第7話

文字数 1,281文字

質問『お客様との会話で印象的だったことはありますか?』
回答。
 先日、お客様に『やりがいのある仕事と給料の高い仕事の、どちらを選べばいいのか』と相談されたことがありました。バーは、自分自身と向き合える場所なんです。
 お金が必要な時期に、より多く稼ぐことは大切だと私は思います。
 私の人生を振り返ってみますと二十歳代前半は、とにかく目の前の仕事に追われて何も考えることが出来ませんでした。二十三歳の時に偶々、入店したバーの扉を開いた瞬間に私は将来、自分が営業したい店の映像をハッキリ見たのです。それ以降の私は、今の自分に何が必要かを考えて仕事に向き合いました。時代はバブル経済に突入した時期です。次々と街や人が派手になっていきます。私の周りで飲食業に勤しんでいた人も、別の道を選んでいきます。街中でスカウトと呼ばれる人や豪遊するホストを見かけだしたのも、この時期からです。私自身は自分のスキルアップを捨てて、高い給料の仕事を選択することはなかったです。むしろ、金銭を稼ぐための道具として高級なシャンパンが味わうことなく消費されていることに憤りを感じていました。バブル経済以降から二十一世紀初頭にかけて、日本の職人さんは激減し、どれだけ多くの金銭を稼ぐかが人の価値なんだと勘違いした社会風潮があるようにさえ感じます。今もソーシャルネットワークやインターネット情報に翻弄されて、自分の価値観を感じられる人が少なくなっている気がします。例えば、今まで見向きもしなかったお酒が品薄で高値が付くと、急に収集する人がいます。高級ワインが三十年前と比べて数倍の値段がついています。ワインの価値は変わらず、金銭の価値が下がったことに気づかないで、見ず知らずの人の価値観に翻弄されているように見えます。日本で成金という言葉が流行した時期があります。船成金を揶揄して、札束を燃やし暗い玄関を照らす風刺画が記載されました。大正三年の第一次世界大戦勃発の一時期、日本に金が集まったのです。その頃の日本の景色は外国人であるルイス・エッピンガー氏の目に、どのように映ったのでしょうか。やっと流通しだしたドライベルモットをバンブーカクテルに使用しだしたのも、この時期だろうと推測する人がいます。ルイス・エッピンガー氏処方のバンブーカクテルを初めて飲んだ時、私は素直に青竹を思い浮かべ、日本の侘び寂を感じ取ることが出来ました。その後、関東大震災や世界大恐慌をむかえ、日本は再び戦争へと歩みだすのです。
 日本人が創作し、世界的に有名になったカクテルがあります。チェリーブロッサムです。チェリーブロッサムの生みの親である田尾多三郎氏は、関東大震災が起きた年の暮れにカフェドパリというバーを開店させました。きっと、田尾氏の作るカクテルで多くの人の心が癒されたのでしょう。本当の自分にとって必要なことが何なのかを考えるのに最適な場所があります。それはバーのカウンターです。全てのメディアの情報を遮断して、一人でバーテンダーの作るカクテルを飲んでみてください。きっと、自分自身と向き合える時間が訪れる筈です。
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  •  第一章 『アドニス』

  • 第1話
  • 注釈・参照

  • 第2話
  •  第二章 『ペイフォワード』

  • 第3話
  •  第三章 『アムール』

  • 第4話
  • 追記。 『おわりに』

  • 第5話
  • 付録・バーのショートショートストーリー五選『今宵、バーの片隅で』

  • 第6話
  • 質問『お客様との会話で印象的だったことはありますか?』

  • 第7話
  • 質問『日本のバーについて思う事はありますか?』

  • 第8話
  • 質問『是非、行ってほしいバーとは、どんなバーですか?』

  • 第9話
  • 質問『日本のバーは、どのように発展していくでしょうか?』

  • 第10話
  • 質問『バーで飲む為の嗜み方はありますか?』

  • 第11話
  • 質問『バーとは、どんな場所ですか?』

  • 第12話
  • 質問『印象深いバーやバーテンダーの方はいらっしゃいますか?』

  • 第13話
  • 質問『最近、マニアックな専門店のバーがありますが、どのように考えていますか?』

  • 第14話
  • 質問『出入り禁止になる人って、本当にいるんですか?』

  • 第15話
  • 文中の一部を抜粋

  • 第16話

登場人物紹介

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