30.スノーヒューマンズマウンテン
文字数 1,127文字
俺は、奥さんと子供達を連れて垓下スキーリゾートを訪れていた。
奥さんと結ばれてから24年。子供たちといっても、23歳の息子と17歳の娘だ。
リフトに乗っている時、息子がさりげなく話を切り出す。
「親父は、23歳の今頃は何してたの?」
「ん、普通に仕事してたかな。」
「そかー。俺誰に似たのか、会社員向いてないみたいで、ゲームの実況でもやろうか考えてるんだよね。」
彼は若干気まずそうにしていて、打ち明けたら俺が否定するとでも思ってるのかもしれない。
好きなことで生きることがメジャーになったとはいえ、まだ会社員になることが当たり前の価値観が残っている。
そんな社会に身を置いてるからこそ、息子は悩んでいるのだ。
「人に迷惑かけないなら、楽しいと思える道を選んだほうが良い。」
俺が答えたら、彼から声のトーンが2つくらい上がった返事が返ってくる。
「へー。そんな答え返ってくるとは思わなかったな。」
「人生は素晴らしいもの。楽しまなくちゃもったいない。」
「だよなー!」
しばらく揺られてからリフトを降りた息子は、気持ちが軽くなったのか、滑ってくると言って一足先に上級者コースへと向かっていった。
◆
1人取り残された俺は、歳を重ねた身体を引っ張りながら、ゆっくりとコースへ向けて進んでいく。
息切れしながらも歩き続けていると、冷めた優しいそよ風が、51歳の俺へ喋りかけるように吹いていく。
『ね、私の言った通りでしょ?』
そう解釈した俺は、
『君の言った通り。生きてて良かったよ。』
そうやって心の中で呟き、旧コースの廃墟があった方角を見つめる。
木が植えられて自然へと戻り、かつての面影すら感じさせなくなっていた。
俺は、ここへ来る度に、23歳の頃の記憶を思い出す。
雪女と雪男達、それに雪の精霊が住む山。
彼らは、人間以上に人間味に溢れた存在。
そして俺にとって親愛なる救世主。
彼らの生き様と、長い歴史を持つこの山で繰り広げられてきて、今もなお繰り広げられ続ける様々な人間模様。
そんな人間と人間味溢れる存在達が織りなすドラマの舞台となるこの山。
俺は、『スノーヒューマンズマウンテン』と、勝手に呼んでいる。
ここで起きた人生の曲がり角を、俺は死ぬまで忘れることはないだろう。
そんなふうに、1人記憶に浸っていると、あっという間に上級者コースへと辿り着く。
50も過ぎると体力も落ちて、余計に息切れも激しくなる。
だけれど、辛いからこそ、超えた先には感動が待っている。
この感動は、生きていないと手に入らない宝物。
俺は、コースのスタート地点に座り、スノボーで滑り降りる準備を整えた。
その時、ふと顔を上げると、
景色の最果てに美しい海が見えた。
ような気がした。
完