第43話 良美、兄嫁を手伝って、新潟の郷土料理を作る

文字数 2,799文字

 真澄が良美を連れて行ったのは台所だったが、広い厨房で流し台も大きかった。
「せっかく来て頂いたんだから、この新潟の郷土料理を食べて頂こうと思って。作るのを一緒に手伝って下さる?」
 最初に用意された材料は鶏肉、竹輪、油揚げ、人参、里芋、銀杏、干し椎茸、蒟蒻だった。
「郷土料理には欠かせない“のっぺ”と言う逸品を先ず作りましょう」
真澄はそう言ってボールに多めの水を入れ、干し椎茸を戻し始めた。
「材料を全部、食べ易い適当な大きさに切って下さる?」
良美が確認しながら食材を切り終えると、次は銀杏の皮むきだった。
「我が家の簡単な皮むき方法はこうするの」
皮が付いている銀杏をお皿に乗せてサラダ油を少し注ぎ、銀杏全体にサラダ油が廻ったところで、ラップをして電子レンジで二分ほど加熱した。すると、不思議なことに簡単に皮がむけた。良美は「へえ~」と驚嘆した。
二人は、全ての材料と干し椎茸の戻し汁、それに出汁の素を加えて十五分ほど煮込み、その後、醤油、砂糖、塩を入れて味を調えた。
「これで、食べる直前に緩めの片栗粉でとろみをつけると完成よ」
「緩めの片栗粉と言いますと?」
「片栗粉一に対して水が二くらいのとろみ加減かな。これはお義母さんからの直伝に私なりのアレンジを加えたのよ」
それから、良美は真澄を手伝って幾つもの郷土料理の作り方を教わった。
「お義母さんの得意な“竹の子汁”に挑戦してみましょうか」
真澄が取り出したのは瓶詰の竹の子だった。
「田舎ではこうして瓶で竹の子を保存するの。この方が保存性が高いのよ」
良美が驚いたことに、真澄が瓶の蓋をガスの火で少し温め、流しの下のコンクリートに二度三度ぶつけると、瓶の蓋は簡単に開いた。
竹の子の下の部分に少し堅いところがあったので、その部分を切り落とし、残りの柔らかい部分だけを適度の大きさに切った。それから、竹の子、人参、蒟蒻、じゃが芋、玉ねぎ、豆腐などを食べ易い大きさに切ってだし汁で煮込み、ニ十分ほどして鯖缶を汁ごと入れた後、味噌を加えた。
「食べる前に卵を溶き入れれば完成よ。鯖缶や卵を使うと味がとても円やかになるの」
真澄が序でに作ったのは“竹の子御飯”だった。
研いだお米に、酒、塩、醤油、水を入れ、食べ易い大きさに斜めに切った水煮竹の子を加えて窯にセットするだけだった。
「味付けが濃くなり過ぎないように注意することがポイントね」
次はビールのおつまみにする“ポテトチップ”だった。
「えっ、ポテトチップまで家で作るんですか?」
良美は自家製のポテトチップなんて見たことも食べたこともなかったので、少なからず驚いた。真澄がザルに入れて持って来たのはパリパリに乾燥した厚さ一ミリほどのじゃが芋だった。
「これは薄く切って茹でたじゃが芋を天日干ししたものなの。晴れた日を選んで一日干しておくの。パリパリに乾燥したらОKよ」
高温の油で五秒ほど揚げ、油を切って塩と砂糖で味付けすれば出来上がりだった。
最後に作ったのは“ヤタラ”と言う料理で、茗荷の茎の新芽とピーマン、みそ漬けした大根の三つを細かく切り刻んで混ぜ合わせた簡単な一品だった。
茗荷の茎の新芽を葉の部分も根の部分も細かく切り刻み、大根のみそ漬けもピーマンも同じように切り刻んで、全てを混ぜ合わせる。更にもう一度切り刻んで仕上げに味の素を少し振って出来上がり。
「これは御飯にかけても、お酒のおつまみにしても、とても美味しいのよ。大根のみそ漬
けは入れ過ぎるとしょっぱくなるから要注意ね」

 出来上がった料理を居間の座敷に運び入れ、大きな座卓に乗せて、ビールの栓が抜かれると一家の夕餉の始まりだった。
「先ずは我ら一家の繁栄と遠来の良美さんのご多幸を祈って、乾杯!」
兄の耕一が音頭を取って慎ましやかな田舎の晩餐がスタートした。
良美は乾杯の際に自分の名前が出されて、あっと驚き、それから、感謝の思いを込めて頭を下げた。
「有難うございます。恐縮です」
「こんな物しか無ぇですけんど、しっかり食べて下せぃね」
母親の気遣いに良美は胸を熱くした。
「今日の料理は良美さんに半分助けて貰って出来たのよ。亮介さん、心して食べんといけんですよ」
「おう、そうだったのか、それは、それは・・・唇が腫れんように気を付けんと、な」
亮介の真面目なのか冗談なのか判らない物言いに、一同は大笑いした。
話は次第に田圃の状況や米の出来具合に移って行った。
「一週間ほど前にやっと穂が出始めたんだ。漸く稲っぽくなって来た。今までは葉っぱって言う感じだったからな」
「春からやって来た作業の中で一番うれしい時じゃな」
「うん。でも、これからは天候次第で食味や品質が決ってしまうからな」
「完全にお天道様の都合次第じゃからね」
「少しでも暑い日が多いと良いんだが・・・」
「まあ、しっかり祈ってお願いすることじゃ」
良美が恐る恐る聞いてみた。
「雨が降るとやっぱり大変なのでしょうね」
「ああ、そうじゃな。先月の二十日頃じゃったかな。大雨が降りよって梅雨明けが遅れたことがあったんじゃが、稲の育ち具合が気になって中を見てみたんじゃよ」
「中って、稲の中が見られるんですか?」
「ああ。まあ、普通の人は見もせんし、見ても解らんじゃろうが」
「農家の人間にとっては稲の中を観るのは、肥料を散布する時期を見極める大切な作業なんだよ」
「それで、稲は順調に育っていたのか?」
亮介が心配げに兄に問い質した。
「ああ、上手い具合に育っていた。カッターで綺麗にカットすると、稲の赤ん坊が見られた。身長二、五センチ程だったが、これが上に上がって来て出穂し、大きくなって稲穂になるんだ」
「月末頃になると稲穂の頭が垂れて来るのかな?」
「まあ、お天道様のお力が欲しいところじゃが、良い天気が続いてくれることを祈っちょるよ、真実に」
「稲刈りはいつごろから始められるんですか?」
「未だはっきりとは予定も経っとらんが、概ね九月二十日頃からじゃなかろうかの」
「月末になると“はざかけ”もしなきゃならんし」
「“はざかけ”って?」
良美が亮介に訊ねた。
「うん。昔ながらの手法の一つで“はざ”にかけて天日干しで乾燥させるんだよ。天候にもよるけれども大体十四日から二十日ほどかけて乾燥するんだ。少しでも美味しい米が出来るようにな」
良美は“はざ”と言うのはよく判らなかったが、天日干しは何となく想像出来た。
「これから一番怖いのは台風の襲来じゃな」
「そうよね。田圃は水田だから通常は水がある状態だけど、収穫時には機械を入れやすくするために水を抜いて田圃を堅くするのね。ところが、其処に台風の酷い雨が降ると田圃が泥濘るんで大変な状態になり、稲刈りが出来なくなる。通常よりも一週間も余計にかかっちゃうのよ」
「下手すると、雪が降るまでに全ての作業が終わらないことにもなるからな」
良美は話を聞きながら、少しでも良い天候が続きますように、と心から祈る気持ちになっ
た。

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