26)ロキの世界「重くて近い愛か、遠くて軽い愛」

文字数 23,646文字

26ー1)

 朝、というか、もう世間でいうところの昼下がりの時間ではあるが、私は嫌々ベッドから起きる。
 どんなことであっても新しいことを始めるときは気が重くなるものだ。それは朝起きて、活動を始めることだって同じ。どの朝であろうが私は仕方なく、不本意に、世間の圧力に負けて、それに屈した形で、ベッドから出る。

 嫌々起き上がるのだけど、しかし一旦行動に出るとそこからは機敏に動くほうかもしれない。すぐに朝食の準備をする。
 朝食は限りなく質素。十秒で用意出来て、五分以内で食べ終えられるのが理想であるが、実際のところそこまで速度を追求してはいない。別に忙しいビジネスマンでもないのだ。ゆっくり食事する時間はあるのに、その気はないということを言いたいだけ。

 朝食のとき、新聞を読む習慣を有する人がいるように、私もタブレットを開けて、ネットでニュースなどをチェックする。今日も当然、その作業を行う。
 ざっと目を通すに、今日は何の事件も起きていないようだ。大統領が暗殺されたりとか、不吉な彗星が近づいてきたりとか、有名なスターがスキャンダルを起こしたとか、そのような大事件は起きていない。多少、株価が動いているようであるが、驚くべき急落でもない。
 もちろん些細な事件の中に、未来のカタルシスの予兆が潜んでいるのであろうが、そんなものを洞察する能力はない。私が重要な事件に向き合うのは、いつだってそれが勃発してから。

 自分の小説がどれだけ読まれたかとか、どんな感想が書かれたとか、作家の私の生存に関わるような重要な情報も、私はネットを通して向き合うことになる。
 ニュースを読んでいるこのタブレットを使ってだ。とはいえ、そんなものは朝食のお供には相応しくないだろう。
 そいつに向かい合うにはまだ時間が早過ぎる。歯を磨き、着替えを済ませ、髪型を整えて、社会と対する覚悟を決めてからだ。
 それは確実に私の神経をすり減らしてくる。仕事の中でもとりわけストレスのかかる作業。近場のカフェで、コーヒーでも飲みながら向き合うが恒例でもある。

 しかし別に毎日カフェに行くわけではない。
 大雨の日とか、本当に忙しい時期とか、逆にまるで仕事へのモチベーションがない日とか、体調がすこぶる悪い日とか、予定よりも遅く起きてしまった日など、その習慣はすっと飛ばす。
 その上記の根拠のどれかに当てはまるわけでもないが、今朝もカフェには行かず、そのまま事務所に向かうことにした。
 事務所は私の自室の向かいにある。一秒で到着出来る場所。そこで執筆をしたり、何か仕事をすることはない。私にとって事務所は、私が雇った秘書が陣取っている場所であって、入るのも気を遣う部屋。
 とはいえ、カフェに寄らない日はあっても、事務所に行かない日はない。
 何せ私が借りている部屋である。何も遠慮することはない。それに仕事のモードに入るためには事務所で秘書と会議するのが一番だ。まあ、会議といっても、今日の予定があるかどうか聞いたり、彼女にやって欲しい仕事を依頼したりするくらいであるが。そして今日はどちらも無さそうであるが。

 というわけで、私は事務所を訪れたのだけど、扉を開けると佐々木がカメラを構えていた。
 この女は何をしているのかと危ぶむ。彼女はそのレンズを他でもなく、この私に向けているのだ。
 佐々木は私の罪を告発して、ここを去るつもりなのかと思ってしまった。そのための記録としての武器。
 別に罪を犯した心当たりなんてないのだけど。何か些細な一言が彼女を傷つけていて、告発にまで至ってしまった可能性はある。彼女はまるでバズーカー砲を構えるようにしてカメラを構えているのだ。
 しかし昨日のことを思い出して、彼女に敵意がないことを悟る。
 
 「なるほど、既に始まっているわけか」

 私はカメラの丸いレンズを見つめる。それは想像以上に完全なる円形をしていた。

 「はい、密着ドキュメンタリーの撮影開始です」

 「カメラを向けられるなんて、けっこう居心地が悪いものだね。何やら鋭い眼差しで睨まれている気がする。カメラのレンズは一つだけなのに、その視線が複数に感じられるなあ」

 カメラを向けられるとはどういうことかについて凡庸な感想を言いながら、私は少しばかり苦い顔を見せたりする。
 しかし内心、それほど嫌な気分でもなかった。カメラを向けられることに不思議な快感のようなものもあるのだ。
 私は別に目立ちたがり屋でもない。人前に出ることは嫌いだ。むしろ隠遁生活をして、この世から隠れてしまいたいという願望があったりするかもしれない。
 しかしその癖に小説などを書いて、己を曝け出している。やはり屈折した自己顕示欲があるということなのだろう。
 いや、そのようなことではなくて、ただ単に秘書の佐々木に素っ気ない挨拶を返されるより、このように構ってもらうことが愉快だからかもしれない。
 普段ならば彼女はPCのモニタ―を熱心に目をやるだけで、部屋に入ってきた私に気づいても会釈する程度。それなのに今日はまるで賓客を迎えるように立ち上がって、私を迎えてくれている。

 「ちょっと待ってくれ、一旦止めてくれよ。その前に打ち合わせをしておこう、何を撮影して、何は写さないようにするのか」

 カメラのもたらす快感に酔いながらも、しかし私はまだカメラを回さないでくれと頼む。

 「ガイドラインは重要だよ。それでこそ、安心してカメラと共に生活出来るというものさ」

 「もちろんです、まだ回してません。予行演習ですよ」

 佐々木はカメラを下げる。

 「向こうのスタッフとの打ち合わせだってまだです。でも楽しそうな仕事だとは思っています。先生が部屋に来るのをずっと待ち侘びていたんです」

 と、佐々木はカメラをいじりながら、いつになく上機嫌な表情を見せる。



26―2)

 作品を書き上げることに集中している時期ならば、このような仕事は面倒で仕方なかっただろう。
 その時期は出来るだけ煩わしいことを避けたい。当然だ。書くことだけに集中したいに決まっている。
 何せ書くことだけに集中しても、さして集中出来ないのだから、余計な仕事をこなしている余裕なんて皆無なのだ。
 私がこのような仕事を引き受けたのは、今、作品と作品の隙間にいるからだ。

 いや、これが隙間である確証なんてないが。
 次の作品を書き始めることが出来なければ、それは隙間でも谷でもなく、何と呼べばいいのだろうか、そのまま水平線まで続いていく平らな大地、あるいは奈落へと続く崖といったところで、つまり失職であり、アイデンティティそのものの喪失だ。
 そこから何が何でも這い上がらなければいけない。這い上がるためには努力だけではなく、休息とか気晴らしだって必要であろう。
 偶然に振り落ちてきた密着ドキュメンタリーの仕事は、その休息とか気晴らしに打ってつけ。私はそのような理屈で、自分の気持ちを整理しているということだ。

 「好きなだけ撮ってくれ。そして尋ねたいことを尋ねてくれ。まあ、君が手加減なんてするとは思わないけれど」

 「そんなことはないです、いつも先生に対して気を遣っています。どこに怒りのスイッチがあるのかビクビクしているんです」

 佐々木は言う。「でも宥めるのも簡単だとは思ってますけど」

 「基本的に君を信用しないでおこうと思う。カメラを出来るだけ回して、素材を集めたいと思っているはず。それがこの仕事のギャラに反映されるのか知らないけれど。どっちにしろ仕事となると熱心になって、向こう側に肩入れしたくなるタイプだろ? 一切の容赦をしてこないはずだ」

 「先生のイメージダウンは私の仕事にも響きます。あんな男の許で働いていたのかと思われたくはないですから。でも真実も重要ですよね」

 「まあ、僕のイメージダウンとかはどうでもいい。それよりも巻き込むかもしれない第三者、このドキュメンタリーに意図せずに参加するかもしれない人物たちがいて。具体的に言えば大野さんと百合夫君、そして梨阿と彼女の友達の誰だっけ? 名前は忘れたけどあの女の子、さしずめこの辺りだろうか、彼女たちの扱いについて考えなければいけない」

 「ああ、そうですね」

 「本格的に撮影が始まる前に、彼女たちと会って、了解を取り付けなければいけない。いや、彼女たちがいるときはカメラはなしだね」

 「でも、それは防衛的過ぎませんか、撮るところがなくなりますよ」

 「もちろん大野さんは出演可能だ、僕の作品の編集者だから、むしろ外すわけにはいかないだろう。しかし梨阿やテフを出すわけにはいかない。未成年だし、別に重要な人物でもないし」

 そう、テフだ。私は梨阿の友人の名前を何とか思い出した。

 「そうですか?」

 「そうに決まっている。そもそも彼女たちは、僕の人生にとってノイズのような存在ではないか」

 「でももし、先生が次の作品にホラー小説というジャンルを選んだとしたら、二人の影響ってことになりませんか」

 「なるかもしれないけれど、そんな真実なんてどうでもいい。とにかく二人は未成年の学生なんだから、このような仕事に巻き込むことは適当じゃないさ」



26―3)

「禁止事項ばかりの中で、面白いドキュメンタリーが撮れるでしょうか」と秘書の佐々木は私に食い下がってくる。

 「それは無理だろう、自分が客の側だったら、そんな作品なんて観たくない。ドキュメンタリーじゃなくて、それはプロパガンダだって切り捨てるね」

 「そうですよね? それなのに先生は既にイメージ操作を始めようとしている。つまり、女子高生の親しい友達を居るということを、読者やファンの方々に隠そうとしている。それは御自分のイメージに合わないとして」

 「挑発的なことを言うね」

 しかし私は別に鼻白んだりしない。我が秘書佐々木にはそのようなところがあるのだ。辛辣に私の人生を批評することも、自分の重要な仕事だと思っている。
 彼女は作品ではなく、私の人生のほうを担当している。作品を辛辣に批評するのは編集者の大野さんの仕事で。
 私はいささかも辛辣な批評を必要としていないのに、そんな二人に囲まれている。

 「まず二人は友達ではなくて、別に呼んでいるわけではないのに、なぜかこの事務所に出没している闖入者で、むしろ蛾とか蜘蛛のようなものだ。確かに自分のイメージとして受け入れがたい。あのような年齢の友人がいるという事実を知られたくない。それはそうだ、君の言う通りさ。だって自分のコントロールの外にいるからね、だから排除したい。それは譲れないな」

 「わかりました、二人は未成年ですしカメラを向けません。でも百合夫君でしたっけ、あの恋愛セミナーの講師の方との遣り取りは写さないわけにはいきませんよね?」

 「彼とのコラボ企画が実現されるとは限らない。まだ何も決まってない。それなのに彼が登場するのは芳しくないよ」

 「しかし試行錯誤だって重要な事実ではないですか? もし実現しなかったとしても、『このような企画が進行していたが、残念ながら暗礁に乗り上げた』ってことを記録に残すべきです」

 「それは君に言われるまでもない。わかっている。ドキュメンタリー作品として大いに価値が生まれるだろう。だけど暗礁に乗り上げたってことをカメラに収められたくないばかりに、僕は嫌々その企画を進めてしまうかもしれない。このカメラのせいで大きな影響を受けるわけだ。その結果、次の作品で失敗したら最悪だ。でも百合夫君との一切にはカメラを向けないという決まりがあれば、それに関して僕はニュートラルに判断し続けられる」

 「私は絶対に撮影したいと思います。そうすべきです」

 「正論だ、君のほうに分があるよ。だけど何より重要なことは、僕の次作が成功すること、それだけなんだ、ドキュメンタリー作品の成功なんて知ったことではない」

 「私はドキュメンタリー作品の成功こそが第一だという立場にいますので、その意見を受け入れることは出来ません」

 「わかったよ」

 すぐにそう返答したわけではない。しばらく沈黙した後にそう答えてしまった。
 佐々木は熱心だ。それは珍しいことであるが、私にとって別に不愉快でもなく、むしろ何やら愉快で。だって自分の秘書が仕事のことで熱心なのである。それが嫌なわけがない。
 その熱意にほだされたわけではないが、そこまで言うのならば、まあ、いいかもしれないという気になったことは確かだ。

 「しかし百合夫君の意向も重要だ。彼がカメラの前でなんか話したくないと言ったら、無しだ」

 「それは当然です」

 百合夫君の判断に任せる。しかし百合夫君が断わるわけがないのだ。彼はここぞとばかりに自分のセミナーの宣伝をするだろうから。



26―4)

 何が何でも百合夫君を出演させたくなければ、彼と会わないようにすればいいのである。
 それが私にとって必要な措置であるのなら、のらりくらりと彼との約束をかわしていればいい。
 簡単ではないとは思う。ストレスも感じるだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。とはいえ別に不可能でもない。
 それにである。私は先日、その企画を進めるかどうか一人でじっくりと考えたいという旨を百合夫君に伝えた。
 何か決まったらこっちから連絡するから、しばらく放っておいてくれというニュアンスは理解されたはずである。
 別に何も憂うるまでもなく、百合夫君はもう私に会いに来ることはないかもしれない。
 そう、逆にそれを彼は重く受け止めた可能性だってある。彼の恋愛セミナーを次作で取り上げることはないという通告だと判断されたということだ。
 少し早い決断だった気もする。もう少し彼との関係を大切にするべきだった気もする。
 本当に彼とのつながりが断ち切られたのなら、ちょっとした喪失感のようなものを感じてしまう。
 しかし彼がそのような誤解をしているのなら、それを解く気もなかった。
 これをきっかけに彼とのコラボレーション企画を諦めてしまおう。そのような気持ちもあった。
 つまり、成り行き任せであるが、こうやって人との縁は切れてしまうものだと思ったりもする。

 いや、しかし彼はやって来たのであるが。
 百合夫君との縁が切れてしまったのなら、それも仕方がないなんて考えた矢先、そんなことはあり得ませんよと訴えるがごときタイミングで、彼は私たちの事務所にやってきた。
 何のアポイントメントもなく、予告も予兆もなく、いくらか申し訳なさそうにしつつも、にこやか表情で、「偶然近くまで来たんです」と偶然を装いながら、しかしそれは何の理由にならないことを知っていると開き直った態度で、百合夫君は私たちの前に現れた。

 「何時頃に事務所に行けばいいのか、大野さんには伺ってきたんです。この時間が好都合だと聞いたんですけど、今は都合が悪い時間ですか?」

 「いや、むしろ君に会わなければいけないと思っていた頃だ」

 私は言う。嘘ではない。彼の顔を見た瞬間、そんな気分になったのだから。
 予告も予兆もないと思ったが、しかし佐々木との会話に彼の話題を出したこと自体が予兆にして予告、彼が私たちの事務所をやってくる前兆だったかもしれない。
 私は彼を部屋に通すことにする。不意にやってきた来客を歓迎するためにこそ、この事務所は存在するとも言えるのだ。

 「何ですか、僕と会わなければいけなかったなんて! 女性にそう言われるときは決まって別れ話しなんですよね」

 「そうじゃないよ、重要なことでもない。別に何かが決まったってわけでもないしね」

 「大野さんもあとから来るそうです。一緒に伺おうと思っていたのですが、仕事が入ったそうで」

 百合夫君の視野は広い。私と話すことに夢中になって、周りのことが目に入らないというタイプではなさそうだ。
 彼はさりげなく事務所を見渡して、様々な情報をインプットしているふうに見える。私の秘書の佐々木の存在、そして彼女がカメラを持っていることにも気づく。

 「初めまして! あなたが秘書の佐々木さんですね。先生からその噂は伺っています」

 百合夫君は佐々木に駆け寄り握手する。いまにもハグしそうな勢いであるが、百合夫君はその気配だけ漂わせ、佐々木と私を驚かすだけ驚かしたあと、常識的な挨拶をする。

 「実は大野さんから話しを聞いてました。何やら先生の生活にカメラが入るそうですね。何て羨ましい。しかもどこかの外国の番組と聞きました。密着ドキュメンタリーというやつですよね? これこそ僕が想像する成功者のイメージです。タクシーの中でインタビューに答えたりするんでしょ?」

 「そんなに良いものじゃないよ、多分ね、僕たちもよくわからないけれど。でも、ちょうどそのことで君に話したいことがあったわけだ」

 しかし彼はそのカメラの中に入りたくてウズウズしているという雰囲気である。何も確かめるまでもない。



26―5)

 百合夫君は見えるか見えないかのストライプの入った紺色のスーツを着て、少し過剰なくらい香水の香りを漂わせながらも、軽やかな空気のようなものにも包まれていて、その性的魅力はステージの上のスターのような派手さではなく、市民的なサイズにソフティケイトされていて、住宅街を歩いていても何の不自然もないだろう。それでいながら、すれ違った人に鮮やかな印象を残すはずで。
 いや、彼の魅力はその外面よりも内面にあろう。ユーモアに溢れ、会話が上手く、相手を決して退屈させはしない。
 気づまりな雰囲気とか、ましてや威圧感なんて与えることなどあろうはずもなく、目の前の人を楽しませるため、楽しいひと時のため、全力を尽くしてくるのである。

 「佐々木さん知ってますか? この前の夜、先生はある読者の方と深い関係になられたんです」

 百合夫君のそのユーモアの才は早速発揮されたようだ。百合夫君はソファに案内され、コーヒーが出されて、開口一番、そんなことを言い出した。

 「若い女性です。先生の読者さんです、その女性と密会なされたんです」

 あろうことか百合夫君はイズンの話題をぶち込んできたのである。さすがの百合夫君である。私を決して退屈させない。
 私は声をあげて笑ってやる。百合夫君は冗談が上手いなあとばかりに。

 「いえ、実は僕もあの夜に何があったのか知りません。しかし何やら情熱的な夜を送られたことは間違いないようで。でも、こんなことをわざわざ秘書の方に言う必要なんてないですね。僕よりもずっと先生と一緒におられるので」

 「そうなんですか? 全然知りませんでした、先生のプライバシーに一切興味がないので」

 我が秘書の佐々木は気の効いた返しをするタイプではない。彼女にはサービス精神のようなものが皆無なのである。まさに百合夫君と正反対。
 百合夫君は佐々木のその態度に気落ちしたりしない。何せ私が慌てふためいているのだから、それで十分に違いない。
 彼の話術は、私が怒って腹を立てるかもしれないそのギリギリを突いて来るのである。
 それはライダーやドライバーが急カーブを、あえて最大限のリスクを負って、最も危険な角度を選んで曲がるような。
 彼のこの切り出しで、事務所はザワザワと賑わい出した。いや、事務所が賑わい出したのではなくて、私の心の中が騒めき出したのだろうか。
 油断したり、力を抜いて応対していると、百合夫君にどんな目に遭わされるかわかったものではない。
 寝起きというわけではないが、まだしっかりと頭が働いていなかったのだけど、今、本当の意味で私は目が醒めた気がする。それはどんな濃い目のカフェより、効き目のある目覚まし。

 「百合夫君、君がこんな嘘をつくことに何の意味があるのか考えてみたけれど、全然わからないな」

 私は言う。「皆目、見当がつかない。彼女とは何もなかったことを君も知っているはずだ」

 「はい、実は先生と秘書さんの関係を探ってみたんです。先生の女性関係の話題にどんな反応をお示しになられるのか。だけどそのような関係ではないようですね」

 「ああ、なるほどね」

 何という無礼なことを仕掛けてきたのか、などと腹も立たない。百合夫君は非常にあっけらかんとしている。

 「佐々木さん、安心して下さい。先生は驚くほどに潔癖で堅物で、そして謎に包まれています。僕などでは立ち入れない世界を所有しておられる。いえ、お二人は別にそんな関係ではなさそうなので、安心も嫉妬もないですね」

 「佐々木も実は疑惑を抱いていたのさ。僕が一人の読者に特別な何かを抱いたのではないかって」

 「何を言っておられるんですか? 別に気になっていません。先生が公私混同されて、読者の方々から支持を失い、あっという間にこの業界から消えてしまっても、私には本当にどうでもいいことなので」

 「そうだ。彼女は優秀な秘書なので、すぐに別の雇い主が見つかるだろう」

 「何だか不安になってきました。やはり、お二人は愛人関係なのではないかと思えてきましたね」

 百合夫君は言ってくる。真剣なのか冗談で言っているのか判断がつかない。
 しかしこの発言はまるで真実をかすめていないので、もう私を慌てさせたりしない。

 「彼女とはまるで相性が悪いよ。佐々木は作家としての僕に対して、リスペクトがないからね」
 
 「そんなことを望んでいたんですか? 私は雇い主として、先生をリスペクトしてます。それで充分ではないでしょうか?」

 「いや、僕は経営者でも何でもないからね。あくまで作家なんだ、クリエーターさ」

 「いったいそれが何だというのでしょうか?」

 「なるほど、お二人の関係は複雑そうですね。僕も結論を出すことを保留しておきます」

 百合夫君はそう言いながら、コーヒーに口をつけた。

 おお、こんな美味しいコーヒーを飲んだことはありません! コーヒーカップもとても素敵です。

 それは的確なポイントを突いたお世辞だったようだ。佐々木はそれなりにコーヒーの豆にこだわりがあったようで、その言葉に無邪気に喜び始めた。
 これまで何度となく彼女のコーヒーを飲んできた私が一度も口にしなかった言葉だ。さすがに百合夫君は凄い。いとも簡単に佐々木の心を掴んでしまったようだ。どっちかと言えば気難しい性格の女を。
 百合夫君のお陰で、私と佐々木の口論もこれ以上エスカレートしないで終結した。
 それどころか、私たちの事務所には穏やかで賑やかな空気が漂い始める。気心が知れた仲間だけで集まったパーティーのような空気。



26―6)

 百合夫君が褒めたことで、私は初めてそのコーヒーカップにも注意が向いた。そんなことでは作家としては落第だ。注意力が足りない。
 小説の中に出てきたコーヒーカップを、ただ単にコーヒーカップと描写してはいけないだろう。
 どのような模様でどんな形をしているのか、ちょっとした情報をさりげなく織り込むべきだと意識しながら小説を書いているのだけど、それを日常生活の中でも意識するのは面倒で、そこにコーヒーが入っているときは、とにかく飲み物であることが優先されていて、カップそれ自体に注意を向けるのはなかなか困難だ。
 というわけで、そのコーヒーカップをさりげなく観察してみる。白い陶製だ。花とか葉を抽象化したデザインの模様が紺色で描かれている。
 素敵なカップだといえばそう思えなくもない。そういうことにしてもいい。あり来たりだと言えば、またそれも真実。
 いや、私だってそういう意識が発揮されるのは、誰かの客になったときなのかもしれない。
 慣れない場所に赴いたとき、少しばかり緊張して、逆にどうでもいい情報ばかりが頭に入って来ることがあるではないか。
 そういうときに何の変哲もないカップの、そのちょっとした素敵な部分に気づくということがある。
 だとすれば堂々として見える百合夫君も、私の事務所の雰囲気やら佐々木の存在やらにナーヴァスになっているのかもしれない。
 彼は世渡り上手で、いつでも褒めるのが得意で、何事に対しても物怖じしない度胸の座った男というのも安直なイメージ。

 「ところで先生、まさか僕があの女性の話題を僕が持ち出してくるとは思ってなかったんじゃないですか? 二人だけの秘密だと考えたおられたはずです」

 百合夫君の口調は少し早口で、上ずっている部分もある気がしてきた。

 「正直なところ、そうだよ。裏切られた気がした。しかしそれも何か裏がありそうだとは思っている」

 私はそんな返事を返す。そこには負け惜しみのような感情が働いているのかもしれない。
 君は別に私を困らせるためではなく、そこには深い意図があることはわかっているから、何ら怒ってないさというアピール。

 「そうです、ただ単にデリカシーがないんじゃありません。確かに僕にはデリカシーなんて一片もありませんですが。佐々木さんもこの秘密に取り込んで、味方に引き入れたほうが得策だという判断です」

 「私は先生の味方もしませんし、敵にもなりません。先生のプライバシーには一切関知しない方向で働いていますので」

 いくらか遠慮勝ちではあったが、佐々木はついに私の隣に座った。
 どんな重要な客が来ても、いつもならばさっさとデスクに向かい、客のことなど意に介さず自分の仕事を進めるのであるが、今日は私たちの会話に積極的に関わってくる。
 百合夫君の巧みな話術と、その魅力に引き込まれたのだろうか。

 「最初に僕は先生にアドバイスをしたんです、格好をつけず、とにかくさっさとその女性を抱きなさい、と」

 「はあ、そうなんですか」

 「さもなければ幻想に苛まれてしまう。逃したその女性が何か価値のある特別な存在だという錯覚、つまり恋情ですね。そんなことにならないように、さっさと」

 「やって捨てろと? 随分と酷いアドバイスですね」

 彼女は百合夫君が言いかけた言葉を先取りする。

 「本当に酷いアドバイスですね。しかしそれが最善の方策なのです、男と女、男と男でも、
女と女でも、いや、何らかの商品が相手であってもそうです。得ることが出来なかったことが、幻想や執着を生んでしまうわけです。だからその幻想に惑わされる前に、さっさと自分のものにする。つまりこの場合は、抱く。別に捨てろとまではアドバイスしてません」

 「大丈夫だ、僕はまだその錯覚に苛まれていない」

 いや、本当にそうだろうか。私は百合夫君が彼女の話題を持ち出したことに腹が立たない。
 むしろ待ち望んでいた気さえするのだ。話題に出ただけで、あの女性の存在を身近に感じられる気がして。
 そのソファに、百合夫君の隣に、彼女が座り始めた気がして。



26―7)

 「『昨日の女性のことは忘れろ、さっさと心の中から消去しろ』というふうに、セミナーの生徒たちには教えています」

 百合夫君はいつもの調子を少しずつ取り戻し始めたのかもしれない。彼の口調にスピード感と音楽的な心地良さが宿り始める。
 むしろ百合夫君ほどのプロフェッショナルでも、初めて訪れたアウェイの地では、普段の調子が出るまで少し時間が必要なのだ。

 「先生は最悪のルートに入ろうとしています。一人の女性への執着というルートです。彼女は天使でも女神でもない。平凡でありきたりな普通の女性です。先生に特別な幸運をもたらしたりはしないでしょう。先生に幸運と悦びをもたらすのは、明日会うかもしれない見知らぬ女性のほうです。それは確実なのに、過去に注意を向けてしまっておられる」

 「過去よりも未来が重要だと?」

 「そうです、つまりはそういうことです」

 「いや、そんな人生は味気ないね」

 私は百合夫君に反論することにする。これまで百合夫君の説教を拝聴するだけであったが、今日は佐々木もいる。私自身の恋愛観と言えば大袈裟だが、そのようなものをぶつけることにする。

 「継続する感情が重要なんだよ。昨日に交わした約束を、明日に叶える今。昨日から明日にも続く流れ。一人でいる時間であっても、そういうのが僕たちを幸せにすると思うわけさ。明日起きるかもしれない未知の刺激では駄目なんだよ。だからこそ、特別な特定の一人に拘る。それが恋愛とか友情関係だ」

 なあ、そうだよな? と私は佐々木に視線を送るが彼女は別に同意をしてくれない。とはいえ否定するわけでもなく、ただ単に何のリアクションも示さない。

 「それはそうです、わかっています。この世界の90パーセントの人間たちがそのように考えているのですから。だからこそ我々のセミナーはそれを否定するわけです」

 「ああ、そうだね、百合夫君、君があえて逆説を弄しているのはわかっている」

 「はい、先生もあえて常識的な意見を仰られている」

 「でも僕はこういう分野においては極めて保守的だから」

 「保守的というよりも防衛的なのです。もっと言うならば怠惰。本当の意味において人生のエッセンスを味わうことは出来ない人の考え方」

 百合夫君は言う。けっこう挑発的な言葉であるが、表情も口調も丁寧で、私たちに対して意見しているという感じでもない。
 確かに私たちの全てを否定しているわけであるが、百合夫君は自分たちの考えが異端であることをわかっているので、困ったような悲しげな表情を混じえてくるのだ。その態度のせいか、私たちは彼の話しに不思議と反発を感じない。

 「恋や愛を誕生させてはいけないんです。恋や愛は、たくさんの防腐剤の入った食品のように保存が効く。冷凍食品のように、温めればいつでも食べられるという安心感もある。つまり、呼び出せば応えてくれる相手をキープしておくという安心感です。しかもそこには確かに美しく正しい感情も宿っている。恋や愛は麻薬のように僕たちを良い気分にしてくれます。実際、最高ですよ、愛も恋も真に美しいものです」

 百合夫君は牧師のように穏やかな表情を見せる。

 「恋や愛が人生の素晴らしいエッセンスとなることは事実でしょう。それは誰にも否定出来ない。先生が言われておられるのは、好きで堪らない相手とやったときの感動は最高、ってことですよね?」

 「え? 別にそういうことではないけれど」と思いつつ、私は否定もしない。

 「それは確かでしょう。認めましょう。さて、しかしそんな夢のようなセックスを成し遂げられる人間がどれだけいるのか。いるのかもしれないですよ、しかし人生に何度も起きることでもありません。数年に一回あるかないか。とても効率は悪い。今風に言うと、コストパフォーマンスが悪いという言い方が打ってつけでしょうか」

 それよりも、いきずりの女性を相手にして、自分勝手な欲望をぶつけるほうが気を使わない。本当の自分の欲望を曝け出せるのはそっちでしょう。

 「いえ、そんなことはどうでもいいことです」

 百合夫君は自らの発言に対して首を振る。

 「『サイコパスの勧め』はさほど性の問題を重く扱いません。実はそれは我々の担当外、違うセミナーで勉強してくれというアティチュードで。それより、いかにして多くの女性たちと知り合い、その女性たちと楽しい時間を過ごすか、それが我々の目標なんです」

 百合夫君と話すとこのようなことになるのはわかっていた。結局、彼が一方的に喋り続け、私たちはそれに耳を傾け続けて。
 それはまだまだ続くぞと、私は隣の佐々木に視線を向ける。その目配せの意味には気づいたのか、「まあ、いいですよ」という感じで頷いてくる。



26―8)

 「その日に出会った人に、最大限の優しさとか感心とか慈しみとかを捧げること。これが『サイコパスの勧め』の教える愛です」

 百合夫君は快調に話し続けている。

 「愛情深くあれ、と教えるとしても、僕たちが教える愛はそっちです。重くて、情熱的で、恩着せがましい、永遠を誓うような愛、そういうのではありません」

 「愛には二つの種類があると?」

 百合夫君は何気なく、とても興味深いことを口にしてはいないか。

 「ああ、そうかもしれませんね。重くて、情熱的で、恩着せがましい、永遠を誓うような愛、そんな愛を振りかざしても相手を射止めることは出来ない。僕たちのセミナーではそういうことを口を酸っぱくするくらい繰り返しています。好きで堪らない相手がいれば、それは当然のこと、愛は重たく深くなっていきますよ。それが自然の摂理でしょう。つまり、深い愛なんて平凡だってことです。それは特別でもない。その場限りで、見返りを求めない、誰かよくわからない不特定多数に対する、どこまでも果てしなく軽い愛、そういう愛こそが恋愛において勝利を収めるのです!」

 ああ、うん、なるほど。私も佐々木も、そのようなリアクションだ。百合夫君の熱の籠った態度に見合ってないだろうけど、このような考え方だってあり得るさと理解を示している結果。
 しかし理解し合っているだけでは面白い会話にはならないから、私は反論のようなものをしてみる。

 「だけど百合夫君、偽りのない愛の深さを証明することによって、好きな相手を射止めることがある。恋愛小説とかでもよくある展開じゃないか」

 「恋愛小説ですか?」

 「まあ、僕はそんな物語は書かないようにしているけれど。しかしそういう物語に感動してしまうことは事実で。健気さや一生懸命さが、人の心を動かすことはあるわけだ。誠実に愛を伝え続けたり、その愛がどんな試練にでも打ち勝つ強靭さを持っていたら、その思いは成就する」

 「あるのかもしれません。それは否定しませんよ。しかし僕たちから言わせれば、それだってコストパフォーマンスが低過ぎる。そういう愛を振りかざして戦ったとしても、成功率なんて半々ではないでしょうか。甘めに見積もってもですよ! もっと確率は低くなるかもしれない。それが僕たちの統計結果です」

 別にその問題で百合夫君と意見を戦わせる気はない。彼が統計結果などを持ち出して、それが正しいと主張するのなら、それでいい。
 それよりも私は彼の何気ない発言、愛は二種類あるなどという先程の発言に興味を抱いていた。他者への愛と、家族や恋人への愛。それは同じものではないなんてことを彼は言おうとしているのではないか。
 他者、異邦人でもいい、知らない人への愛だ。
 百合夫君が口にして、自分のセミナーに通う生徒たちに勧めているのはそんな愛。
 それは何やら宗教的な愛ではないだろう。キリスト教のことはよくわからないが隣人愛。いや、そう呼べば途端に安っぽくなるが。
 そして仏教も似たようなことを説いているようだ。そもそも、「仏教の教え」というものがあると言えるのかわからないが。あるとすれば、釈迦の教えとか親鸞がどう説いたとか、臨済宗の教典にはこう書かれているとか、浄土宗はこうだとか。


 「家族や身近な者に愛を抱くのは当たり前のことである。そんな愛は別に重要な愛ではない。それよりも自分とまるで無関係な赤の他人をこそ慈しみ、大切にしろ云々」

 何かそのようなことを仏教的なものの教えとして読んだ気がする。そして私はそれに何気に感心し、今でも長く心に留めている。
 百合夫君の提唱する愛は、ずばりこのような愛ではないか。しかし本人がそのことに自覚的かどうかは不明であるが。
 いや、百合夫君はきっと自覚はしていない。あくまで彼が愛を口にするとき、そのときはいつだって恋愛をテーマにしている。
 「重い愛はいけません。恋愛を成功させるのはチャラい愛です」といった具合に。



26―9)

 百合夫君はこれからちょっとばかり重要なことを言いますよとばかりに区切りをつけ、溜めを作り、勿体つけた。

 「女性たちからモテるため、最も不必要なもの、不必要なものですよ! それこそが愛なんです。つまり、この場合、重くて、情熱的で、恩着せがましい、永遠を誓うような愛のことです。そのような愛が行動を鈍らせて、言葉を淀ませてしまう」

 「自分の心の裡に愛を感じているようでは、永遠に女性にもてることはない。それが『サイコパスの勧め』の本旨」

 もう百合夫君は私たちの相槌を待ちはしない。まるでドストエフスキーの小説の登場人物のように一人で話し続ける。

 「難しいことです。僕たちはあらゆるものを通して、たった一つの真実の愛の大切さを教えられてきたわけですからね。愛は優しく、愛は崇高で、愛は貴重で純粋で。しかし何という重たさでしょうか! 崇高で貴重で純粋で優しいものを前にして尻込みしない人なんていませんよ。誰だって躊躇してしまいます。だから僕たちは愛を諦めてしまうんです。愛する女性を前にして、力ない苦笑いを浮かべて、『自分なんて、この人と釣り合うわけがない』と後ずさりしてしまう。だってあまりに愛は偉大だからです」

 ドストエフスキーの小説は特殊で、一人の登場人物が1ページも2ページも語り続ける。
 それだけではない。会話の途中で改行したりする。あるいは、登場人物の鍵括弧の会話の、その次の鍵括弧の会話も、同じ登場人物の発した会話だったりする。
 普通の小説はテニスのラリーのように、次の鍵括弧は別の登場人物の発言であるという決まりがあるはずなのに。

 「それがまず、愛の生む弊害の一つ目。そして二つ目はこれです」

 「愛に囚われた人間は醜いという事実。純粋なる愛に酔っている男の姿は気持ち悪いものです。だからモテない。それは何という皮肉なことでしょうか。『この人を大切にしよう。この人に、自分の格好良いところを見てもらおう』という考え。それは一見何も悪いことではないと思われる。確かに人間として素晴らしいことでしょう。しかしそれこそが、恋の成就を妨げる原因。つまり結論はこういうことになる。決して愛してはいけない」

 極論だ。エキセントリックにも程がある。私たちはこの百合夫君の言葉に、いとも簡単に言いがかりをつけることが出来るだろう。
 しかしそんなことはしない。ある部分においては本質を突いているような気にもさせられるから。

 「まあ、世の中には天才たちもいて、愛は崇高で貴重だからこそ、バシバシと積極的に行動出来る人もいるようです。つまりナルシストと呼ばれる一群です。そういう人たちに、我々の教えは無用でしょう。彼らは真実の愛に向かってまっしぐらに行動出来る。そんな自分自身に対して、何の違和感も感じない。それは凄いことですよ」

 「でも僕たちはそいつらみたいに行動出来ません。恥ずかしがり屋ですからね。彼らの面の皮の厚さを見習うべきですが、そんなこと簡単に真似出来ない。だから彼らとまるで正反対の考え方で生きる。つまり『愛してはいけない』ということ。あるいは、『愛している相手は断念する』。それが『サイコパスの勧め』」

 「しかし愛を口にする必要はあるんです。愛してもいないくせに、愛してると言う。そうすると交渉は上手くいく。思ってもいないことを言う、それこそ『サイコパスの教え』の基本。『愛するな』と言っても、しかし『冷たくしろ』ということではありません。それは何度も繰り返してきたことですよね、今更です。相手を乱暴に扱えってことではない。そこに何の感情も介入させるなというのが本質です」



26―10)

 「そんなことをするだけで、本当にモテるんですか? モテない人がモテるように? 百合夫さんみたいな人はそうかもしれませんが、平凡な有り触れた人でも?」

 ずっと黙っていた佐々木がここにきて口を開いた。彼女は百合夫君に反論する。
 まあ、それは反論というより、一通りの演説が終わったあとの質問タイムでのやり取りといったところだが。

 「はい、奇跡は起こるんです! 全ての人類に通用するとは言いません。しかしこれは決してごく一部のエリート向けのお伽噺でもありませんよ。僕が対象としているのは中間層、つまり『普通の人たち』です。世の男性の七割から八割が、それに当てはまるでしょうかね」

 そもそも百合夫君は奇矯なことをぶち上げているわけである。あらゆる反論を前提としての奇説だ。
 どのように突っ込まれても揺るぎはしない。むしろ反論すればするほど、聞き手は釣り針で釣り上げられるだろう。

 「そもそも好きな相手に対して一生懸命にがっつくなんて、無様なことだと思いませんか? 佐々木さん、あなたがその立場だったら? 一生懸命、我武者羅に迫ってくる男性に魅力を感じるでしょうか」

 「感じることもあると思います」

 「まあ、そうですね、その相手次第ですよね? なくはないでしょう。しかし魅力を感じない相手が迫ってくれば? 恐怖とか嫌悪感が勝ちませんか?」

 「それはそうかもしれませんが」

 「恐怖とか嫌悪感を与えるかもしれないその男性は、しかし佐々木さんへの愛は本物です。その情熱は激しく燃え盛っています。しかしその結果、佐々木さんに疎まれてしまいます。愛のせいですよ! 愛の虜になっている男の姿がまるで優雅ではないからです、端的に格好良くないわけです」

 「でも、それは本当に、愛のせいなんでしょうか?」

 「はい、あえてそうであると僕たちは言い切るわけです。そのことである意味、その対処法が見つかりますからね。つまり、誰も愛してはいけない、という対処法です。だけどこのようなケースは実のところ問題ないのです。愛の情熱が燃え盛り、それでもまっしぐらに行動した男性は、別に問題ない。彼はクリアーしていますよ、幾度かの恋愛に失敗することはあるでしょうが、いずれ落ち着くべきところに落ちくのではないでしょうか」

 「はあ」

 「問題はそっちじゃありません。激しい愛を抱きながら、行動しない人間たちのほうです。彼らこそ愛の被害者なのです。尊い愛の巨大さに圧倒されてしまう哀れなロマンチストたち。そのような男性たちにこそ、僕たちのセミナーが役に立つんです」

 「はあ・・・」という言葉を再び口にするが、佐々木は納得した様子を見せない。

 「愛に捉われたら、もはやそれを容易く押し殺すことなんて出来ないでしょう。愛は荷厄介なものです。偉大なんです。誰だって愛に飲み込まれるに決まっています。だったらどうすればいいか? 一番好きな相手、本当に好きでたまらない愛の対象には一切目を向けるな! それが『サイコパスの教え』のイロハということになります。その代わり、好きでも何でもない相手にどこまでも優しくして、その相手の興味を惹いたり、適当に弄んだり。全ての欲望は、どうでもいいその他の女性によって解消するんです。その代わり、一人の女性を諦める。いはゆる本命っていうあれ。本命は断念する」

 「そうすれば?」

 「世界の風景は一変するんです。その人の人生は瞬く間に変わるでしょう。しかもです、一度は断念した本命すら、いつかこちらに向かせることが出来ることもある。それもこれもまず、愛を断念すれば、です」

 「何だか怪しいですね。それが難しくはありませんか? 愛もないのに、興味がない相手に優しくしたりとか」

 「はい、だからこそ僕たちのセミナーが存在します。一度や二度、講義を受けたところで変われるわけはないですからね。何より環境が重要なのです」

 百合夫君は淀みなく話し続けるが、実のところ、佐々木の反論に打ち勝っているとは言えない。彼女を言い包めることに成功はしてないようだ。
 私は助け船を出すわけではないが、この話し合いに加わる。
 何度か百合夫君から講義を聞いてきた。何となくそのセミナーの本質のようなものを理解し始めている。
 百合夫君は大切なことを言い忘れている気がした。そしてそれは私が彼の「サイコパスの勧め」理論で、最も興味を惹かれ始めているパートでもあった。

 「結局、愛は必要なのかい、それとも不必要なのか? だって百合夫君、君は二種類の愛が存在すると言っていた。重い愛と軽い愛の二種類さ、あるいは近い愛と遠い愛」

 「ええ、そうでした。絶対的に不必要なもの、それが重くて近い愛です。それは徹底的に遠ざけるんです。ですが一方、軽くて遠い愛は必要です。その愛がなければ、人間としての魅力を確立することが出来ませんからね」

 「そうさ、重い愛と軽い愛。君のセミナーで語られることで、最も興味深いのは僕にとってはそこだね」

 「本当ですか! ロキ先生、意外ですね、いえ、そうでもないかもしれません、先生がそこに興味を寄せられることを、僕は最初から予感していたかもしれません。世間の人たちは気づいていないかもしれませんが、愛には二種類あるんです! 二つの愛です」



26―11)

 「わかりますよ、佐々木さん、あなたが納得されないのは。結局のところ、僕のセミナーは男性向けなんです。つまり女性を恋愛のターゲットにしている人向けの講義。男性を恋愛のターゲットにする人たちは、また違うセミナーに行って下さいとしか言えません」

 「それはそうですね。女性がどこかに違和感を抱くのは当然かもしれません」

 「だけど僕のセミナーが流行り、多くの男性たちがそのメソッドを実行に移していけば、結果的に女性たちだってその利を得るはずです。男性たちが積極的に行動を始めて、この世界は愛に溢れるわけですから」

 「え?」

 佐々木は百合夫君の言葉に引っ掛かりを覚えたようだ。
 いや、それは私も同じだった。何ならば百合夫君もすぐ、自分の発言が迂闊だったことに気づいた様子を見せた。

 「ちょっと待って下さい、それは何だか女性に対して究極の受け身を求めているようで、どうかと思います」

 百合夫君の言い訳を待つことなく、佐々木が少し声高に言った。
 これはさっきまでの相槌的な反論ではなくて、本当の意味での異議申し立てだ。

 「だってそれは男性たちが積極的になるので、女性はそのまま待っていろという言い方ですよね?」

 「ああ、そうですね、そういう意味に取られたら大変な誤解を生みます。さっきの発言はなかったことにして下さい」

 百合夫君は少しばかり慌てている。
 こんなもの、女性なら誰もが心に過ぎる違和感だろうか。普段から女性ではなく男性ばかりを相手にしているからか、百合夫君にも脇の甘さが感じられる。
 しかし彼は自分のミスをあっさりと認めて、爽やかに謝罪する。「だから女なんてものと話すのは面倒なんだ」って表情を一切出さない。
 さすがは百合夫君だと私などは感心をするが、佐々木がどのような判断しているのかはわからない。
 いや、佐々木も自分の発言にちょっとした自己嫌悪を覚えているのかもしれない。彼女自身、別に普段は女性の味方だなんて顔をして生きているわけではないのに、百合夫君のミスに対して、ここぞとばかりにそのような反論を仕掛けた自分に対して。
 もちろん、百合夫君の女性の扱い方に対して、佐々木は本当に心の底から憤っている可能性もあるのだけど。

 「いえ、誤解させたというより、これは僕の誤った考えだと言ってしまったほうがいいかもしれませんね。僕は考えを改める必要がある」

 百合夫君は鋭い指摘を受けて、慌てふためいて、普通ならそのペースは崩れそうなものだけど、彼はコーヒーをグイッと飲んだり、照れ笑いを何度か見せただけで、また再び饒舌に話し始めた。
 いや、むしろさっきよりもヒートアップしているかもしれない。もはや反論どころか相槌も許さないという勢いだ。
 ということはつまり、彼は慌てふためいていて、いつものペースを崩しているということであるが。

 「情けないものなんです。今現在の男性たちの意識は大変低いものです。そもそもあらゆる女性にモテたいと思っている人は多くなくて、好きな相手にさえ愛されたらそれで満足だという層のほうがはるかに多いと思います。そんな男性ばかりなのに、男性から世界を変えるなんておこがましい話しですよね」

 「しかも、そういう人たちはきっと、僕たちのセミナーを無用に思っているでしょう、何なら馬鹿にしているかもしれない。ダサい、馬鹿らしい、恋愛指南なんて俺たちには不要だ。そんな態度で僕を見下しているに決まっているんです。しかし、しかしですよ、しかしその実、彼らほど僕たちの教えを必要としている者たちはいません。彼らのような、一つの愛さえ得ることが出来れば満足する省エネタイプの凡人たちこそが、いまだ目覚めざる者たちで。彼らは好きな相手に愛されたらそれだけで満足なのに、そんなささやかな望みすら達成することが出来ない。なぜなら実は、それこそが最も難しいことだからです。愛は困難なんです」

 「彼らは愛に溢れ、誠実で一途で、優しい男たちです。愛する相手は一人で充分だと考えています、本当に好きな相手だけに、己が胸の中の溢れんばかりの愛を用いようと考えているわけです。しかしそれがいけない。そんなことだから彼らの恋愛は成就しない!」

 「そうです、そのときの愛というのは重くて近い愛です。彼が囚われているのはその愛でしかありません。恋愛において本当に重要なのは軽くて遠い愛なのに」



26―12)

 百合夫君の恋愛講義はようやく終わったようである。これまで何度も聞いたことのある内容だ。今更、驚きも反発もない。
 これをどうやって次の作品に組み込むべきか、あるいは取り入れることを断念するのか、それが私が考えなければいけないこと。
 いや、ここにきて初めて百合夫君は何か面白いことについて語り始めたような気もする。
 今まで語ってきたのとは違う別種の面白さ。それは恋愛講義というよりも、愛についての講義。つまり、愛には二つあるという論だ。
 重くて近い愛と、軽くて遠い愛。
 重くて近い愛は不必要で、軽くて遠い愛は重要であるというのが彼の意見。
 しかし彼の話しをよくよく聞いてみると、その軽くて遠い愛というのも結局、私からすれば愛の定義から外れている気がする。
 百合夫君は最後にこんな事もつけ加えたのだ。

 「軽くて遠い愛と言いましたが、しかしそれだって本当の愛が必要だなんてこともありません。愛がある振りをしていればいいんです」

 「だからそんなものを愛と呼べないという意見もあるでしょうね。ただのチャラい態度に過ぎないって。そうですよ、演技です、嘘です、偽物です、礼儀と言ってもいいかもしれませんね。愛がある振りをすればそれでいいのです」

 「そのためにはむしろ、どのようなレベルの愛の感情を持っているべきではない、というのが『サイコパスの勧め』の本質です」

 ああ、そうかと私は思う。彼はやはり、そのような思想を持つ男でもある。
 彼が呼ぶところのサイコパス的であることを重視している。そしてそれが彼のリアリズムなのかもしれない。
 いや、彼の愛に対する考え方と私の考え方が違っていたとしても、私だって別に真実の愛が重要だなんて意見の持ち主でもないのだけど。彼の意見にまるで賛同出来ないわけではない。
 ただ、百合夫君が露悪的であることに拘ることに違和感を覚えるという程度。しかしこれは決定的な差だ。

 「ああ、そういえばカメラを回しておくべきでしたね」

 その講義の一部始終を聞いていた佐々木が最後に発した言葉はそれだった。

 「もしよければ同じ話しをもう一度しますよ、何度でも出来ますから」

 「いやいや、僕たちが初めて聞いたようなリアクションを取ることが出来ないさ」

 私は慌てて言う。

 「そうでしょうか?」

 さて、ここまでの百合夫君の話しは前奏に過ぎなかったようである。彼が今日、この事務所にやってきた目的は他にあるようだった。
 何ということであろうか、ここまでの話しが前奏だったなんて。

 「だから僕は、先生があの女性に拘ることに反対しています」

 今度は具体的個別案件だという感じで、百合夫君は私のほうを見据えながら言ってきた。

 「ああ、そもそも僕たちはこのことについて話していたっけ」

 「そうです、あの女性、名前はイズンさんでしたね。先生が彼女に執着することを絶対にお勧めしません。今すぐに忘れて、別の先生のファンの方に手を出して下さい、それが『サイコパスの勧め』のメソッドに則ったアドバイスです。しかし先生は聞いてくれないようで」

 「そんなことないよ」と言うべきであったが、私は口を差し挟むタイミングを逸してしまう。

 「でも、どうしてもいうのならば力になりましょう。まあ、先生の場合、もう一度あの女性と会うのは簡単なはずなので」

 「本当に?」

 「はい、彼女は沈黙しているんですよね? あれ以来、何のリアクションも起こしていない。それはつまり脈ありのシグナル。先生の気を惹くための行動ですからね。例のカフェに行けばまた会えます。もう一度、意味深なメッセージを発する必要はありますが」

 「いや、そんなこと望んでないさ」

 私はようやく彼を遮って、自分の思いを口にする。

 「むしろ逆なんだよ。僕だって彼女を忘れたいわけではない。関係を断ち切りたいわけではない」

 「そうですよね?」

 「しかしさ、これ以上、彼女と関係を深めることなく、それでいながら彼女の興味をつなぎ止め続ける、それが僕の課題なんだよ」

 私もあの日以来、ずっとこの問題について考えてきたのである。いったい私は何を望んでいるというのか。
 これまで上手く言葉に出来なかったけれど、今日、長々と百合夫君と話して来て、ようやく頭の中がまとまってきた気がする。心の中もすっきりとし始めた。

 「それもこれも君のおかげかもしれない、そういう意味では感謝するね」

 「これ以上関係を深めることなく、ですか?」

 「そう、つまり個人的な関係は持たずに、もっと直接的に言うならば、肉体関係も恋愛関係も交わすことなく」

  私は言う。

 「それでいながら彼女をつなぎ止める。それが作家としての僕にとって、最も重要なことだ」

 これが軽くて遠い愛なのだろうか。いや、何か違う気もするが、それがヒントになった可能性はあろう。



26―13)

 心の中がクリアーに整理されて、私はすっきりとした気分である。イズンとの関係を深めることなく、それでいながら読者としてつなぎ止める。
 それが結論だ。とにかく彼女を失うわけにはいかないということでもある。
 しかし作家と読者という関係を壊してもいけない。

 私のその意見を前にして、百合夫君は不満げというのは言い過ぎにしても色々と反論がありそうな顔をしている。

 「確かに僕の恋愛セミナーにおいて、性はそれほど重視していません。決してセックスがゴールではない。とはいえ先生、それも正確ではありません。なぜ他人に興味を持つのか、結局のところ、性欲が全てではないでしょうか」

 「だから僕はそれをなしにして、読者としての関係を欲しているということだよ」

 「何か欺瞞の空気を感じますね。まだ先生は僕に心を開いておられない。いえ、僕だけではありません、自分に対して嘘をついているでしょう」

 「そんなことないよ。君は僕を嘘つき呼ばわりするが、そもそも君のせいで僕は大切な読者を失いそうになっている」

 「ええ、確かにそうですね。あの女性を抱いて下さいなんてけしかけなければ、先生は今、こんなに悩まれてはいない」

 百合夫君はあっけらかんとした口調で言ってくる。

 「それは確かにこっちだって悪かった。作家と読者という関係を逸脱しようとしたことは事実だ。魔が差したことは認める・・・」

 「僕が先生と読者さんの間を無茶苦茶にしてしまったんです。その責任を取ります」

 「いや、自分でどうにかするさ。次の作品を発表すれば風向きも変わるはずだ。彼女だって何らかのリアクションを示してくれると思う」

 それこそが作家ならではの問題解決の方法ではないだろうか。私はそれをまっすぐに確信する。

 「次の作品ですか? それはいったいどれくらい先に」

 「数年先。でも作家なんてそれくらいのスパンで生きているんだ。桃や柿を作っている農家と同じくらい気長な生き物さ。ましてやネットの世界のスピーディーさとは無縁で」

 いや、数年なんてスパンに私が耐えられるだろうか。彼女がまだ私の読者であるという確証を一刻も早く得たい気もする。
 しかし百合夫君との言葉の応戦の中で思わず出てしまった言葉によって、私は覚悟を決めることにする。

 「先生、本当にそんなことで良いのですか? それは果たして正しいことなのでしょうか?」

 当然のこと、百合夫君は納得している気配は微塵もなかった。

 「君の言ってた、軽くて遠い愛の実用さ」

 「え? 確かに僕は軽く遠い愛の価値を顕揚しましたが、それは違います、先生は誤解されている」

 「どうして?」

 「だったら尚更、先生はあの女性を抱く必要がありますね。作家と読者の関係なんてものを、僕は最初から計算に入れていませんからね。軽く遠い愛であっても恋愛関係でつながっています。この世界にそれ以外の人間関係なんて存在しません」

 「だったら本質的に君のやり方とは対立するってことかもしれない」

 文学などというものが結局のところ、百合夫君の恋愛セミナーとは対立するということだ。こんなのは当たり前か。

 「そこまで言われると、さすがに僕の心臓の鼓動も早くなりますね」

 「いや、別に君との絶交宣言なんかではないよ。君のセミナーも、君という人物も興味深い。次の作品のことはまだ何も決まっていない。君が協力してくれるのならば、これからも話しを聞きたいとは思うけれど」

 「それを聞けて少しは安心することが出来ましたが、しかし先生の言い分を何一つ納得することは出来ませんねえ」

 百合夫君はふと、佐々木のほうに視線をやった。

 「ああ、やっぱりお二人はそのような御関係だったわけですか?」

 「違うよ。別に彼女の前だから紳士ぶってるわけではないさ」

 「先生にとって読者さんは聖域だということです。そのハードルを越えるのは大変ってことなんです」

 佐々木が言った。珍しく正鵠を射ている意見を言ってくれた気がする。

 「ああ、なるほど、そのハードルの存在を僕は甘く見ていたわけですか。初めから先生の読者さんを利用するべきではなかったと」

 「そういうことでしょう」

 「わかりました、先生ともっと仲良くなるために、それだけでなく、この恋愛セミナーの効力をお伝えするため、別の方法を探すことにしましょう。あの女性のことはもう一切言及しません。それが先生の望みなんですから」

 「うん、それでいいよ」

 とはいえ、そのように念を押されると私の心は途端に揺れ始めるのである。
 本当にこれでいいのか? 
 百合夫君の言葉通り、私は自分を偽っていないか。
 つまりはそれはイズンという女性を私は失うことを意味しているというのに。
 本当にそれに耐えられるのか。それが自分の望んでいることではないはずだ。


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