3.ここなら誰にも見つからない
文字数 1,155文字
後ろから来たスキーヤー、それに若いカップルが、次々と準備を終わらせて上級者コースを滑り始める。
一方で俺は、板など持ってきていない。
リフトの係員から注意されたけど、忘れ物を取りに行くと適当なことを言ってここまでやってきた。
その強行突破が、気まずさや後ろめたさを打ち壊し、自然と足を前へ押し上げる。
上級者コースの奥にある中級者コースを歩き、ある程度行くと分かれ道がある。ここを左へ進んでいけば、通称『廃コース』と呼ばれる旧コースへ行き着けたはずだ。
しかし、一度しか行ったことがない場所で、その時も運悪く迷い込んだに過ぎない。約1年前のことだから場所はなんとなく覚えていたが、目印も分かれ道以外に特に無く、木の特徴も何もかも忘れている。
それでも進み続けて辿り着けたのは、前にはなかった立ち入り禁止のロープが貼られていたからだ。
親切にも『この先のコースは閉鎖されました』と書かれている。
旧コースは、滑り降りてもリフトがない。だから行ったら戻るのが非常に困難で危険な場所だ。
あの時は、運良く救助隊に保護されたから良かったが、彼らが来なければ既にこの世に存在していなかっただろう。
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この廃コースは、4年前まで使われていたらしいが、今では人っ子1人いない厳しい自然の世界。
ここが廃コースになったのは、リゾートの経営難とか雪崩でリフトが壊れたからなど、様々な憶測が飛び交っているという。
しかし、1番濃厚といわれているのが、自殺者が多くて普通の人が寄り付かなくなったことらしい。
そのようにリフトスタッフの頭の良さそうな学生が言っていたのだから、恐らく間違いではなさそうだ。
俺が板も持たずにコースへ出て行くものだから、その話を熱弁して、なんとしてでも廃コースには行かせないようにしたかったのだろう。
でも、言われれば言われるほど行きたくなってしまうのが人間だ。俺はこの世に未練のかけらもないのだから、堂々とここへやって来れた。
自殺を本気で考えている人にとって、誰も来ない場所ほど魅力を感じる場所はない。本当に死にたい人は、誰にも知られずにこの世を去るのだから。
リゾートの最奥の廃コース。スキー場のBGMとして流れているアップテンポなEDMも聴こえない真空空間。
コースの真ん中で寝転がりスキーウェアを脱いで、まるで瞑想するように目を閉じて凍死を選ぶ。
昼間とはいえ悪天候の雪山。身体も良い感じに凍えてきて、起きた時に生きている保障もなさそうだ。きっとこれが、この世で過ごす最後の時となるはずだ。
あまりにも寒いから、過去に浸る余裕などない。でも、これで良いのだ。これで全て終わりなのだから。