04

文字数 2,241文字

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 僕がいた場所は、人通りはそこまで多い場所ではなかったが、誰かに見つかる可能性は十分にあるくらいの人気はある場所だったため、そのまま話していると彼女が一人で話している不審者のように見えてしまう。そのこともあり、僕たちは本当に人気の少ない路地裏の方へ場所を移動させた。周囲に人がいないことを十分に確認し、僕は口を開いた。
「君は……誰なんだい? どう見ても普通の人間、だよね」
 訊きたいことはいくつもあったけど、矢継ぎ早に問いかけたところで意味はない。彼女は「話せば分かる」と言っていたので、きっとこちらの問いかけには応じてくれるだろうと感じていた。彼女はこちらを真っ直ぐ見て、答える。
「私は北条(ほうじょう)琉生(るい)。あなたの言う通り、ごく普通の人間。きちんと生きている人、です」
 そしてこちらが次の質問を投げる前に、彼女は言葉を続けた。
「あなたが私に訊きたいことが結構あるであろうことは分かってるの。でもその前に、あなたの名前、訊いてもいい?」
「……僕の名前、か」
 何故名前を訊くのだろうと思う一方で、人に名前を訊かれるなんていつぶりだろう、とも考えていた。この使者の役目を果たすようになってからは、名前ではなく番号で呼ばれる。そして、依頼者の人に名乗ることもなければ、名前を訊かれることもない。滅多に思い出すこともなかった自分の名前を、震える手で何かを掬い上げるように、自分の記憶の中から引っ張り出す。
「僕は……(さとる)矢野(やの)悟」
「悟さん、ね。分かった。そう呼ばせてもらうね」
 そして彼女も大切に扱うように僕の名前を復唱した。その時の表情が、笑顔ではあったが、やっぱりどこか寂しそうだった。
「こちらからはもういいよ、悟さん。質問したければ好きなだけ質問して。全部、きちんと答えるから」
「分かった、ありがとう。そしたら……」
 勿論、訊きたいことは山ほどあった。だけどそれを全て訊いて、果たしてこの先の真実を知ってもいいのかという気持ちも、頭の片隅の方でチカチカと点滅する明かりのようにちらついていた。どこかで少し、怖い。何か、触れてはいけないものに触れてしまうような気がしている。言葉が喉に引っ掛かり、上手く口から出せなかった。
「……ッ」
「……怖い?」
「えっ?」
 こちらの挙動がおかしかったことも十分にあるだろうが、それでも恐怖感をはっきりと言い当てられてしまったこともあり、思わずそんな反応をしてしまう。
「そりゃそうだよね、悟さんからしたらいきなり目の前に謎な人が現れてるんだもん。……でもね」
 彼女は自身の手をきゅっと握り締め、こちらを見た。
「私の勝手な都合ではあるけど、これはどうしても、あなたに伝えなければいけないことだと思ってる。だから、それがどんなことか分かっている上で、私はあなたに伝えたいんだ」
 そう言った彼女の目が、僕を貫き、通り越した先までずっと真っ直ぐ見ているような強さを持っていたことに驚いた。彼女が一体何を知っているのかは全く分からないままだが、それに対してしっかりと応えなくてはならない。そんな気がした。
「……分かった。じゃあ、一つずつ質問させてもらうね」
 だから僕は、いつもより少し大きく鼓動している心臓を服の上からきゅっと握り、そう返答する。
「えっと……琉生さん、には僕が見えているし、こうして会話もできるけど、他の使者の人も見えるの?」
「うん、見えるよ。多分、『使者』である人は皆、見えていると思う」
「その人たちとも、会話したことはあるの?」
「ううん、ない。私が探していたのは、悟さんだけだったから」
「じゃあ、どうして琉生さんは、僕がその探し人だということが分かったの?」
「――それだよ」
 彼女が、僕の一部分に人差し指をそっと向ける。彼女が指をさしたのは、僕が被っている帽子だった。
「その帽子につけられているバッジ。それがついているのは、番号『1531』の人しかいない。そうでしょう?」
「――ッ!?
 思わず、帽子に手をやってしまった。これが取り調べだったら、一気に嘘を突き通せなくなるような仕草だなと思う。だけどそんなことはどうでもいい。
 どうして、どうして彼女は、僕が言ったはずもない僕の番号を知っているのだ。というより、どうして使者の誰とも話していない彼女が、僕に番号があることを知っているのだ。
 君は一体、何を知っているんだ?
「何で……僕の番号を、知っているの?」
「まぁ……そりゃ驚くはずだよね。その番号は、割と前からずっと悟さんが持っているものだしね」
「……その言い方、どういうこと?」
 それは「かつては違う人が持っていた番号だった」ということを知っているかのような口振りで、僕は思わず訊き返してしまった。彼女が、どこまでこの「使者」という存在について知っているのかは見当もついていない。しかし、一つだけ、心当たりのある出来事が思い出されてきた。
 ――もしかして、彼女は。
「悟さんはずっと前に、数十年くらい前に、ある人と役目を交代したから、今も使者の役目を続けているんだよね。そうでしょう?」
「……ねぇ、琉生さん。もしかして君って――」
「――そう、」
 すぅ、と軽く息を吸って、彼女は言った。
「私は、あなたが交代した女性、『園崎(そのざき)礼華(れいか)』の孫にあたる人物。『元使者』の血縁者」
 あぁ、やっぱりそういうことだったのか。
 そう思いながら空を仰いだ。あの日のことは、思い出す頻度こそ減っていれども、今でもきちんと憶えている。彼女が言った通り、あれはもうずっと前のことだ。
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