのー。部費として徴収されたゴルトって何に使われるのですか?」

 喜多岡先輩の拳が振り上げられた。

 ヘゴッ。

「あのな。そんなことは気にしなくていいんだよ。お前らは言われた通りに部費を納めればいいのだよ」

 殴られた頭を抑えていると徴収された部費を懐に収めていく様子が目に入った。

「仕方ないよ。こればかりは」

 湯村と連れ立って寮の外に出る。今の出来事で居づらくなったし、他の同級生に愚痴りたい気分にもなったのだ。



          ***



 寮の外には同級生たちが集まっている。

「よ、お前達もか」

 背の高いややきつめの顔をした男が手を挙げて俺達を招き入れる。こいつは門倉仁。他の同級生から聞いた所によると一番野球が上手いらしい。俺が知らないのはここに居る多くの奴がシニア出身で、軟式野球から来た奴の方が少ないのだ。

「という事は門倉達もか」

 乾いた笑いが皆の口々から漏れる。

「しっかし、ゴルトは学内通貨だろ? 購買に野球道具置いてあるのか?」

 体の線が細い、神経質そうな面持ちの奴が言う。こいつの名前は速水俊丞。

「それが、野球道具、が、ある、らしい」

 ブツブツとぶつ切りな言葉を並べる奴は細田剛羅(さいだごうら)。体だけは三年生の先輩にも劣らない。

「外出禁止なら何かしらはあるよな」

「え?」

 湯村の言葉に思わず反応すると周囲の者達も驚きの表情を以て俺の顔をのぞき込む。

「あ、あの。知らなかったんですか?」

 弱々しい、一見女子と間違えそうな優男風なこいつは斎藤一樹。

 斎藤はおずおずとしながらも話を続ける。

「入学案内、読んでないんですか?」

「え?」

「ヒィッ!! ごめんなさい、ごめんなさい」

 おどおどとした動きで何度も謝られると罪悪感しかない。しかし、俺は別に普通に接しているつもりなのだが。

「脅したわけじゃない。だが、驚かしてしまったのなら、すまない」

 斎藤に向かって頭を下げた。

「い、いえ。ぼ、僕も必要以上に驚いてしまっただけです。は、はい大丈夫です」

 誤解? は解けたのだろうか。そう思いたい。

「明日から本格的に野球部員だな」

 俺の高校生活はここから始まるのか。
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