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文字数 1,786文字

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 今から十年前、私は既にもう長くない状態だった祖母の元に呼び出されたの。でもその時、何故か母も父も、祖父ですらもいなくて、私一人だけが呼び出されていてね。病室に行ったら、まだ穏やかな表情で横になっている祖母がいたから、少しの間だけはごく普通の会話をしていた。
 そうしたら、祖母が急に、こんなことを訊いてきたのよ。
『琉生。あなた、私がおじいちゃんと出会う前にどんな人だったか、知ってる?』
 そういえばあんまり聞いたことがなかったから、私は「知らない」って答えた。そうしたらそりゃ最初は驚くよね、「死者の声を届ける役目を何十年もやっていた」なんて答えが返ってきたらね。使者の役目をやっていた期間は他の誰にも認識されない。だから私も知るはずがなかった。凄く寂しいことだなって、今なら分かるけど。
 私があんまりにも信じられなかったから、祖母は自分が使者をやっていた時のことを色々話してくれたの。その話の量の多さと、現実のエピソードとの整合性で、私は納得するしかなかったんだけどね。作り話だとは思えなかったし。
 それで、最後に悟さんの話を聞いた。「私が最後に役目を果たして、交代した人よ」って。どうして交代することになったのかも、この時に詳細に話してくれてた。そうしたら、話し終わったら祖母は寂しそうな目をして、窓の外を見たの。
『……約束したのに、本当に、彼は私の元に帰ってこなかったなぁ』
『……もしその彼がおばあちゃんの所に約束通り戻ってきていたら、おばあちゃんはこの世にいなかったってこと?』
『どうだろうね。いたけど、どこかで死んでしまっていたってことになってたかもしれないね。でも本来、私はここにいないはずで、彼がいるはずの世界だったのよ。帰ってくるのを信じて交代したのに、結局そのまま継承することになってしまったわ……』
『でも実際、こうして帰ってこなかったんなら、その人は役目を望んでやっているんじゃ……』
『誰にも知られずに、死ぬこともなく、交代しなければ永遠に役目を果たし続けることになるのよ。そんなの耐えられる人なんているはずがない』
 祖母があまりにもきっぱりと言うから、妙な説得力を感じてしまって、これも飲み込むしかなかったね。でも実際、悟さんは辛さなんて感じることなく今までやってきていたみたいだけどね。まぁ、それはいいとして。私は飲み込んだ上で、言ったの。
『おばあちゃん。使者の話って、おじいちゃんやお母さんは知ってる?』
『いいえ、知らないわ。家族の中で知ってるのは、今話した琉生だけ』
『じゃあ、何でおじいちゃんでもお母さんでもなくて孫の私に話したの? わざわざ私だけ呼び出して話すなんて、何か理由があるんでしょ?』
 私が問いかけたら、祖母は改めて私に向き直って、切り出した。
『琉生、あなたに託したいことがあるの』
『託したいこと?』
『私は今、使者の姿が再び見え始めている。つまり、私はもうすぐ死んでしまう。だから、あなたが彼のことを知っている人でいてほしいの。彼が使者を続けている以上、この世界では彼を知っているのは私しかいない。だからせめて、家族の中でこの先一番長く生きるであろう琉生だけでも、少しでも長く彼のことを憶えていてほしい。……お願いできるかしら?』
 そう聞いてびっくりしたよ。悟さんのことを憶えておいてほしくて、私にそんな重大なことを話してきたんだから。一度誰からも忘れ去られて、もう一度人間に戻った祖母だからこそ、悟さんのことを全員が忘れるような状況を作りたくなかったんだろうね。そんな話を聞いた後に忘れられるはずもなくて、私は頷いた。悟さんがいなければ私はここにいるはずがなかったのだから、私は憶えていようと思ったの。
『……でも、単に憶えていても、私にはその人は見えないよ?』
『あぁ、それなら……琉生さえ良ければ、見えるようになる力を授けることはできるわ。ただ、私からあなたに渡せるのはあくまでも「見える資格」のみだから、この先誰にも譲渡はできないの。今までの風景に使者の姿が足されるだけのものではあるけど、それでもいいのなら、この場で力を渡す』
『……見えるだけなら、それでもいい』
『分かった』
 そうして私は、使者が見える資格を祖母から譲り受けたの。祖母が最後に「ありがとう」って言って私たちは一旦別れて、その日の夜に祖母は静かに亡くなった。
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