第20話 競争と亀裂(共)

文字数 2,189文字

 九月二週。
 この学園はかなりスポーツに力を入れているというのは普段の練習から分かっていた。が、夏休みはライトを着けてまで練習は行われなかった。
「三時半には午後練習が始まるのはいいけど、しっかり九時前まで練習。更に飯を食ってからの練習はキツイぜー」
 湯村が更衣室で愚痴を漏らす。
 俺は練習よりもその間の授業が辛い。眠れば叩き起こされ、起きていても念仏を唱えられている。そんな感じでやっと始まる練習が楽しみで仕方が無い。
「そうか? 夏休みは自主練をしないと物足りなかったが、今は授業もあって丁度いいくらいだな。ただ、予習の時間を削っているのが、な」
 山岡はアンダーシャツに頭を通すと呟いた。門倉も頷いているし、俺も二人と何度か練習した事もあった。
「お、俺だって全体練習が終わってからやってるぜ? いっつも暗くなって、練習できねーわってなるし」
 小野道が山岡の話に乗っかる。いつもの事で、相手にされる様子は無いが、得意気な表情を浮かべている。
「お前らはいいよな。監督から目を掛けて貰ってさ。俺達は声すら掛からねぇ」
 誰かは分からなかったが部室の隅から愚痴が零れる。俺も声の掛からない一人ではあったが、そこに恨みなど無い。単に実力が足りなかったと思うだけで。
「そりゃ楽してベンチ入り、レギュラーとか良いよな? でもな、そんな高校だったら願い下げだな。弱いだけじゃねぇかよ」
 武藤が去り際に口にした。一気に不満を持っていた部員が静かになったが、それでもコソコソと愚痴を吐き続ける部員も居る。
「気持ちは分からんでも無いが、それと努力を放棄する事は別だろ。なぁに、太田は俺と一緒でショート希望だったよな? ライバルが多いからな。ま、俺が怪我でもしない内はレギュラーは取れないからコンバートしろよ?」
 奥野の言葉に苦笑してしまう自分が少し悔しかったが、何とか気持ちを切らす事無く練習できそうで少し感謝する。元々流されやすい気質を他人から指摘される事があったのだ。
「はぁ? 最後にべそかいても知らんぞ。あいつのせいでベンチだったとかだったら笑ってやるからな」
 ニッと奥野が口の端を吊り上げる。心底楽しそうな表情をしているが、何故そんな顔をするのかイマイチよく分からない。
「楽しみしてるわ」
 グラウンドに全員が集まると監督が一言。
「外十周」
 これはグラウンドの外周を十周という意味で、一部の部員の表情からは不満が漏れている。
 監督は意に介さず、ストップウォッチを手にしている。
「三十分以内だ。それを過ぎた奴は基礎体力が足りないという事で今日はずっと走ってろ。これを毎日繰り返すぞ」
 まぁ、問題無く走れるだろう。ただ、時間制限がある以上それに引っ張られて自分のペースを乱して時間オーバーの可能性もあった。
「俺は時間も見せずにお前らを走らせようと思うほど鬼じゃない。だから、これを持って来た」
 監督はよく陸上競技で見るタイマーを親指で指した。
「全員が走り切れることを願っているぞ」
 どこまで本気か分からない声色で告げた。

          ***

 グラウンドで入口に全部員が並んだ。一、二年全部員の数が三十人。思ったより数が少ないのは学校の方針なのか、色んな才能の持ち主を集めているとか聞いた事があった。
「さて、よーい、スタート」
 監督の手を叩く音でカウントが始まった。
 俺は後ろ側から走り、バラけ始めた所からペースを上げていこうと考えている。
 序盤は中段やや後方に着いた。
 周囲は同学年が多い。中段前方から先頭は二年生が多く、その中に一部の一年が紛れ込んでいる。
 三周目を回った所で微妙に差が出始めた。
 俺もそうだったが、もう少しペースを上げられる者と現状を維持しながら走り切ろうとする者に別れ始めた。
 グラウンド出入り口近くに来る度に監督に目を遣るとパイプ椅子に座ったまま、走っている部員達に見据えている。
 六周目。残り半分を切ったが、一番辛い時間帯でもある。序盤は体力に余裕があるが、この辺りから少しだけ息が上がってくる。残り三周くらいになれば終わりも近いという事もあって足取りは軽くなる。
 七周目。知らぬ間に監督が紙コップを机に並べて飲み物を注いでくれていたようだ。
 ラスト周回。余裕のある部員がスピードを上げた。時間は、と見てみれば二十五分だった。
 俺は戦闘集団やや後方から遅れない様にと速度を上げて追いかける。奥野、武藤、山岡らは先輩達に負けじと走っている。
 最後に足をもたつかせたが、何とか走り切った。
「夏休みの間も努力を怠らなかったようだな。上位十人は練習試合に使ってやる。他は俺が決める」
 順位は十七番。一年生の中では六番目で、概ね満足な結果となった。
「順位を気にしながら走った奴も居るだろう。とりあえず時間内に走ればいいやと思っていた奴もいるだろう。俺がお前らが入部した時に言った事を忘れたか? 社会に出れば二種類の人間に別れる、勝者と敗者だと。特に後ろの方は気の抜けた走りを見せやがって。後ろ三人はずっと走ってろ!」
 吐き捨てた。
 二十八~三十番になった者は監督を睨みつけるが、一笑に付される。
 流石強豪校で監督をやる人だと素直に思う。だが、僅かに悲しそうな表情を見た気がした。
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