第19話 トモの部活

文字数 1,377文字

 雨の日以外は朝のランニングとトモと会う事が日課になっていた。雨の日もランニングは欠かさないが、ここには寄らずにグラウンド外周を何周かを走って寮に戻るのだ。
「なぁ、ハル君。ハル君って、甲子園を目指してるん?」
 トモの突拍子もない質問に少し困惑した。が、迷う様な質問でも無い。
「うん。そりゃあ、高校野球をやっている奴なら本気かどうかは別として甲子園を目指すさ。そういうトモはどうなんだ? あれ? 俺、トモの部活知らないな……」
 思えばトモと知り合ってから半月程が経過したが、彼女の部活を俺は知らなかった。それは興味が無かったとかそんな話でなく、単にその話までいかなかったというのが現実だった。
 そっかぁ、とトモは言葉を漏らした。
 言いたくないわけじゃないと思うけど、余計な事を聞いたのかとトモの言葉からそう感じた。
「ウチはバスケ部。ほら、ウチ背は高いやん? ちょっとポカして今は雑用係やけど」
 確かにバスケやバレーなら背の高いトモにとってアドバンテージのある競技だろう。しかし、武術をやっているというトモが他の運動部に所属している事を少しだけ不思議に思う。
「バスケ部だって野球部で言う所の甲子園みたいなのあるだろう? だったら、トモだってそういう所を目指しているんじゃないか?」
「あは、そうやね。でも、ウチ目立つの苦手やねん」
 その言葉に偽りは無いだろう。実際トモは背を丸めたりして、背を低く見せている気がしてならない。
「何か隠していないか?」
「え? 何も隠してへんで?」
 ブンブンと大きな両手を顔前で振って見せる。
「わざとらしくないか?」
「いやいやいや。ウチ、こんな感じやねんて。今まで素が出されへんかって……」
「へぇー。素、ねぇ」
 いつも小さくは見せていても、大きく見えていたトモが顔と手を赤くして小さくなっているのが俺の嗜虐心を刺激してくる。
「うぅっ」
 こうしてまじまじとトモを眺めていると普通では気が付かない様な可愛い面が見えてくる。
 室内の部活だからか肌も白く、ショートカットから見える白い項がなんとも言えない。少し顔を近付けるとほのかにいい匂いが鼻腔をくすぐってくる。
「ちょっ、何してんねん。それに近いわッ!!
 頬をビンタされた勢いで芝の上を転がる。頬がジンと痛み、全身が芝にまみれる。だが、悪い気はしない。そもそも、今のは俺が悪いということぐらいは分かっているつもりだ。
「イタタ……。ペッ」
 口内に侵入した芝を吐き出す。口の中は切れてはいない様で草と土の味が嫌なハーモニーを奏でている。
「う、ウチは悪くないで。ハル君が変な事したからやで」
 目が若干動揺しているふうに見えた。
「せやな。ちょっと調子乗った」
 言った瞬間に言葉に詰まった。次の言葉を選んだとかでは無くて、トモの関西弁が移ったのだ。
「プッ、クふふふ。なんや、その微妙な関西弁は? ま、反省しとるみたいやし、許したるわ」
「ありがと」
 立ち上がると全身に着いた草や土を払い落す。
「ごめん、な」
 少ししおらしく謝るトモに対し、茶化す事はしない。
「ま、俺も可愛らしいトモを見られたという事で、練習に行くわ」
 後ろから罵声の様な言葉が聞こえるが本心からでは無いのは分かっているし、既に気持ちは練習の方を向いているのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み