15.俺、やっぱり

文字数 1,346文字

気を取り直して立ち上がり、部屋を出ると階段を下りて、1階の食堂へ戻ってきた。壁にかけられたカレンダーは、相変わらず4年前の2月のまんまだ。


2月といえば、くしくも粧子が事故でなくなった月。この妙な一致が、彼女の無念と変えられない運命を物語っているように思えてくる。


それにしても、彼女や五右衛門、それに雪の精霊がいない現実がとても寂しく思えた。


つい昨日まで、一緒に雪合戦したり、冷めた飯を食ったり、笑い合ったり。それが当たり前だったのに今は無い。


これまで、いなくなっても関係ないと強がったりもしたけど、過ぎてからわかる存在の大切さ。


五右衛門が言っていた通りなら、粧子は今まさに窮地に立たされている。永遠の孤独と精神的な拷問。いつも元気いっぱいのくせに、実は弱いところを隠している彼女には、とても耐え難いものだろう。


考え事をしながら玄関のドアを開ける。すると吹雪が収まっており、雲に覆われた銀色の雪景色が姿を現した。


この状況であれば、山を降りることはそう難しくはない。時刻もまだ昼過ぎ。五右衛門から教えられた道を急いで辿れば、夕方にはリゾートホテルへ到着できる。


しかし、それで本当に良いのだろうか。俺は変わると決心した。決心して山を降りて、何が何でも生きてやろうと決めた。


でも、命を救ってくれた彼女の窮地を見て見ぬふりで通り過ぎようとしている。


彼女に報いることもなく、救われた命を燃やさずに平凡な日常に戻る。これが本当に生まれ変わったといえるのだろうか。


逃げる為に自殺をしようとしたけどできず。生まれ変わると決意はしたけども、恩人を見捨てて元の世界へと戻る。これでは生まれ変わったとは言えない。結局逃げたのと同じ。口先だけの決意と一緒である。


じゃあどうするか。


粧子が楽しそうに滑っていたゲレンデを眺めながら、自問自答を繰り返す。


自分を助けてくれた恩人が敵の手の中にいて、これまた自分に良くしてくれた人が、恩人を救う為に強大な敵に立ち向かっている。


彼らは雪の精霊。本来なら居ないも同然の存在。彼らの揉めごとは、人間の俺にとっては関係のないこと。


でも俺は、そういう傍観主義の考えがある以上、山を降りても何も変わらないと思った。


それに、粧子が封印されて地獄に突き落とされる姿なんて、想像すらしたくはない。


俺にとって、彼女は大切な人だから。悲しむ姿なんて見たくもないし、させたくもない。


ならば答えは一つじゃないか。


怖いけど、やっぱり俺には彼女を助け出す責任がある。責任がなかったとしても、もう一度彼女に会ってありがとうと決意を伝えたい。


俺は、粧子を助け出す。


非力で術なんて使えない生身の人間だけど、死ぬかもしれないけど、それでも彼女を救いたい。


それに元々死ぬ気でこの山へ来たのだから、仮にグレーの雪女に殺されても後悔はない。


俺は心が決まってからというもの、多少は軽くなった身体をどんどん前へ押し進めた。


居場所はわからない。だからとりあえず、山頂まで行くことにしよう。


改めて運命の分かれ道を思い浮かべた。


左に行けば下山、右に行けば修羅場。


そして修羅場を乗り越えた先には粧子がいる。


彼女を助け出し、感謝を伝えた時、本当の幸せに繋がる道が開かれる。そんな予感がするのであった。


だから俺は、迷うことなく右へ進んだ。
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登場人物紹介

・春太郎

本作の主人公。

本名は東根春太郎(あずまねしゅんたろう)。「ひがしね」という地名があることから、よく読み方を間違えられるが、「あずまね」である。

とある会社で営業をしていたが、仕事があまりにもできないことから詰められ続け、自殺を決意して会社をバックれた。

基本的に地頭や容量が悪く、他人から見下されたり馬鹿にされたりすることが多い。そのせいか周囲に無関心で、思いやりや人の痛みをわからないことが多い。

また、臆病で根性がなく努力が苦手。

ところどころクズで性格もひん曲がっているけども、自分と似たような境遇の人に対しては同情することができる。

・粧子

本名は蔵前粧子(くらまえしょうこ)。

自称「しがない大学生」。正体は雪女。

モデル級に美しい容姿を持ち一見近寄りがたいが、性格は明るくて勝ち気。そのあけっぴろな雰囲気は、仲間達に元気を与えている。一方でデリカシーのない発言をして反感をかったり、イケメン好きなクズな一面も持ち合わせている。

雪女特有の様々な術を使い、雪山で遭難した人や自殺志願者を救う活動をしている。

・五右衛門

本名は大連五右衛門(おおつれごえもん)。

生前は大日本帝国陸軍の兵隊。

大柄で無骨な貫禄のある見た目をしており、性格も男気に溢れている。面倒見も良く、部下の精霊達からの好感度は高い。

帝国の軍人という職業に誇りを持っており、雪男になってもなお、雪合戦を実戦風にアレンジしたりと戦争に備えている。

粧子の右腕として、雪山を舞台に人を助け出す活動に従事している。

・雪の精霊

垓下山地近辺に住み着いている精霊達。粧子と五右衛門を慕い、彼らの友達として、また部下として行動している。

基本的に見た目は雪だるまだが、時にスキー客、時に軍人など、姿を変えることができる。

性格は各々異なり、生前の生き方などが影響しているという。

・日那斗

本名は南陽日那斗(なんようひなと)。

春太郎が勤めていた会社の社員。彼にとって春太郎は、直属ではないが会社の後輩にあたる。

社内のスーパーエリートで、営業成績1位でチームリーダーなども勤めている。

スポーツも仕事できて女性からはすこぶるモテるが、色恋話が全く上がらないミステリアスな存在でもある。

数少ない噂では、大学時代にめちゃくちゃ美人の彼女がいて、その人とまだ続いていると言われている。

愛車は高級な外車。

・お初

本名は不明。

生前は下級武家の1人娘。

約200年前、掟に背き洞窟に封印された雪女。

雪女になってからも病弱な兄のことを気にかけたりと、家族想いな優しい心の持ち主。

ゆるふわな性格だけども、やる時はやる性格。

恋愛においては一途で、雪女になってから1人の侍と恋に落ち、それが故に掟に背く事になった。

・お婆様

本名は不明。

生前は、平安京から都落ちした貴族で、和歌にも精通していたらしい。

垓下山地の霊を取りまとめる雪女の棟梁。ルールに厳格で硬派な性格。その一方で仲間への情に厚く、掟に背いたお初や粧子へ制裁を加えながらも、最後まで改心するチャンスを与え続ける。

・お扇

本名は不明。

生前は城下町で商いを営む町人の娘。

垓下山地に住み着く雪女の1人。

性格は、プライドが高く高飛車でマウント思考。異常な負けず嫌いと快楽主義者。

他人を叩く名目を見つけるとそれに乗っかり、特に裏切り者に対しては容赦なくくってかかる攻撃性を秘めている。

粧子のことをよく思っていない。

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