第35話 良美と亮介

文字数 2,658文字

 「お前ん家の近くの喫茶店「カトレア」で待っている。仕事が終わったら来て欲しい」
午後六時過ぎ、更衣室で帰り支度をしていた宮田良美のスマホにメールが届いた。送信して来たのは良美のボーイフレンドである松木亮介だった。
「これから会社を出ます。七時を回ると思うけど、少し待っていて」
良美はそう返信して最寄りの地下鉄駅へ急いだ。

 良美は二十二歳のОLで大工道具専門商社「㈱萬忠」で経理と販売を担当している。色白でふっくらとした頬に小さな口元、優し気な眼、その容貌は円やかで客の受けは良く、社内でも評判は悪くなかった。
 彼女は十五歳で父親と死に別れ、その後、母親と二人で今日まで生きて来た。父親の勝次は腕の良い大工職人だったが、或る日、小学校の普請工事で足を滑らせて二階の大屋根から転落し、あっと言う間に帰らぬ人となった。良美にとっては、早朝に家を出て行った父親が夕方には顔に白布が被せられていると言う呆気無い別離だった。父親の死後、住宅ローンは付随していた生命保険で形が付いたが、生活費は母親の良枝が働いて稼がなければならなかった。未だ四十歳過ぎだった母親は派遣社員として大手製造業へ勤め、持っていた工業簿記一級の資格を生かして経理の仕事を担った。土、日、祝日が休みで、その上、盆、正月や黄金週間にも纏った休日が有ったので、母娘が二人で過ごす時間は十分に確保された。
父親の亡くなった時、良美は中学三年生だったので、卒業後は進学せずに働こうかと考えたが、それは母親に断固として反対された。
「今の時代、高校だけは絶対に出ておかなきゃ駄目よ。高校は今や、義務教育と同じじゃないの。それに、中卒で就職したって良い仕事は無いわよ。十五歳で自活するのは非常に厳しい状況だからね。就職して社会へ出て行っても直ぐに辞めてしまったり、その後行方知れずになったりする子が多いの。将来的に生活を安定させて自立出来る子は非常に少ないのよ。大丈夫よ、学費はお母さんが何とかするから、ね」
良美は、将来少しでも就職し易いようにと、商業高校への進学を選んだ。そして、高校へ進学すると直ぐにアルバイトを始めた。喫茶店のウエイトレスになってお運びをし、食品スーパーやコンビニや和菓子店のレジに立って金を稼いだ。僅かでも母親の家計の足しになれば、との思いが強かった。それから三年後、高校を卒業した良美は、嘗て父親と昵懇だった今の会社「㈱萬忠」へ就職した。「萬忠」とは、ありと全ゆる大工道具を全てのお客様に誠意と真心を以て盡す、と言う意味だった。
 
 喫茶店「カトレア」の二階の隅の椅子に亮介は居た。足を組んで椅子に深くもたれ、雑誌か何かをパラパラ捲っている様子だった。
「遅くなっちゃった、ご免!待った?」
声を掛けた良美を見て、ああ、と大きく伸びをした亮介が雑誌をテーブルに置いて答えた。
「ああ、待ったさ、一時間も待ったぞ」
そう言ったものの、亮介の様子はそれほど怒っている風ではなかった。
亮介の向かいの席に腰を降ろし、やって来たウエイトレスにコーヒーを注文してから良美は訊ねた。
「急にメールを送って来てどうしたの?何かあったの?」
「いや、別に大したことじゃないんだが・・・今日の棟上げで、一人で食うには勿体無いような鯛を貰ったものでな。それで、お前とおふくろさんに福分けをしようと思ってさ」
そう言ってテーブルの傍らに置いて在った折箱を取り上げた。良美が見ると、如何にも大きそうな焼塩鯛の感じがした。
「ねえ、ねえ、これ持って帰って、家で三人でご飯食べようよ、ね」
「さっき一寸覗いて見たけど、おふくろさん、未だのようだったぞ」
「そう、じゃ、電話してみるね」
受話器の向こうで母親が出たらしく、良美は少し話をして直ぐに携帯を切った。
「お母さん、今、帰ったところだって・・・。歓迎するからいらっしゃい、って」
「うお、有難ぇ!また旨い晩飯に在りつけるって訳だな」
二人は微笑みながら、それじゃ行くか、と立ち上がった。
 
 松木亮介は宮大工である。宮大工と言うのは神社や仏閣などの伝統建築を手掛ける職人で、その歴史は飛鳥時代にまで遡り、朝鮮から来た二人の僧侶が飛鳥寺を建てたことが始まりと言われている。神社や仏閣は「木組み工法」という工法で建てられているので、その補修や修復は木組みの技術を習得している大工でないと出来ない。また、木組みに使う木材は工場で予め加工されたものではなく、宮大工が自分の手で削った木材を使うのが特徴で、これが家屋大工と宮大工の決定的な違いとなっている。
 宮大工は使用する木材を全て手作業で加工し、その際に使う道具類も自分自身で作る。そのため、実際の接木までにかかる工程が長く、一般の大工なら二、三年の修業で一通りの仕事が出来るようになるところを、宮大工は一人前と呼ばれるには最低でも十年の修業が必要なのであった。
 宮大工には、一般の大工が持つ技術に比べると、より専門的な技術が求められる。
例えば、「木組み」と言うのは建物の骨組みに釘や金物を殆ど使わず、木自体に切り込みなどを施して填め合わせていくことで木と木をがっしり組み上げていく技術である。木材の加工を全て「手刻み」で行うので、それには「木を読む」という作業が大変重要になる。木の生育状態やそれぞれの木の性質を読んで、どういう用途に適すのかを決めなければならない。「手刻み」された「継手」や「仕口」と呼ばれる技術によって、材と材を強固に繫ぎ合わせ、地震の多い日本の環境から建物を守っているということである。
「継手」と言うのは木材の長さが足りない場合に、長さを継ぎ足す際に使われる技術のことで、「腰掛鎌継ぎ」「台持ち継ぎ」「追掛け大栓継ぎ」など七十程の種類があるとされる。これにはパズルを組み合わせるような複雑な知識と共に、正確に材を削る技術が求められ、材を填め込んでしまうと、表面からは全くその複雑さは見えないばかりか、繫ぎ目も殆ど分らないくらい精巧なものに仕上がるのである。
「仕口」とは二つ以上の材をある角度に接合する技術で、土台と柱のつなぎ目、梁と桁のつなぎ目などそれぞれの材を組む時に使われ、「兜蟻掛け」「大入れ蟻掛け」などと呼ば
れるものがある。縦、横、斜めに複雑に組み合う木材の接合部分を曲尺或は指矩一本で巧
みに作り上げて行くのが「規矩術」と呼ばれる方式で、丸や六角、八角などを自由に作る
ことが出来る。このような宮大工の優れた技術は現在の建築工学から見ても非の打ち所のない技術だと言えるものである。

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