3.ここなら誰にも見つからない

文字数 1,155文字

リフトで頂上付近まで登り周囲を見渡すと、背後には更に高い山がいくつか連なっている。ここでも充分高いのに、上には上があるのだろう。


後ろから来たスキーヤー、それに若いカップルが、次々と準備を終わらせて上級者コースを滑り始める。


一方で俺は、板など持ってきていない。


リフトの係員から注意されたけど、忘れ物を取りに行くと適当なことを言ってここまでやってきた。


その強行突破が、気まずさや後ろめたさを打ち壊し、自然と足を前へ押し上げる。


上級者コースの奥にある中級者コースを歩き、ある程度行くと分かれ道がある。ここを左へ進んでいけば、通称『廃コース』と呼ばれる旧コースへ行き着けたはずだ。


しかし、一度しか行ったことがない場所で、その時も運悪く迷い込んだに過ぎない。約1年前のことだから場所はなんとなく覚えていたが、目印も分かれ道以外に特に無く、木の特徴も何もかも忘れている。


それでも進み続けて辿り着けたのは、前にはなかった立ち入り禁止のロープが貼られていたからだ。


親切にも『この先のコースは閉鎖されました』と書かれている。


旧コースは、滑り降りてもリフトがない。だから行ったら戻るのが非常に困難で危険な場所だ。


あの時は、運良く救助隊に保護されたから良かったが、彼らが来なければ既にこの世に存在していなかっただろう。


          ◆


この廃コースは、4年前まで使われていたらしいが、今では人っ子1人いない厳しい自然の世界。


ここが廃コースになったのは、リゾートの経営難とか雪崩でリフトが壊れたからなど、様々な憶測が飛び交っているという。


しかし、1番濃厚といわれているのが、自殺者が多くて普通の人が寄り付かなくなったことらしい。


そのようにリフトスタッフの頭の良さそうな学生が言っていたのだから、恐らく間違いではなさそうだ。


俺が板も持たずにコースへ出て行くものだから、その話を熱弁して、なんとしてでも廃コースには行かせないようにしたかったのだろう。


でも、言われれば言われるほど行きたくなってしまうのが人間だ。俺はこの世に未練のかけらもないのだから、堂々とここへやって来れた。


自殺を本気で考えている人にとって、誰も来ない場所ほど魅力を感じる場所はない。本当に死にたい人は、誰にも知られずにこの世を去るのだから。


リゾートの最奥の廃コース。スキー場のBGMとして流れているアップテンポなEDMも聴こえない真空空間。


コースの真ん中で寝転がりスキーウェアを脱いで、まるで瞑想するように目を閉じて凍死を選ぶ。


昼間とはいえ悪天候の雪山。身体も良い感じに凍えてきて、起きた時に生きている保障もなさそうだ。きっとこれが、この世で過ごす最後の時となるはずだ。


あまりにも寒いから、過去に浸る余裕などない。でも、これで良いのだ。これで全て終わりなのだから。
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登場人物紹介

・春太郎

本作の主人公。

本名は東根春太郎(あずまねしゅんたろう)。「ひがしね」という地名があることから、よく読み方を間違えられるが、「あずまね」である。

とある会社で営業をしていたが、仕事があまりにもできないことから詰められ続け、自殺を決意して会社をバックれた。

基本的に地頭や容量が悪く、他人から見下されたり馬鹿にされたりすることが多い。そのせいか周囲に無関心で、思いやりや人の痛みをわからないことが多い。

また、臆病で根性がなく努力が苦手。

ところどころクズで性格もひん曲がっているけども、自分と似たような境遇の人に対しては同情することができる。

・粧子

本名は蔵前粧子(くらまえしょうこ)。

自称「しがない大学生」。正体は雪女。

モデル級に美しい容姿を持ち一見近寄りがたいが、性格は明るくて勝ち気。そのあけっぴろな雰囲気は、仲間達に元気を与えている。一方でデリカシーのない発言をして反感をかったり、イケメン好きなクズな一面も持ち合わせている。

雪女特有の様々な術を使い、雪山で遭難した人や自殺志願者を救う活動をしている。

・五右衛門

本名は大連五右衛門(おおつれごえもん)。

生前は大日本帝国陸軍の兵隊。

大柄で無骨な貫禄のある見た目をしており、性格も男気に溢れている。面倒見も良く、部下の精霊達からの好感度は高い。

帝国の軍人という職業に誇りを持っており、雪男になってもなお、雪合戦を実戦風にアレンジしたりと戦争に備えている。

粧子の右腕として、雪山を舞台に人を助け出す活動に従事している。

・雪の精霊

垓下山地近辺に住み着いている精霊達。粧子と五右衛門を慕い、彼らの友達として、また部下として行動している。

基本的に見た目は雪だるまだが、時にスキー客、時に軍人など、姿を変えることができる。

性格は各々異なり、生前の生き方などが影響しているという。

・日那斗

本名は南陽日那斗(なんようひなと)。

春太郎が勤めていた会社の社員。彼にとって春太郎は、直属ではないが会社の後輩にあたる。

社内のスーパーエリートで、営業成績1位でチームリーダーなども勤めている。

スポーツも仕事できて女性からはすこぶるモテるが、色恋話が全く上がらないミステリアスな存在でもある。

数少ない噂では、大学時代にめちゃくちゃ美人の彼女がいて、その人とまだ続いていると言われている。

愛車は高級な外車。

・お初

本名は不明。

生前は下級武家の1人娘。

約200年前、掟に背き洞窟に封印された雪女。

雪女になってからも病弱な兄のことを気にかけたりと、家族想いな優しい心の持ち主。

ゆるふわな性格だけども、やる時はやる性格。

恋愛においては一途で、雪女になってから1人の侍と恋に落ち、それが故に掟に背く事になった。

・お婆様

本名は不明。

生前は、平安京から都落ちした貴族で、和歌にも精通していたらしい。

垓下山地の霊を取りまとめる雪女の棟梁。ルールに厳格で硬派な性格。その一方で仲間への情に厚く、掟に背いたお初や粧子へ制裁を加えながらも、最後まで改心するチャンスを与え続ける。

・お扇

本名は不明。

生前は城下町で商いを営む町人の娘。

垓下山地に住み着く雪女の1人。

性格は、プライドが高く高飛車でマウント思考。異常な負けず嫌いと快楽主義者。

他人を叩く名目を見つけるとそれに乗っかり、特に裏切り者に対しては容赦なくくってかかる攻撃性を秘めている。

粧子のことをよく思っていない。

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