第2話 女子寮

文字数 1,321文字

 五月一周週末。
 また女子寮に向かって歩を進める。時間は六時で、自主練を行う部員たちは既に部屋から出てランニングや素振りなどを行っている。そういった連中をよそ目にランニングに行くふりをして森に入る。
 シュッ、シュッ、シュッ。ダン、ダダッ。
 広場に出る手前で前回と同じ音がして足を止めた。
「前回の時と同じ音? どんな事をしている」
 枝葉の隙間から広場を覗く。
 中原さんが二メートルほどの長さの棒を木に向かって突き出している? いや、違う。
 落ちてくる葉に向かって突きを放っているのだ。正確に葉の中央を狙ってだ。
「誰や? そこで隠れているのは⁈」
 俺は彼女と目が合った様な気がして観念し、立ち上がる。
「あちゃー。見られたか。やっている事は見られたくなったんやが」
 中原は顔を手で覆う。
「カンフー映画って言ってたあれか? 修業は誰にも見せる訳にはいかない的な?」
 両手で掴んでいた棒をくるりと一回しして先端を地面にそのまま伸びる棒の部分を肩に引っ掛けると、
「ちゃうちゃう。そんな事は正直、どーでもええんや。ウチは目立つのが嫌でな。ほんで、こっそりと体を動かしていた訳や。それにこれは物干しざおやし」
 その身長なら十分に目立っているだろうに。その言葉を飲み込むが、中原の目がキッと吊り上がる。
「なんやて?」
 妙に勘の鋭い目の前の女子生徒から目を逸らし、道の奥へ視線を走らせた。
「またかいな?」
「何が?」
「分かっとるくせに、よぉとぼけるわ」
 多分、目的の事だろう。
「んでも、何もおもろいとこでもなし、監督生や先生、それに寮長にでもばれたら最悪退学やで?」
 うーん。確かに退学は困る。
「ここまで来たら、見に行かなくちゃ男じゃない」
 拳を振るって熱弁する。
 すると、中原はくるりと反転した。彼女のスカートがひらりと舞う、そんな光景に思わず釘付けになった。
「わーった。ほな、案内したるわ。こっちや」
 中原の後ろを付いて行くと男子寮とは雰囲気が違う様な気がする建物がバンッと現れた。
「これが女子寮や。満足、か? 何を泣いとるんや」
 思わず目の前の光景に頬に熱い何かが流れたのを感じた。
「ようやくここが共学で、本当に女子生徒が居るんだと実感したよ、ありがと」
(ウチも女子生徒なんやけど、傷付くなぁ……)
「うわぁーい。あ、女子だ」
 ズイッ、眼前に中原の大きな手と物干しざおが現れた。
「ハイハイ。これ以上は見学料が発生します」
 アナウンス調で中原が告げた。
「ほんと、ありがと。中原さん」
「そかそか。じゃあ、これからは来なくて、いいな?」
 ひとしきりはしゃぐとそれに満足した。
 本当に共学なんだ。ん? でも、ばれなかったんだよな。だったら、自慢は出来ないな。
「そこに居るのは誰ですか?」
 ヤバッ、先生だ。
(隠れて)
 中原がジェスチャーをする前に茂みに隠れる。
「せんせ、ウチですわ」
「あぁ、ミス中原ですか。ですが、その言葉遣いどうにかなりませんか。少し荒っぽいです」
「いやぁ、すいません。ウチ、どうも標準語苦手ですねん」
 中原さんが時間を稼いでいる間に逃げるか。ありがとう。
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