第51話 母親の病気と父親の献身的看護

文字数 1,394文字

「母親が病弱で、三歳下の妹と親父が実家で母をサポートしていたんですが、妹が当時つき合っていた男性と結婚したいと言い出したので、僕が実家に戻ることにしたんです」
実家に戻ってみると、母親は想像以上に手の焼ける状態だった。
感情の浮き沈みが激しく、朝、布団から起き上がれない日も有る。調子が良い時でも外には出たがらず、家事は殆どしない。病院では「うつ病」と診断された。
「僕も父も妹もそれぞれ仕事を持っているし、家族みんなが母親に振り回されてへとへとになりました」
そんな或る時、母親が催眠剤を多量に飲んで自殺を図った。
「お母様が自殺を?」
「医者から貰って来た薬を飲まずに少しずつ貯めていたようなんです。枕元に遺書がありました。幸いにして、発見が早かったので一命は取り留めましたが・・・」
「遺書には何か?」
「お母さんとお父さんのところへ行きます、とだけ、鉛筆で走り書きが在りました」
「そうですか・・・」
「もう家族がしっちゃかめっちゃかですよ。僕は相変わらず仕事が忙しかったが、母のことは放っておけない。妹は、こんな状態じゃ結婚できない、と結婚を先延ばしにしました。この時僕は、家族って大変だな、って思いました。そして、母親が落ち着いたら妹を結婚させて、もう自分は結婚しなくても良いや、と思ったんです」
「なるほど・・・」
「子供の頃は仲の良い家族だったんです、旅行をしたり河原でバーベキューをしたりして。大学まで行かせて貰ったし、両親のことは尊敬していました。だけど、これだけ家族を振り回して迷惑をかける母親って何なんだろう、って、正直言って、その時は母親が真実に疎ましかったですね」
 それから一年後、妹が結婚をして家を出て行き、宏一と父親が母親の面倒をみるようになった。
或る日、唐突に父親が宏一に言った。
「お父さんが仕事を辞めてお母さんの面倒をみるから、お前も自分の人生を考えろ。誰かいい人は居ないのか?結婚して家庭を持て、な」
「今はそんな相手は居ないから・・・」
宏一はそう言って言葉を濁したが、内心、結婚をしたいとは思えなかった。
そして、彼はつい最近まで、結婚はもうしなくてもいいかな、と思っていたのである。
「そんなあなたがどうして結婚する気になったのですか?」
「僕の考えを変えたのは、会社を辞めて母親を献身的に看病する父の姿でした。親父は頑固者で一徹で、仕事一筋人間でしたから、嘗てはよく母親とぶつかり合っていました。そんな親父が、かいがいしく料理を作って母親の部屋に運んだり、洗濯をしたり、掃除をしたり、風呂を沸かしたり・・・。ちょっと恰好つけた言い方をすると、夫婦ってどんな時にも寄り添う運命共同体なのだな、って思ったんです。病気になったり年老いたりした時に支え合えるパートナーが居るって良いな、って・・・。それから、もう一度結婚について真剣に考えてみようという気持ちになったんです」
 献身的に母親に尽くす父親に夫婦のあるべき姿を見出して、結婚したい、と思った宏一だったが、いざ婚活をスタートさせてみると、お相手選びは容易くは無かった。三十歳を過ぎると出逢いは一気に減って行った。
「三十歳を超えると恋愛事情は一変するんですよね。良いな、と思う女性には既に彼氏が居るし、合コンの誘いも減る。出逢いが格段に少なくなりました」
「まあ、そう諦めずに、慌てないで、じっくりお相手を探しましょうよ、ね」
  
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