15.俺、やっぱり
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2月といえば、くしくも粧子が事故でなくなった月。この妙な一致が、彼女の無念と変えられない運命を物語っているように思えてくる。
それにしても、彼女や五右衛門、それに雪の精霊がいない現実がとても寂しく思えた。
つい昨日まで、一緒に雪合戦したり、冷めた飯を食ったり、笑い合ったり。それが当たり前だったのに今は無い。
これまで、いなくなっても関係ないと強がったりもしたけど、過ぎてからわかる存在の大切さ。
五右衛門が言っていた通りなら、粧子は今まさに窮地に立たされている。永遠の孤独と精神的な拷問。いつも元気いっぱいのくせに、実は弱いところを隠している彼女には、とても耐え難いものだろう。
考え事をしながら玄関のドアを開ける。すると吹雪が収まっており、雲に覆われた銀色の雪景色が姿を現した。
この状況であれば、山を降りることはそう難しくはない。時刻もまだ昼過ぎ。五右衛門から教えられた道を急いで辿れば、夕方にはリゾートホテルへ到着できる。
しかし、それで本当に良いのだろうか。俺は変わると決心した。決心して山を降りて、何が何でも生きてやろうと決めた。
でも、命を救ってくれた彼女の窮地を見て見ぬふりで通り過ぎようとしている。
彼女に報いることもなく、救われた命を燃やさずに平凡な日常に戻る。これが本当に生まれ変わったといえるのだろうか。
逃げる為に自殺をしようとしたけどできず。生まれ変わると決意はしたけども、恩人を見捨てて元の世界へと戻る。これでは生まれ変わったとは言えない。結局逃げたのと同じ。口先だけの決意と一緒である。
じゃあどうするか。
粧子が楽しそうに滑っていたゲレンデを眺めながら、自問自答を繰り返す。
自分を助けてくれた恩人が敵の手の中にいて、これまた自分に良くしてくれた人が、恩人を救う為に強大な敵に立ち向かっている。
彼らは雪の精霊。本来なら居ないも同然の存在。彼らの揉めごとは、人間の俺にとっては関係のないこと。
でも俺は、そういう傍観主義の考えがある以上、山を降りても何も変わらないと思った。
それに、粧子が封印されて地獄に突き落とされる姿なんて、想像すらしたくはない。
俺にとって、彼女は大切な人だから。悲しむ姿なんて見たくもないし、させたくもない。
ならば答えは一つじゃないか。
怖いけど、やっぱり俺には彼女を助け出す責任がある。責任がなかったとしても、もう一度彼女に会ってありがとうと決意を伝えたい。
俺は、粧子を助け出す。
非力で術なんて使えない生身の人間だけど、死ぬかもしれないけど、それでも彼女を救いたい。
それに元々死ぬ気でこの山へ来たのだから、仮にグレーの雪女に殺されても後悔はない。
俺は心が決まってからというもの、多少は軽くなった身体をどんどん前へ押し進めた。
居場所はわからない。だからとりあえず、山頂まで行くことにしよう。
改めて運命の分かれ道を思い浮かべた。
左に行けば下山、右に行けば修羅場。
そして修羅場を乗り越えた先には粧子がいる。
彼女を助け出し、感謝を伝えた時、本当の幸せに繋がる道が開かれる。そんな予感がするのであった。
だから俺は、迷うことなく右へ進んだ。