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文字数 1,526文字

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 今さっき、僕の目の前で何が起きていたのか、そもそもどういう状況だったのか。これらについて、今から一つずつ説明をしよう。
 初めから突然ではあるが、僕は「普通の」人間ではない。一見、他の人と同じような人間の外見は持っているが、僕の姿は他の人からは認知されないのだ。恐らく「透明人間」が、言い表すのに最も適した言葉だろう。如何せん、俗に言う天使でも悪魔でも幽霊でもないのだから。
 僕は「死者の声を届ける役目」を担っている。分かりやすいので、ここからは「使者」という言葉に置き換えるとしよう。使者は、成仏する前の存在から「声」、即ち「生者に伝えたい思いや言葉」を預かり、それをその伝えたい相手に送り届ける、という役割を果たしている。だからこそ普通の人間に見えてはならない存在だし、死んでしまってはこの役目も果たせないため、人間である必要がある。
 そして先程の光景は、その任務の真っ最中だったというわけだ。先日、事故によって亡くなってしまった佐々木(ささき)悠哉の依頼を受け、生前にパートナーだった有吉(ありよし)奏恵に向けて、彼の声を届けに行った。「声」は、両者にとって希望であり光。少しでも悲しみが癒えるように、という思いで、この役目は世界中のどこかで今も果たされている。
 さて、一通りの状況説明が終わったので、そろそろ物語の中へ戻ってもいいかな。ここで君たちに説明しなくてはならないことは、これで終わりだと思うからね。

 独り言ちて彼女がいた家から離れた後、僕はイヤホンを片耳に挿し、マイクに向かって口を開いた。
「……えー、こちらNo.1531。佐々木悠哉からの依頼、只今完了致しました」
 すると間もなく、イヤホンから相手の応答が聞こえた。所謂、上司のような人だ。この「使者」はある程度組織のようになっており、上層部から依頼を渡され、それを僕たち使者がこなしていくのが流れである。
『No.1531、佐々木悠哉からの依頼。確認完了です。お疲れさまでした』
「ありがとうございます。因みに、次の依頼は来ていますか?」
『いや、今のところはまだ来ていませんね。届き次第また連絡しますので、応えられるようにお願いしますね』
「承知致しました、ご連絡お待ちしております」
 それで通話は切れた。今のところ新たな依頼はないというのであれば、あちらから連絡があるまでは時間潰しだ。勤務中ではあるが、仕事がない時間は好きなことをしていても構わないというのが組織での決まり。人によっては興味のある所を覗いてみたり、透明人間状態なのをいいことにアミューズメント要素のある場所へ行ってみたりということをする人もいなくはないのだが、時間潰しの間は決まって、僕は人間観察をしていた。この「姿が見えない」ということを活かして何かをする気にもなれないのだ。
 そういえば僕たちは魔力のようなものを使って瞬間移動なるものができたりもするが、特にそういったこともせず、先程の依頼が終わってからずっと、何となく道なりに歩いていた。道ですれ違う人の様子をただただ、遠目で見ている。
 スマホを見ながらつまらなそうに歩く人、杖をつきながら歩いているご近所であろう人、自分の子を連れて歩いている人。住宅街だけでも、割と色々な人がいる。これが渋谷や新宿みたいな特に人が密集する場所になると、この何倍の種類の人がいるのだろう。
 人間観察は飽きない。飽きる理由がないのだ、同じ人に出会うことがほとんどないから。それで何となく、想像する。この人にはどんな周囲の人がいて、どんな人生を歩んできていそうか。そして、また想像する。果たして自分がその立場にいたら、一体何をしていそうか。
 まぁ、そんなものは、本当に「妄想」でしかないのだけども。
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