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文字数 1,483文字

「……『使者』は生きも死にもしない存在だから、きっと人間がこの世にいる限りは永遠に存在し続けるんだと思う。必ず誰かが背負わないといけない役目ではあるんだと思う」
 ぽつりと彼女が呟き、「でもね、」と続ける。
「そんな残酷なことを、特定の誰かに背負わせていいはずがない。必ず誰かがやらなければいけないのなら、他人に手渡したっていいでしょう。私は、自分を存在させてくれた人が、自分の存在を蔑ろにしているままだなんて嫌なんだよ」
 そう言った彼女の瞳から、とうとう一粒の涙が零れ落ちたのが見えた。しかしどうすることもできず、ただただ俯きながら僕は言葉を返した。
「……でも、ここで僕が君に引き継いでしまったら、今度は君がずっと苦しむことになるんじゃないのかい」
「この先、どうなるかも、どうするかも今のところは分からない。だけど、祖母が言っていたように、いつかは耐え切れなくなる時が必ずやってくるはず。その時はその時だって思ってる」
「……本当に、自分の意志を撤回するつもりはないんだね」
「ない。今更、引き下がらない」
「……分かった、よ」
 これ以上僕が何をどうしたって、彼女は譲るつもりはなく、僕は人間に戻るしかないのだということを悟った。でも、もう観念して、自分が今までに避けてきたこと、やってしまっていたことと向き合うしかないのだなと、心のどこかではもう覚悟を決めていたようだった。北条琉生の意志は、同時に園崎礼華の意志でもある。彼女の後ろに礼華さんの姿も見えていた気がした。だから僕は、きちんと持ち主に借りた物を返さなくてはならない。
「――ごめんなさい、僕の我儘で傷付けてしまって」
 僕は彼女の方を向いて頭を下げた。すん、と小さく鼻を啜った音が聞こえた後、僕の手元から何かが離れた感触がした。ふと彼女の方を見てみると、僕がずっと膝に置いていた帽子を手に取って静かに被っていた。もうとっくに失くしたはずの鈴が揺れた音がした、気がした。
「……似合ってるかな、これ」
 そして少しだけ笑ってそう言ったので、僕も少しだけ、なんだか泣きたくなりながらも少しだけ、笑った。
「うん。多分僕より、様になってると思うよ」

「そういえば悟さん、やっぱり今の時間から戻るの?」
 彼女に資格を引き継ぐ心の準備が丁度整ったくらいの時に、ふと彼女からそんなことを質問された。
 使者は役目を降りた時からまた人間として時を進めることができるが、再開する時間は本人が選べるようになっている。今現在の時間で新しい人生を始めることも、使者を始める直前の自分からやり直すことも、どちらも可能なのだ。ただ、話によればだが、圧倒的に前者の人が多いらしい。使者なんて現実に未練があったら引き受けないだろうし、そりゃそうかもしれない。
 どちらから戻るかを決めてから引き継がないといけないので、僕の答えも勿論もう決まっていた。
「いや、僕は当時の時間から戻るよ。今の生活を知っていると、数十年前の生活は一気に不便に感じそうだけどね」
「……当時で、やり直すの?」
「うん。……今まで散々逃げ続けてきたから、今度こそ逃げずにやってみようと思うよ」
 引き継ぐ決意は固まったものの、そうは言っても恐怖はやはりそこに存在していた。弱気でしか言えなかった僕の答えに対して、彼女は優しく「そっか」とだけ答えてくれた。その対応に少し、安心した。
 僕は再び口を開き、これだけは最後に訊こうと決めていたことを投げかける。
「それと、最後に琉生さんに、一つだけ訊きたいんだけど――」

 この会話の後、僕たちは光に包まれて、それぞれの向かうべき場所へ消えて行った。
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