03

文字数 1,383文字

 暫く歩き続け、それでも未だに連絡が来ないため、丁度いいタイミングで見つけたベンチに腰掛けた。今回はやたら暇な日だな、と思った。普段ならそうこうしないうちに新しい依頼が来るはずなのに。
 流石にそろそろ、あの震災の影響も少しは落ち着いてきたということだろうか。
 数年前、この国の少し端の方の地域で、大規模な地震が発生した。さらには大きな津波まで発生したため、多くの人の命が、その灯を消されてしまった。そのため、僕たち使者も必然的に、かなりの回数の役目を果たしてくることとなった。そりゃあ、あれだけ突然な事態だ。死にたくない人も、死んでも死にきれない人も、どれほどいただろうと思う。
 少しは、先に天国へ昇って行ったあの人たちの、役に立てていただろうか。ふとした時にその気持ちを思い出し、そしてまた記憶の奥底へ沈んでゆく。
 空の方を向いて少々感傷に浸っていたが、ここは人間から見ると誰も座っていないベンチなので、そろそろまた移動をしよう。そう思って顔を正面に戻す、と。
 僕から見て斜め前あたりにいた、ある一人の女性と、目が合った。
 しかし、あちらからは僕のことが見えていない。たまに他人と目が合ったような気がして一瞬ドキリとしてしまうが、そうなるのも僕だけの話なので、もうそれで驚くことはなくなった。さて、そんなことはさておいて、行くとしましょうか。
「――ねぇ、そこのあなた」
 立ち上がったタイミングで、その人が抑えた声でそう言った。まだ彼女はこちらを見ている。僕の後ろ側にたまたま誰かがいたのだろうか。振り返る。が、そこには誰もいない。彼女は普通の人間……の、はずなのだが。一体、何が見えているというのか。
「そうだよ、そこのベンチにいるあなた。あなただよ」
 ここにベンチは、僕がいた一つと、隣にもう一つ。隣のベンチにも誰もいなかった。つまり、ベンチにいるのは僕一人だけ。それなのに、彼女が「そこのベンチにいるあなた」と、いうことは……。
 ――もしかしなくても、この人、僕が見えている?
「……え? 君、僕が見えているの?」
 恐る恐る、答えを期待したくないという気持ちのまま、この女性に向かってそう問いかけてみた。
 僕に話しかけてくるということは「同業者」という可能性も勿論あるわけだが、今回の事象でその可能性は皆無だった。何故なら、同じ使者であれば、その声はフィルターのようなものを介したような音を遠くで含んでいるからだ。つまり、普通の人間の声とは区別ができるようになっている。魂の姿となった元人間の依頼者も、声はやはり人間の時と同じものなので、そういう意味で使者と人間の声の区別が必要になってくるわけだ。
 しかし、目の前の彼女は、どう見ても死んだ人ではない。血の巡った色を持っている。紛れもなく、生きている。だからこそ、何かがおかしいのだ。
 問いかけてみると、見事に期待通りの期待外れな展開がその直後にやってきた。
「うん、見えてる。しっかり見えてます」
 彼女は僕の存在を確実にその視界に捉え、僕に向けてそう返答した。
「……どうして? 僕、普通は見えない存在のはずなんだけど」
「話せば分かる、と思う。私もずっと、聞かされてきたことでしかないから、本当かどうかは判断できないけれど」
 フッと、彼女はどこか寂しげに笑った。そして、言葉を続けた。
「私、ずっとあなたを探してたの」
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