第15話 打撃テスト(共)
文字数 2,379文字
八月二週。
「今日は一年生の実力を確認しておこうと思う。今の時期は丁度公式戦は入っていない」
亜原キャプテンがウォーミングアップを終えた部員を集めるとそう告げた。その中で二年生の一部、特に喜多岡先輩が文句を垂れた。
「おいおい。今は秋季大会に向けて練習をする時だろう? だったら、一年生の実力を確認する必要性は無いだろう」
喜多岡先輩の先輩に複数の部員が頷くがキャプテンは首を横に振る。
「今だからこそだ。秋季大会まで期間がまだあるし、新戦力を発掘しない事には俺達は強くはなれない。先輩達は聖王になす術なくやられた。だとしたら、今の俺達だけでは聖王に勝つことは難しい。だから、部内に新しい風を吹かせる必要があるんだ」
俺達一年の全員が頷いた。キャプテンの言う事よりもチャンスを与えられたという事実が嬉しい。
「監督、構いませんよね?」
事態を静観していた監督は閉じていた目を開けた。
「お前達が決めたのならそれでいい。それに俺はキャプテンの考えと同じだ。戦力が低下している現在、新たな戦力を追加しないのなら聖王に勝てないだろう。向こうも同じ条件だが、甲子園と言う経験の差が出るだろうからな」
解散すると俺達は嬉々として打撃練習用のゲージを一セット用意した。今回は実戦形式で相手も同じ一年生の投手候補だ。
「そう言えば同学年の球を打つのは初めてだな」
山岡が投球練習をしている門倉を見つめている。
「門倉か。正直、現状ではあいつの球を打つのは少し辛いな」
速水が間に割って入って来た。速水は最初に打席に入るらしく、じっと門倉の投球を見つめている。
「速水は打撃が苦手だったな。前回もあまり良くなかったらしいが」
俺も速水の前回のテストの結果は朧気ならがらも覚えている。けど、球拾い時等の守備の動きには目を見張るものがあった。
「八番センターが定位置だった。フォームを何度か弄ったが、どうにも頭が上下しているらしい」
頭の位置が上下すれば視線が動くので自然ボールを捉えにくくなる。
「まぁ、守備と走塁を武器にするしか勝ち目が無かったからな」
やや自嘲気味に速水が呟いた。
***
相手は武藤か。門倉は三人に投げ終えた所でマウンドから降りた。本人はまだ投げたそうにしていたが、他の一年生投手の事を考えれば当然だろう。
「武藤は真っすぐが見た目より速い。それに左だから少し苦戦するかもな」
打席の外から武藤の投げる球を見つめる。球種はストレートに流れるようなスライダーにチェンジアップ。その他もあるが、狙うならこの位だろう。
セットポジションからゆったりと足を上げる。踏み込むところで腕を素早く振り抜いた。ミットにボールの収まる音が耳に心地よい。
「打席に入れ」
この時初めて監督がジャッジをしていることに気が付いた。
打席に入ると武藤がプレートを一塁側の方に立っていた。先ほどの投球練習でやや腕が上下している所があったのはこのためだろう。
「三打席だ。カウントはワンボールワンストライクから、フォアボールも一打席に換算する」
背後から監督の声が聞こえた。前は十球勝負だったが、今回は実戦形式だ。
初球。
インステップから投げられたストレートが胸前を通過した様だ。思わずのけ反ってしまった。相手は最初から抑えるつもりの投球に俺は遅れて意識を切り替える。
カウントはツーボールワンストライク。ここからは外角に気を払う必要があるが、踏み込まなければ力負けするだろう。
「ふぅー」
サイン交換をする間、武藤を睨む。ヘルメットの鍔をバットで軽く叩けば耳に固い音が響く。
武藤が胸の前にグラブを掲げる。利き手もグラブに収まっている。
右足がゆっくりと上がる。
インステップに踏み込む、ザクッと音がして、一瞬の間を置いてボールがリリースされた。
外に来ると読み、上げた右足をクロス気味に踏み込んだ。
しかし、来たのは膝元に沈むボールだった。
思わず後ろに跳び退る。
「ストライク!」
意識の外側にあった分、当たらなくても避けてしまった。
追い込まれ、同時に相手に付け入る隙を与えてしまった。
「ツーボール、ツーストライク」
これで余計に考える事が増えた。考える事は苦手だが、ここで思考を放棄すれば多分駄目だ。
一度打席を外して二つバットを振った。気持ちを切り替えるには動いた方が良い。いつもそう。
さて、打席に立った。
投げられた球は外に流れていく様なスライダー。バットが出かかるが何とか踏みとどまる。先ほどの腕の振りを思い出せば、やや腕が今までよりも下がっていた。
勝負の球は恐らくスライダーだと見た。配球の関係で初めてスライダーを使ったのだろうが、一瞬だけ武藤の表情が変わったのが見えた。三振を取りに来たのだろう。
足をゆったりと上げて踏み下ろす。腕の位置がやや高い。
外にやや落ちる様に流れていく。
右足を踏み込み、目一杯に腕を伸ばした。
カツン。
ヘッドの消音のための部分にボールが当たった。
「おぉ」
ゲージの裏から声が聞こえる。今の球に対して反応して何とか当てた事に関する感嘆だろうか。
三球目の球よりも落ちた。縦のスライダーでは無かったが、それだったら多分バットには当たらなかっただろう。
五球目。
インローに落ちていくチェンジアップ。踏み込んでからワンテンポ遅らせてバットを出した。
片腕一本で掬う様な打撃で上手く打てた。
カーン。
力負けは無い。ただ、力をボールに乗せられたか自信は無い。後はファーストの頭を超えれば……。
ファーストが下がる。打球に合わせて飛び上がった。
ポーン。
ファーストミットの先を掠める様に外野の芝上に落ちた。
「今日は一年生の実力を確認しておこうと思う。今の時期は丁度公式戦は入っていない」
亜原キャプテンがウォーミングアップを終えた部員を集めるとそう告げた。その中で二年生の一部、特に喜多岡先輩が文句を垂れた。
「おいおい。今は秋季大会に向けて練習をする時だろう? だったら、一年生の実力を確認する必要性は無いだろう」
喜多岡先輩の先輩に複数の部員が頷くがキャプテンは首を横に振る。
「今だからこそだ。秋季大会まで期間がまだあるし、新戦力を発掘しない事には俺達は強くはなれない。先輩達は聖王になす術なくやられた。だとしたら、今の俺達だけでは聖王に勝つことは難しい。だから、部内に新しい風を吹かせる必要があるんだ」
俺達一年の全員が頷いた。キャプテンの言う事よりもチャンスを与えられたという事実が嬉しい。
「監督、構いませんよね?」
事態を静観していた監督は閉じていた目を開けた。
「お前達が決めたのならそれでいい。それに俺はキャプテンの考えと同じだ。戦力が低下している現在、新たな戦力を追加しないのなら聖王に勝てないだろう。向こうも同じ条件だが、甲子園と言う経験の差が出るだろうからな」
解散すると俺達は嬉々として打撃練習用のゲージを一セット用意した。今回は実戦形式で相手も同じ一年生の投手候補だ。
「そう言えば同学年の球を打つのは初めてだな」
山岡が投球練習をしている門倉を見つめている。
「門倉か。正直、現状ではあいつの球を打つのは少し辛いな」
速水が間に割って入って来た。速水は最初に打席に入るらしく、じっと門倉の投球を見つめている。
「速水は打撃が苦手だったな。前回もあまり良くなかったらしいが」
俺も速水の前回のテストの結果は朧気ならがらも覚えている。けど、球拾い時等の守備の動きには目を見張るものがあった。
「八番センターが定位置だった。フォームを何度か弄ったが、どうにも頭が上下しているらしい」
頭の位置が上下すれば視線が動くので自然ボールを捉えにくくなる。
「まぁ、守備と走塁を武器にするしか勝ち目が無かったからな」
やや自嘲気味に速水が呟いた。
***
相手は武藤か。門倉は三人に投げ終えた所でマウンドから降りた。本人はまだ投げたそうにしていたが、他の一年生投手の事を考えれば当然だろう。
「武藤は真っすぐが見た目より速い。それに左だから少し苦戦するかもな」
打席の外から武藤の投げる球を見つめる。球種はストレートに流れるようなスライダーにチェンジアップ。その他もあるが、狙うならこの位だろう。
セットポジションからゆったりと足を上げる。踏み込むところで腕を素早く振り抜いた。ミットにボールの収まる音が耳に心地よい。
「打席に入れ」
この時初めて監督がジャッジをしていることに気が付いた。
打席に入ると武藤がプレートを一塁側の方に立っていた。先ほどの投球練習でやや腕が上下している所があったのはこのためだろう。
「三打席だ。カウントはワンボールワンストライクから、フォアボールも一打席に換算する」
背後から監督の声が聞こえた。前は十球勝負だったが、今回は実戦形式だ。
初球。
インステップから投げられたストレートが胸前を通過した様だ。思わずのけ反ってしまった。相手は最初から抑えるつもりの投球に俺は遅れて意識を切り替える。
カウントはツーボールワンストライク。ここからは外角に気を払う必要があるが、踏み込まなければ力負けするだろう。
「ふぅー」
サイン交換をする間、武藤を睨む。ヘルメットの鍔をバットで軽く叩けば耳に固い音が響く。
武藤が胸の前にグラブを掲げる。利き手もグラブに収まっている。
右足がゆっくりと上がる。
インステップに踏み込む、ザクッと音がして、一瞬の間を置いてボールがリリースされた。
外に来ると読み、上げた右足をクロス気味に踏み込んだ。
しかし、来たのは膝元に沈むボールだった。
思わず後ろに跳び退る。
「ストライク!」
意識の外側にあった分、当たらなくても避けてしまった。
追い込まれ、同時に相手に付け入る隙を与えてしまった。
「ツーボール、ツーストライク」
これで余計に考える事が増えた。考える事は苦手だが、ここで思考を放棄すれば多分駄目だ。
一度打席を外して二つバットを振った。気持ちを切り替えるには動いた方が良い。いつもそう。
さて、打席に立った。
投げられた球は外に流れていく様なスライダー。バットが出かかるが何とか踏みとどまる。先ほどの腕の振りを思い出せば、やや腕が今までよりも下がっていた。
勝負の球は恐らくスライダーだと見た。配球の関係で初めてスライダーを使ったのだろうが、一瞬だけ武藤の表情が変わったのが見えた。三振を取りに来たのだろう。
足をゆったりと上げて踏み下ろす。腕の位置がやや高い。
外にやや落ちる様に流れていく。
右足を踏み込み、目一杯に腕を伸ばした。
カツン。
ヘッドの消音のための部分にボールが当たった。
「おぉ」
ゲージの裏から声が聞こえる。今の球に対して反応して何とか当てた事に関する感嘆だろうか。
三球目の球よりも落ちた。縦のスライダーでは無かったが、それだったら多分バットには当たらなかっただろう。
五球目。
インローに落ちていくチェンジアップ。踏み込んでからワンテンポ遅らせてバットを出した。
片腕一本で掬う様な打撃で上手く打てた。
カーン。
力負けは無い。ただ、力をボールに乗せられたか自信は無い。後はファーストの頭を超えれば……。
ファーストが下がる。打球に合わせて飛び上がった。
ポーン。
ファーストミットの先を掠める様に外野の芝上に落ちた。