第6話 由香は十歳の時に野球を始めた

文字数 1,394文字

 小さい頃から男の子以上に身体が大きく力も強かった小宮由香は、十歳になった時、少年野球のクラブチームに入って野球を始めた。それまで父親とよくドーム球場へプロ野球のナイターを見に行っていた彼女は、野球には強い親近感を持っていた。
 放課後、学校から帰った由香は近所の友達と遊ぶことはせず、まっしぐらにグランドへ駆けつけて野球の練習に汗を流した。練習後はビデオを見て打撃や投球のフォームをチェックするという毎日を過ごした。
「由香ちゃんって変わった子ね」
「そうね、女の子なのに野球に熱中するなんて、ねえ」
周りからは、変な子、と白い目で見られることもあったが、由香は全く気に掛けもせず頓着もしなかった。
 由香が最初にやらされたのはグラウンドの整備と、ベースやノックバットやボールなど共用品の後片付けだった。
 練習前後の挨拶は特に大きな声を出すことを求められた。
「宜しくお願いします!」
「有難うございました!」
 グラウンドではいつも駆け足だった。だらだら歩いていると大声で叱責された。
「こらっ!小宮!駆け足で走れ!」
 先ずは上手くなければ話にならない、子供心にそう思った由香はとことん野球の練習に打ち込んだ。そして、六年生になった時、気が付けば、女の子でありながらチームの中心選手になっていた。
 だが、中学に上がる頃になって、由香は男子との体力差に気付かされることになった。
技術で勝って居た相手に体力で追い抜かれることに直面したのである。先ず、ランニングで勝てなくなった。それから、遠投でも及ばなくなったし、打球の飛距離でも敵わなくなった。握力や筋力などの基礎体力で既に差がついているのが明白だった。由香は一日三キロのランニングと二百球の投球とを日課として自分に課した。足腰の筋力を強化し肩を強くすることが狙いだった。ピッチング練習ではただ漫然と投げるのではなく、アウトロウやインハイなどのコースを丹念に狙って投球したし、変化球は一顧だにせず、直球の威力を上げそのコントロールの精度を高めることだけに集中した。だが、男子との体力差は由香の努力で容易く補えるものではなかった。
由香は歯ぎしりした。
「何故なのよ、不公平じゃないのよ!」
彼女は悩んだ。 
女子だけでやるソフトボールに変わろうか・・・でも、ソフトボールと野球じゃ全然違うしなぁ・・・
由香は未だ中学生になる前から苦悩し始めた。
 由香は高校に進学した時にソフトボールに転向した。
希望した高校の野球部から、女だから、と言う理由だけで門前払いを食わされ、それを契機に思い切ってソフトボールへ転身した。ソフトボール部の監督から入部を強く働きかけられたことも大きな要因だった。
「君の野球のレベルは相当に高いと僕は思っている。是非、うちのソフトボール部でその力量を存分に発揮してくれないか」
 入部直後から頭角を現した由香は、中心選手として国体に出場するなどソフトボールの世界でも活躍し始めた。ソフトボールの投法は下手投げだったので、野球のオーバースローしか知らなかった由香は、打撃のセンスを買われて一塁手として活躍した。
「地元の高校に凄い選手が居るよ!」
 高校三年間での活躍が認知されて大学にスカウトされた由香は短期大学部に入ってソフトボールを続けた。此処でも直ぐにレギュラーとして定着し、その年の大学ソフトボール選手権で三位に入賞する大きな原動力となった。
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