24)ロキの世界「続『我が読書史(仮題)』」

文字数 14,538文字

24ー1)

 「人々の言うところによれば、天王星では大気がじつに重いので、羊歯類は地面を伝わって延びる纏繞形態をとり、動物は各種のガス体の重みに圧しつけられて、辛うじて身を引きずっているらしい。この絶えず這いつくばっている屈辱の生きものたちの中に、わたしは入り混じりたいと思う。もし転生によって自分の住む世界を自由に変えることが許されるのなら、私はこの呪われた遊星を選び、わたしと同じ種族の徒刑囚たちとそこに行って暮らすだろう。醜怪きわまる爬虫類に取巻かれ、植物の葉は黒く、沼の水はどろどろして冷たい、その暗闇の中で、わたしは果てしのない惨めな死の生存を続けるのだ。わたしには睡眠は決して与えられないだろう。ところが不幸どころか、わたしはますます曇りない意識をもって、優しく微笑むアリゲーターたちのけがらわしい同胞愛にとり巻かれているだろう」と柄にもなく文学作品から長々と引用などをしてしまったが、朝吹三吉訳ジャン・ジュネ「泥棒日記」の素晴らしき一節である。
 ジャン・ジュネはここでワニのように生きたいという願望を語っている。つまり、高いプライドとか、高尚であるとか、高潔であるとか、胸を張って生きるとか、高い場所を目指すとか、そのような価値観に対するアンチテーゼとしてのワニの称揚。ジュネはワニの文学だ、などと言いたい誘惑に駆られる。

 わざわざ断るまでもなく、また唐突に「我が読書史(仮題)」の話題に戻っているわけであるが。
 探偵飴野はあるジャーナリストに連絡を取ろうとしていたが、その物語は一旦脇に置いて、「我が読書史(仮題)」の話題の続きに強引に飛んでいる。

 ワニであるということもすなわち、麻薬中毒、不貞、同性愛、癒されない傷、病んだメンタル、変態性愛、惨めな敗北、辺境のこと、境界の向こう側で生きることを是として、社会の規律の外側に毅然と立って、常識や多数派に惑わされない主体になることを意味すると思う。
 それがあらゆる文学が発するメッセージの通底音ではないだろうかと思ったというのが、前の章の終り間際で書いたこと。
 そんなもの自分勝手な定義なのだけど、その文学の定義に最も適った作家が、ジャン・ジュネではないだろうか。

 ジャンジュネと出会ったのも十代後半だったろうか。私は即座にその素晴らしい文章に酔いしれはしたのだけど。
 しかし文学の底に流れる共通の通底音など、一冊の純文学作品を読んだところで気づいたりしないし、ましてや読んだ途端に自分の価値観が変わったりなんてしない。
 例えば村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」を読んだだけでは、セリーヌの「夜の果てへの旅」を読んだだけでは全然に不十分だ。
 それは意外に読みやすくて面白い作品でありながら、確実に純文学側に存在していて、素晴らしい作品に違いない。
 とはいえ、読みやすくて面白い分、理解出来る範囲で楽しんで終わり。普通のジャンル小説と同じ読書体験に回収されてしまう。

 「ホテル・ニューハンプシャー」の凄さなど、初めて読んだときに一欠けらも掴むことが出来なかったことを告白した。ただ理解出来ないものと遭遇しただけの読書体験。
 それは「コインロッカー・ベイビーズ」のときも同じだったかもしれないということである。
 「コインロッカー・ベイビーズ」は、「ワニの文学」の系列に連なる作品の筆頭に挙げられると思う。なにせ登場人物はワニを飼い、その飼育小屋に天王星と名付けているのである。
 さっき引用したジュネのワニ的世界観を引用した作品なのだ。それなのに、ある時期の私はただ単にこの作品を愉快に楽しんだだけで終わり。
 
 愉快に楽しんだだけでは、本当の意味において読んだとは言えないなんて、テーマ至上主義というか、自由な読書を阻害するような物言いで、私の好むところではないのだけど、これから文学のテーマとは何かについてだけ特化して語ることになるから、束の間だけそれを自分に許したい。
 「少年期と青年期の間に起きた変革」というのが、「我が読書史(仮題)」のメインのテーマである。
 わからなかったものが、わかるようになった、そんな単純な変革の物語について語る。
 様々な作品を読んだりしているうちに、ジャン・ジュネの「泥棒日記」の文学性が「わかる」ようになり、「コインロッカー・ベイビーズ」がただ単に愉快なだけの物語でもないことが「わかる」ようになった。
 ここから先で、このようなありきたりな予定調和の成長物語が展開されることになる。
 予定調和の成長物語ほど嫌いなものはないのだけど、とにかくそれを完遂してみたい。



24―2)

 しかし自分で言うのもなんだけど、「私は文学がわかるようになった」なんて告白、普通の精神状態では書ける文章ではないだろう。
 このようなものは自分に酔い痴れている者か、恐れや恥じらいを知らない者の言葉だ。
 いや、だから「我が読書史(仮題)」は決して書かれはしないわけである。ただ目次を作るだけで終わりにする。
 別に依頼がないからでも、需要がないからでもない。まして、やる気がないからではなくて。
 こんなもの、書けるわけがないだろ、という率直な感情。

 とはいえ、「文学なるものの存在意義を掴み始めた」ような錯覚を感じたこともまた事実で、確かに私の人生でそのようなことが起きたような気はするのだ。
 「我が読書史(仮題)」が書かれるのならば、これは決して無視出来ないトピックではあって。
 多分、一つの作品を読んだだけでは、点のような染みが心の中に一つ出来ただけでしかない。
 たくさんの作品を読んで初めて、その点が違う点とつながって線になり、その線が違う線とつながって面となって、文学なるものの存在意義がようやくわかる。そんな意見だって抱いたりしている。
 いや、数だけが問題でもないかもしれない。骨の髄まで、骨の髄などというものと馴染みはないが、魂の深い底の底まで文学に浸されて、満たされて、犯されることも重要だろう。
 数と深さだ。何にせよ、それなりに長い時間が必要とされるということだ。
 それどころか、それは脆くて危うく儚いもので、一旦わかればいいというものでもなく、常にそういうものに触れていなければ、いずれ心は閉じ始めてしまうのかもしれない。
 差別意識、違うものへの恐怖、自分の優位を持すために他を蔑むこと、そのようなあらゆる「狭量なるもの」に、心はあっけなく蝕まれてしまうのだ。
 その「狭量なるもの」に抵抗する力を持つのが文学である。そのようなことを大上段から言い切ること、それが「我が読書史(仮題)」という作品の骨子。

 本当にこのようなことを書いていいものなのだろうか。ある種、文学の神秘化というか、あまりにロマンチックなものとして扱い過ぎているというか。
 しかし気後れを覚えながらも、照れや恥ずかしさを感じながらも、どこかでそれを信じていることも事実なのだろう。

 当然のこと、文学だけがそのようなものに抗する力を持っているわけではないだろう。
 芸術、映画、音楽であってもそのパワーは変わるものではない。しかしこれは「我が読書史(仮題)」なのだから、芸術、映画、音楽についての話題は一切沈黙する。

 ということで「我が読書史(仮題)」の第六章が書かれるとすれば、文学というものと初めて遭遇したときのこの困惑、混乱、受け入れについて。
 文学なんて別に面白くもない。刺激的でもない。恐れおののくほど凄くもない。15歳か16歳の私が下しかけた結論だ。
 こんなものはただの恋愛小説ではないか。もしくはラディカルな性を描いたポルノのまがいの内容ばかり。
 純文学とはこの程度なのか? がっかりだ。
 それはただ単に私が「読めていなかった」からである。
 しかしそんなものは簡単に読めてしまえるものでもなく、実際、文学などを好む人間など数少ない。
 読書は好きでも文学に興味はない人々はたくさんいるわけだ。まさにそれがある時期までの私である。
 最初はわからなかったが、徐々にその意識が変わり始めた。文学には文学特有の何かがあるようだぞ、という認識に達した。
 それが何かというのはここまで散々書いてきたので繰り返しはしないが。



24―3)

 「我が読書史(仮題)」の目次作成も六章にまで到達した。自分でも混乱してきたので、ここまでの内容をまとめておこう。
 一章から三章までは単純だ。一章は「三国志」や「水滸伝」など歴史英雄譚についての話題。二章は「ファンタジー」というジャンル。三章は司馬遼太郎と歴史小説、その魅力。
 ここまでは改めて触れるまでもないと思う。問題は四章と五章。
 その二つの章で、私はどうやら三つの話題について触れてしまっているようである。純文学というジャンルに興味を抱き、それを読み始めたということ、それがまず一つ目。
 文学なるものに初めて遭遇したが、それがどんなものなのかすぐには理解出来なかった。それが二つ目の話題だろうか。
 しかし自分なりに見出した純文学の魅力というのはレトリックや凝った表現だった、それが三つ目だ。
 レトリックとか凝った表現の面白さを楽しむために読んでいたのに、いつしか文学そのものの価値観と馴染むようになった。そういうことについて、六章で書くことになる。

 そして七章は何を書くか、いや、その前にここでジャン・ジュネに続いて、三島の作品の一節も引用してみたいと思う。
 「我が読書史(仮題)」全編に渡っての特権的固有名詞は、三島由紀夫になることだろう。
 もしそれが書かれるのなら、彼について丁寧に語ろう。私はその作品の魅力の虜となり、その作家との遭遇によって新たな読書の楽しみを見い出したことを。
 それは文章における表現とか、レトリックの魅力。この出来事が人生において、いかに大きなことであったか熱心に語りたい。
 例えばどんな作品でもいい。どれでも開きさえすれば、一ページに数か所、息を飲むような表現に行き当たる。
 最後の作品の「天人五衰」は特に極端で、これまで出し惜しみしていた文章を棚ざらえしたような作品だ。
 そこからだけ適当に抜き出すとしても、「あたかも海を泳いで来た人が、身にまといつく海藻をひきちぎって陸に上がるように、夢を剥ぎ落して、目を覚ました」という文章とか、「顎をひらいて苦しむ波の大きな口腔の裡に、ふと別の世界が揺曳したような気がしたのである」とか。
 三島自身もどこかのエッセイで書いている。ちょっとした気の効いた比喩を思いついただけで、その一日、小躍りし続けらるくらい上機嫌でいられたと。
 その魅力は三島作品の一面に過ぎないだろうが、私はまずそれに入れあげたのである。純文学の魅力はレトリックや凝った表現にあるのではないかという告白は、主に五章において展開されるはずだ。

 とはいえ、もう一方の魅力、文学なるものの存在意義に関しては、三島作品をたかだか十数冊読み、それを楽しんだくらいでは見い出すことは出来なかったのかもしれない。
 三島作品の中にもそれが濃厚に存在しているにもかかわらず。
 そんなものを見い出すまで、それなりに時間がかかるだということは、さっきから何度も繰り返してきた。
 「我が読書史(仮題)」の第六章において、私は十代後半に差し掛かっただろうか。
 その章で文学特有の価値観と徐々に親しみ始めるようになった自分について語ることになるのだけど、まだまだ本当の意味においてそれを自らのものとしていない。
 それを証拠に私は90年代という時代に現れた、とある学者の言葉に困惑する。
 というわけで、次の第七章で重要な固有名詞は、その学者、宮台真司ということになるわけだ。
 その章に名前を付けるとすれば、「宮台真司、無視してやり過ごすか、その男の前に跪くか」とでもしよう。
 青年期のまだ潔癖さを残していた私は最初、宮台の発言のイチイチに反発しかけていた。そうであるのだから、その頃の私の文学的なるものに対する理解度はまだまだ浅かったという証拠だ。



24―4)

 宮台真司の名前だけを上げて、その思想がどのようなものなのかまだ説明していないが、そんなものは簡単にまとめることは難しい。
 そもそも私が影響を受けたのは、自分が気に入った一部に過ぎないのかもしれない。それは私の中の宮台的なものでしかなくて、しかも思い出の中の宮台だ。
 まあしかし、乱暴に説明してしまえば、文学が物語の奥底にさりげなく隠しているものが、宮台の文章には剥き出しになっていたということであると思う。だから直接的に響いてきたという次第。

 それを宮台真司の言葉に引き寄せていえば、このようなものだろうか。「この世界は偶然性に満ちていて、理由もなく事件が起きる。必ず失敗して、挫折して、どうにかしてそれと折り合いをつけ、受け入れなければ先に進めない。つまり、黒髪の貞淑な幼馴染の美少女との初恋など幻想。それとの関係も、予め絶望と落胆が前提されている」
 二十歳になるかならないかの私は、あの凍えるような性のリアルにたじろいだわけだ。しかし、いつか宮台の言葉に膝を屈するようになった。反発しながらも、その作者の作品を読み続けていれば、それが当然の帰結であるわけだが。

 読書とは小説を読むことだった私に、それとは違うジャンルが登場したのもこの時期である。思想書とか批評書などと呼ばれるジャンルの一群。それらの作品にも熱心に手を伸ばし始めた。
 今現在の私にとって、読書とは小説を読むことではなくて、そちら側の作品を読むことにある。
 小説よりもその作家について書かれた本を読み、小説の結末ではなく、思想書の前で首を捻り、小説の雑学からではなくて、専門書から何かを学ぶ。そのような趣向が始まったのもその時期。

 ということで、勿体つけるように触れてきたが、「少年期と青年期の間の変革」とは何かについて語り切った気がする。
 六章においては朧気だったものが、七章辺りではずっと明確になり、少しずつ自分のものとし始めたということだろうか。文学的なもの、その価値観やら世界観を明確に意識し始めたという話題、そのようなことが七章で描かれる。

 そして次は当然、八章に進むわけであるのだけど、しかしここまで書いてきて、ふと心を過ぎったことがある。
 文学の存在意義とかその価値の意味について、その定義のようなものを試み、それを言葉にしてみたわけであるが、実はそれはロックにも深く関係しているのではないか。
 いや、むしろ私が見い出した文学の存在意義として語られたものは、ロックとは何かとか、ロックンロールとは何かに対する回答であるほうが適切なのではないか、そのような気がしてきたのである。

 別にまるで気に入っているわけではないのに、またそれを繰り返してしまうのだけど、私の文学観というのはこれ。麻薬中毒、不貞、同性愛、癒されない傷、病んだメンタル、変態性愛、惨めな敗北、辺境のこと、境界の向こう側で生きることを是として、社会の規律の外側に毅然と立って、常識や多数派に惑わされない主体となる。
 それは極めてロック的な何かではないか? 
 実際、文学を必死に読んでいたのと同じ時期、そのジャンルの音楽を熱心に聴取してきたという事実もある。文学と同じくらいか、それ以上の情熱でそれを聞き漁っていた。
 もしかしたらロックから受けたメッセージと、文学に見い出した存在意義を混同している可能性がある。
 というより、私の文学に対する理解に、それが入り込んでいることは確実だろう。
 文学とは何かという私の回答に対して違和感を抱いている人がいたとしたら、それは他でもない。私は自分でもそれと知らず、実はロックについて語っていたからかもしれない。
 あるいはロック的な文学を好んで読んできたか、ロックに通じる価値感を文学から取り出していたか。



24―5)

 ロックという音楽ジャンル、20世紀半ばに誕生して、21世紀の初頭にはそのブームが終焉したとすれば、それは僅か五十年ほどの期間に過ぎないのだけど、幸か不幸か私の青春期がそこにすっぽりと当て嵌まってしまう。
 それは確かにその時代で最もポピュラーな音楽のジャンルで、広く大衆に支持されたと思うのだけど、しかし別に、同世代の若者たちの誰もがロックに夢中であったわけではないだろう。
 私がその音楽に夢中になり出したこの時期にはもう既に、ロックは死に瀕していたと思う。テクノと呼ばれるダンスミュージックが音楽の最先端に躍り出ていた。ヒップホップというか、ラップミュージックだって、既にその地位を確かなものとしていた。楽器よりもサンプリング。ギターやベース、ドラムではなく、コンピューターで音楽が作られ出していた。
 もう、ロックだけがポピュラーミュージックの最先端であるような時代ではなかったわけだ。既に複数の選択肢は提示されていた。
 しかし私はおっとりとしていたせいか、時代の潮流に乗り遅れたのか、それともビートルズを若い時期に聞いてしまったせいか、それともただ単に中途半端な時代に生まれてしまったせいか、ロックこそが我が音楽だという無駄な十字架を背負ってしまった。

 まあしかし、それは幸福なことであったけど。私にポジティブなことしかもたらさなかったが。
 確かにそのアイデンティティは度々脅かされて、ロックを聞き続けることが正しいのかと自問を繰り返し、何ならばあっさりと投げ捨てて、別の可能性を探ってみたりもした。
 ロックが完全に終わりを遂げて、アメリカのチャートにおいて別の音楽と入れ替わったときは、まるで迅速に反応出来なかったりもした。
 それでも自分の人生にロックがあって良かった。ロックがあったから、私の人生に音楽もあったと言えるくらい。
 それはまあ、とてつもない偏見であろうが、世の中には音楽をまるで宿していない人間がいて、そいつらは揃いも揃ってダサいわけである。それは内面ではなくて、端的にファッション的な意味で。ただただ外見的な意味において。
 きっと音楽はファッションと通じていて、もしかすれば同じ脳の部位が担当しているなんてこともあるのかもしれない。
 だって、どちらも流行やスタイルが重要ではないか。つまり、音楽と深く親しむかどうかで、その身なりやセンスが変わるということ。

 わかっている。本当にとんでもない暴論だということを。たかがロックを聞いたからといって、選ぶのはロックTシャツくらいではないかという反論が押し寄せてきそうだ。そもそも私は別にファッションに秀でているわけでもない。
 しかもその暴論は人を選別したり、見下したりという暴力が潜んでいる。それは暴論にすら達しない不適切な何かだろう。
 というわけで、音楽がファッションセンスと通じているかもしれないという発言は、思いつきレベルに留めて、どこにも書かないでおくが。

 とにかく、ロックは重要だったわけである。それはもうとてつもないレベルに。
 私の読書の趣味にそれが大きな影響を与えたのは確実だ。私の文学観にそれが作用しているのは当然である。
 ここでロックについて触れないのは、むしろ不誠実なことかもしれない。
 その音楽は歌詞も付随していたのだから、読み物であるという側面もある。ということであるのだから、それを読書史で扱うことも、何ら不当ではない気もする。

 いや、しかしそのような提案をテンション高く唱えながら、あっさりと否定するのもなんだけど、やはりロックを読書史で扱うべきではないと思う。
 ロックにおいてすら、歌詞は別にそこまで重要ではないはずで、その音楽のジャンルの中心にあるのは、そのミュージシャンの振る舞いとか発言であって、だからこそファッション性と結びつくわけだ。
 そして当然、音楽それ自体があってこそで、それを読み物として解釈するのは絶対的に間違っていて、ロックを読み物として扱うのは音楽に反する行動に違いない。
 「我が読書史(仮題)」はやはり、読書についてだけ語るべきだろう。
 音楽鑑賞については一切言及しない。ロックなんて、おくびにも出さない。そのような禁欲的な態度が重要だと思う。



24―6)

 ここでもう一度、誤解のないように強調しておきたいがある。そもそも文学が「文学」であることの価値なんて、過去も今このときも、私にとって別にそれほど重要でもないと。
 「文学」によって、私は変わった、ヒロイズムに親和の高い少年期が終わり、むしろそれと真逆の価値観を持つようになった、それが「我が読書史(仮題)」のテーマとなるとしてもだ。
 私が文学と深くコンタクトするようになったのは、別に文学の発するメッセージ的なものに魅了されたからでは全然ない。まるで違うのだ。
 文学的なテーマなどは実のところ、どうでも良かったことである。それは副産物、あるいは副作用のようなもの。
 そんなものよりもまず、私は文学における言葉の魅力にやられた。文章の美と呼んでも良いもの。それらこそが上位。
 その事実を声高にアピールしておきたい。
 いや、その告白もまた何やら恥ずかしい。言葉の魅力、つまり文体の魅力ということであるが、「それに魅せられた俺」という告白だって、うんざりするほど気障過ぎはしないだろうか。
 それならば「文学」の価値とは何か、それについて言葉をこねくり回しているほうがいいかもしれない。

 というわけで、度々その固有名詞を繰り返してしまうが私は三島の文章が好きで、彼の作品か、彼と似た系列ばかりの作家ばかりを読んできた。
 それは本当に愚かなくらいで、なかなかその価値感の外から出ることが出来なかった。
 三島的文章の特徴とは、硬質で、きっちりとした文法に乗っ取られていて、土俗的な日本の言葉というよりも、西洋から輸入されたような言葉が用いられていて。比喩が多くて、凝った言い回しを多用して、俗語を用いず、詩的と言えば詩的。
 このような好みが出来上がったので、日本の純文学などよりも翻訳された作品に親しんだ。
 しかしそれだって好みは偏っている。オスカー・ワイルドやジャン・ジュネやプルースト。そしてマンディアルグやグラック。

 私の趣向は凝り固まってしまって、この系列から外れる作品は読めない。例えばドストエフスキーですら。
 私小説などは特に訳のわからない一群であった。三島由紀夫が本当に太宰を嫌ったのか、ただのポーズだったか知らないが、私は太宰の作品に興味も魅力も感じることが出来なかった(というのもポーズであるが)。
 太宰が読めないのだから、島崎藤村も石川淳も庄野潤三も、「蒲団」も「暗夜行路」も当然のこと読めない。私小説的作家で辛うじて読めたのが坂口安吾か。それだって別にこの世界から消え去っても構わない程度の重要さ。

 しかし私は飽きやすいというより、ずっと粘り強く一つの場所に留まり続けられるタイプではなくて。
 深く狭くよりも、広く浅く興味を抱くタイプなのだと思う。あるいは読むことに関しては、それなりに上昇志向のようなものがったのかもしれない。もっと色んな作品を読みたいという欲望が。
 似たような作品しか読めない自分が嫌になる。「三国志」から身を離したように、「三島」からも離れたくなってきた。

 その時期に読み出したのが、ちょうどそのときノーベル文学賞を受賞した大江健三郎。亡くなったばかりの中上健次。そしてまだ評価が定まらない現在進行形であった村上春樹。
 大江文学には、強烈な西日本的ユーモアが充満していると思う。特に初期の作品群にそれが顕著。
 惨めで無様な自分の姿を描くのが上手い。自虐的なのだ。それがユーモラスで、読んでいて愉快。登場人物たちの掛け合いや会話も、不気味な笑いに満ちている。漫才的とも言えると私などは思うのだけど、世間の評価は知らない。
 中上健次は和歌山の作家であるが、大江のような笑いを感じない。私小説の作家でしかなくて、「千年の愉楽」を書いただけの一発屋と断じたくなるのだけど、そんなわけはないだろう。何よりも「路地」という舞台が素晴らしい。
 「路地」を舞台とした作品は全てが傑作で、私はもっとこの作家の凄さを語る術を見つける必要があるだろう。それを見つけるまで、何も語る資格はない。

 というわけで、「我が読書史(仮題)」は八章に。ここに来て、ようやく小説に対する偏食も克服出来るようになった、そのようなことに触れることにしよう。
 乱読期がやってきたのだ。本当の意味において読書家になれたのはこのときで、それは二十歳を越えたくらいの頃。
 もう小説家の名前をわざわざ挙げる必要もない。読む必要のある作家の作品は全て読む。そんな時代の到来だ。

 読むことに貪欲になった私は、どれだけ難しくて、どれだけ退屈であっても、途中で投げ出すことを自分に許しはしない。
 フーコーの「言葉と物」を読んでみて、最初は序章で投げ出したのだけど、めげることなく再度挑戦したのもその頃だ。
 そのためにカントの「純粋理性批判」で、「即自的、対自的」という言葉の意味を学び、ソシュールやバルトを読んで、「シニフィエ」や「エクリチュール」という言葉を覚え、柄谷行人を読み、蓮実重彦を読みまくって、「ポストモダン」とは何かわかるようになって、一度は投げ出した「言葉と物」に再び挑戦した。
 その高く聳える山岳を昇り切ったときは、初めて女性の中で射精し得たときと同じくらいの達成感を覚えたものである。この文章は下品過ぎるから、本編での採用は見送るとするが、しかし過剰な表現でもない。
 「日本語で書かれた作品ならば、少女マンガから哲学書まで、俺に読めないものはない」と肩で風を切って歩くようになるのだけど、そんなことは普通の人にとっては何の価値もないだろう。

 さて、その頃、何かを書きたいなどという願望が芽生え始めるのだけど、実際のところ、何も書くことなんて出来ていない。
 徐々にそれが深刻な苦しみになるが、まだまだ少しばかり心が陰る程度だった頃。



24―7)

 「我が読書史(仮題)」は自分の読書歴について振り返るための企画だ。これまでどのような本を読んできたのか、それだけに焦点を絞り、自らの半生を振り返る。
 そういうわけであるのだから、いつからこの私が小説らしきものを書き始めたとか、そんなことには一切触れないようにしたい。
 とはいえ、何かを書きたいと目指していたから、熱心に読んでいたという側面はあったはずである。
 こんなギターソロが弾きたいと思いながら音楽を聞くギター少年のように、こんな文章を書きたいという願望のもと、読む行為に熱中するというのは有り触れたモチベーションだろう。
 私もそのギター少年と同じだった。こんな文章を書けるようになりたいと願って、三島由紀夫やジャン・ジュネ、プルースト(といっても翻訳でしかないのであるが)を読み焦ってきたのだ。
 ここまで何度も繰り返した来たように、彼らの特徴は派手なレトリック、凝りに凝った表現、執拗な描写。
 思想書や批評書を読むことだって同じである。それは新しい言葉を採集するための行為でもあり。

 ところで三島やジュネ、プルーストなどは魅力的だけど、簡単に読み解ける文章ではないだろう。
 広く読者には受け入れられない文と言える。いはゆるリーダビリティなどの欠片もない。
 エンターテイメントのための文章ではないのだ。物語の面白さを伝えることを第一義として編み出されたのではないのだから。
 彼らのような作家を私なりに深く愛したわけであるが、しかしそのような文章を真似することが出来れば、それで満足出来たわけでもなかった(もちろんそのような文章を真似し尽くすことが出来たなんて思っていない)。
 そして、きっとこの時期の私は生意気なことに、読みやすくも個性的なる、「自分の文体」を模索しようなどと考えたに違いない。
 そのために、彼ら(つまり三島に連なる系列)とは違う文章も読もう。そのような願望が生まれたのだ。
 音楽で例えるのならば、これまではバッハ、モーツアルト、ベートーベンからストラビンスキーやメシアンを聞いてきた。
 それから離れて、チャールズ・ミンガスやジョン・コルトレーン、セロニアス・モンクへといった趣きか。

 そこで見い出されたのがアメリカの小説だったのだろうか。ヘミングウェイを筆頭とするハードボイルド文学である。
 ハードボイルドの作家は数多い。ダシール・ハメット、レイモンド・チャンドラーなどなど。その中から私が慕うことになるのはロス・マクドナルドである。
 再び音楽の比喩を使えば、マクドナルドの文章は、優雅なクラシック音楽のセンスを持ちながら、ドラムとベースとアルトサックスの鳴るジャズといったところ。
 そして、ウィリアム・ギブソン。あの「ニューロマンサー」がハードボイルドの形式を借りている事実も大きい。
 九十年代においてすら、ウィリアム・ギブソンの生み出したサイバーパンクは依然として最先端の文学だったと思う。もはやその作品では楽器は使用されていない。機械が鳴らした音楽。
 そう言えばポール・オースターとスティーブ・エリクソンなど、九十年代の日本で流行ったアメリカの小説だってハードボイルド文学の影響下にあったろう。言うまでもなく村上春樹だってそうだ。それらの真似をして、ハードボイルド小説を読み始める。

 さて、こうして書き始めたのが「占星術探偵」シリーズ。
 長々と過去を振り返ってきた私は、ようやく現在の私に繋がるような固有名詞の群たちに辿り着いた模様である。
 「我が読書史(仮題)」も九章に突入だ。その章題にはアメリカ文学かハードボイルド文学という言葉が含まれることだろう。
 作家としての今の私と重なった。「我が読書史(仮題)」は、もうこの辺りでピリオドを打ってもいいのかもしれないが、もう少しだけ先に続く。

 いつの頃からか書くことを意識して、読書をするようになったというわけではなくて、実はけっこう最初の頃からずっと、そのような意識で読んでいたと思う。
 真似したくなるような文章が書かれている作品を読んでいたわけである。それがこれまで名前を挙げてきた作家。その最後のキーがロス・マクドナルドということになるのだろうか。
 というわけで、文章についての修業はここで一段落着いたとは思う。私の師は出揃った。そういうことにしていい。
 しかし小説を書くとすれば、絶対に無視出来ない要素がもう一つある。それは物語だろう。ただ文章だけで作られているわけではない。むしろ物語こそが、その中心にありはしないか。
 読書家としての私は文章にばかり注目するタイプであった。少し余裕が出来た頃、純文学とは何かについて考え出して、そのジャンルならではのテーマなどには意識が向いた。
 しかし物語は? 
 その重要なものをすっかり無視していたのだ。




24―8)

 頭痛に悩むのは二カ月に一度あるかどうか。胃痛なんてこれまで一切感じたことはない。不眠症とも無縁だ。肺も心臓も病んでいない。鼻炎は酷く、煩わしさを感じるが、そんなもの部屋を飛ぶ一匹のコバエ程度のストレス。
 多少、被害妄想的なところはなくもないかもしれないが、何者かに迫害されているとは思っていない。あのときの喪失感はもうすっかり忘れた。生きているだけで、肯定されているような気分がする。幼年時代は平和だったからだろうか、他の生き物に執着しない。
 食欲をはじめ、あらゆる欲望に振り回されたりしない。空腹であると身体は軽やかで落ち着く。酒は尚更そうで、それは私を縛らない。服用している薬はない。煙草や大麻にも依存していない。
 つまり私は至って健全にして健康である。
 そのせいか、別に何も訴えたいこともない。あらゆることが、どうでもいいというわけではないが、大半のことはどうでもいいことは事実で、政治、経済、階級問題、社会問題、環境問題などなど全て他人事。

 しかしその癖に書きたい欲はあった。何か書きたい、このような文章で書きたい、そういう目標があったのである。
 それについて言及し始めると、「我が読書史(仮)」のテーマから逸脱し始めてしまうが、この頃、読むことが書くことと強く連動し始めた状態に辿り着いたということも事実。
 十章までやって来て、「我が読書史(仮)」の主人公たる私もすっかり大人となった。
 というわけであるから、その時期の私の人生というか内面というか、そういう類のものに触れないわけにもいかない。

 書きたいという欲に悩まされ始めたのだ。それは今現在、まさに私が悩まされている問題でもあるが。
 しかし次の作品を書きたい、ではなくて、何か文学作品を書いてみたいという最初の衝動。
 もう文体模写の時代は終わっていた。このような文章を書きたいという目標は明確になりつつあった。
 しかし何も書きたいことがなかったのだ。それこそが肝心のものなのに。

 いや、書きたいことはあったと思う。それは見つかった。
 実はそんなものを見つけるのは簡単である。ジャンルに頼ればいいのだ。偏愛するジャンルがあるのならば、それに則って書いてみれば、きっと何とかなるはずで。
 しかしそれを具体的に物語として仕立て上げなければいけない。

 今でもそうなのだけど、私は物語というものに距離感を覚えていると思う。それは自分に属するものではない感覚というか、そのようなものは理解の出来ない魔法の一種に思えて、私などが取り扱えはしないと思い込んでいた気がする。
 それでは駄目だ。物語と向かい合おう、そんな前向きな目標のようなものが芽生えてきて、私の読書もその方向に組織され始めることになったのだと思う。
 「物語とはどのようなものか?」というのが私の前に立ちはだかった問題だということである。
 それを解決するために読んだ本を、「我が読書史(仮)」の第十章でまとめて触れることにしようと思うわけであるが、それが最終章となるだろう。
 フロイトとラカン、ジジェクに接することで、ようやく物語るべきものを見出してのかもしれない、そんなことを書いてみたい。つまり精神分析的なものというか、それそのもの。
 それが物語を生み出すための助けとなるのではないか。あの頃そんなことを思ったのである。今だって十二分にその影響下にある。

 しかしだ。具体的に何を受け取ったのかそれを言語化するのは困難だ。ジジェクはともかく、フロイトやラカンについて私に何か書けるわけがないではないか。あのような難解なものを。
 今だってそれと苦闘している真っ最中。そもそも彼らの言葉の中から都合良く、手頃なものを引き出しているだけの自分勝手な読者に過ぎない。
 登場人物たちの行動の動機、心理描写のときにそれを応用しているのだろうか。物語における事件の解決、登場人物たちが成し遂げる何らかの達成を、精神分析的に描こうというのか。
 具体的に説明出来るわけではないのだけど、しかし精神分析的な知は、物語として語るに足ることがこの世にはあるという感触のようなものを、私に指し示してくれた気がするのである。
 別にそれが勘違いとか幻でも、それでいい。その勘違いのお陰で、小説を書く動機は高まったのであるから、むしろいつまでもその幻の中に居たい。

 さて、最後の章まで辿り着いたようだ。この話題を終える前に、「我が読書史(仮題)」の目次をまとめておこう。
 第一章は「三国志」と「水滸伝」の話題で、第二章はファンタジー作品。第三章は歴史小説。第四章は純文学との遭遇。第五章は文章の美について。第六章は文学とは何か。第七章は小説以外の読み物。批評とか哲学者。八章は乱読、だ。第九章はアメリカのハードボイルド小説。第十章は物語とは何か。
 どれくらいの分量になるのかわからないのだけど、まとまった作品となりそうだ。いや、しかしどうせそのようなものは書かれたりはしないのだけど。


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