第40話 「ねえ、どうして宮大工になんか成ったの?」

文字数 1,079文字

  或る時、良美は亮介に聞いた。
「ねえ、どうして宮大工になんか成ったの?」
「なんか、と言うことは無いだろう・・・」
「ご免、言い方が悪かったわ」
「まあ良いさ。俺は小さい頃から物を創るのが好きで、五歳頃には、大工さんになりたい
って、親に言っていたそうだ。高校の建築学科に進み、卒業する時に、大学へ進学するか大工になるか迷ったんだが、早く手に職をつけて独り立ちしたいと考えた俺は大工になる道を選んだ訳だ。その時、普通の大工ではなく、やるなら、大工のトップと言われる宮大工を目指そうと思ったんだよ。佐渡の専門学校で四年、今の店で約二年、宮大工の修業を積んで今に至っている次第だ」
「遠い新潟からこの京都に出て来たのには、何か理由が在るの?」
「京都には歴史と伝統に満ちた神社仏閣や文化財がいっぱい在るからな。腕を磨くにはもってこいの場所だよ。それに、多分、食い逸れも無いだろうしな」
そう言って亮介は屈託無く笑った。
「あなたの会社の“匠京堂㈱”って名前には何か意味が有るのかな?」
「匠は最高の技術、京は京都の京、堂は建物、つまり、京都に在る建築の最高技術専門集
団と言う意味だよ」
「そうか、よく考えたものね。で、その専門集団で修業を積んで、将来は棟梁になって独立したいと考えているわけ?」
「うん。未だ大分先の話だが、行く行くは自分の工務店を持ちたいと思っている。一級建築士の資格を取って、岡本棟梁のお墨付きを貰って、それまでに少しは金を貯めて、まあ三十歳過ぎ位にはなるかも知れないが、な」
「ふ~ん、そうなんだ」
「その頃にはお前は俺の奥さんになっているだろうからさ」
不意に予期しなかったことを口にされて、良美は戸惑って口籠った。
「何を馬鹿なことを言っているのよ、急に・・・」
然し、思い掛けない乱暴とも思える亮介のプロポーズに良美の心は狼狽えながらも熱く火照った。
「宮大工の知恵や技術や技法は、棟梁などの師匠から弟子へ口伝えで継承され、長い修行の末に一人前として認められる。個人差があるので一概には言えないが、まあ後、五、六年は修業を積まないと一人前と認められて仕事を任せて貰うことは出来ない。一般の家屋大工と比べて、三倍ほどの修業期間が必要だと思っているよ」
亮介はこれからの自分の行く末を良美に熱く語った。
「それに、重要文化財などの修理を行う際に、責任者を任せて貰える文化財建造物木工技
術者の認定資格も取らなきゃならんし、先は未だ未だ長いぞ」
亮介の語り口はまるで良美が彼と結婚するのが当然のことの様な物言いだったが、良美もそれ程の抵抗感も無く彼の話に頷きながら聴き入っていた。
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