第1話 はじめに~きよとの出会い

文字数 2,611文字

 おいらの名前は ウー。

主が思いつきで、呼んだ名前が定着した。

人間ではない幻獣の兎。 幻兎族のオス。年齢は不明。

おいらが見えるのは、幻獣の主となった人間だけ。

おいらたち、幻獣は、主を選べない。

最初に、存在を知った人間が自動的に、主となる仕組みだ。

主の浄香は、都から遠く離れた穂の国の

若草という名の山に囲まれたのどかな里で生まれた。

主の浄香という名前は、若草の伝説の少年の名前から名づけられた。

伝説の少年の名前は、浄(じょう)というらしい。
 
主が生まれる少し前、諸国に、謎の伝染病が蔓延した。

その際、若草で暮らすある少年が、謎の病を克服した第1号の患者となった。

その少年に投薬された薬の効き目が立証されたことにより、

その後、助かる人たちが増加して、ついには、謎の病がおさまったという。

その少年の話は伝説となり、やがて、諸国へも伝わった。

医術を志すヒトは誰しも、その伝説を知っているという。

主の性格を短く説明すると、こわがりでめんどくさがりや。

暗い場所や幽霊がこわいくせに、

なぜか、幻兎のおいらが見えるし、ちっとも、こわくないらしい。

今では、飼い兎扱いだ。主には、あこがれのヒトがいる。 

その人は、若草の出身だという。

物心ついた時から、主の両親は、娘に女官になるための特訓をさせてきた。

主の父親は、上昇志向が高い里長で、ひとり娘には、後宮にあがり、

女官として出世してほしいと願っている。

ふつうの親なら、良家に嫁入りさせたいと願うところ、

主の父親は、ちょっと、変わっていると思う。

一方、主の母親は、お嬢様育ちのほんわかした感じのヒト。

一応、夫に従ってはいるが、本音では、婿を取って、

結婚後も、娘と一緒に暮らしたいと願っているらしい。

主には、兄弟(姉妹)がいない。 

だからか、おいらは自然と、兄みたいにふるまうようになった。

主の祖母というヒトが、なかなか、すごい人らしい。若いころ、

穂の国の優秀な医女として、王室から恩賜されたことがあるらしい。

主の父親は酔うと、そのことを必ず自慢する。

主の祖母は今も健在で、山で薬草を採ってきてはいろんな薬を作っている。

そして、風邪や腹痛に効く薬を近所に配っては、ありがたがられている。

主は、祖母に似たらしい。薬草採りが、唯一、続いている主の趣味ときた。

おいらが、主と初めて出会ったのは、山の中だった。

おいらは、山の中で生まれた。

最初、主は、おいらをふつうの兎と間違えた。

家に帰り、両親においらのことをみせたが、何も見えないと言われて、 

初めて、自分だけにしか見えないことに気づいたらしい。

それ以来、おいらの存在を口にしなくなった。

「あんたが見えることで、得したことは何もないわ」

 ことあるごとに、主が毒づく。思春期の乙女は、扱いがむずかしい。

主は本気で、伝説の女官を目指しているらしい。

めんどくさがりやなのに、女官になるための勉強には、手を抜いたことがない。

主の場合、一応条件は満たしているものの、なかなか、お呼びがかからなかった。

先日。すでに、試験に合格して女官になることが

決まっていた娘が諸事情によりダメになり、

ギリギリ合格ラインだった主が、ピッチヒッターとして後宮にあがることになった。

主が都へ発つ前夜。

幻兎族の頭の満月兎から呼び出された。

おいらは、主が寝たのを見計らうと、そっと、家を抜け出して満月兎の元へ急いだ。

満月兎の出現にふさわしい満月の夜、おいらは、満月兎と初対面。

「主が、女官見習いとして後宮にあがると聞いた。おめでとう。

おまえに、初任務を与えることにする。後宮を騒がす幻狐をこらしめるのじゃ」

満月兎の声はなぜか、エコーがかかっていた。それも、頭の後ろ側に響いた。

幻狐とは、おいらたち、幻兎の永遠のライバルで狐の姿をしている幻獣だ。

「なぜ、おいらの主が、後宮へあがることをご存じなんですか? 」
 
 おいらが訊ねた。

 里の仲間には伝えたが、満月兎の連絡先を誰も知らないから、

主が、女官見習いとして後宮にあがる話が、満足兎の耳に伝わるはずがない。

「私を誰だと思っておる? おまえたちのことなら、何でも知っている」

 満月兎が咳払いすると言った。

「わかりました。お騒がせ幻狐をぎゃふんと言わせてみせますよ」

 おいらが意気込んだ。

「その意気でガンバレ。おまえも知っているとは思うが、

こたびの敵は、なかなか、手ごわい。心してかかるが良い」

 満月兎が目を細めた。

「なぜ、そんな大役をお任せくださるのですか? 」

 おいらが好奇心で訊ねた。

 幻狐族の中でも、後宮に住む幻狐は、

頭の次の次に位が高く、優秀な幻狐だけが選抜されているという。

(おいらみたいな半人前の幻兎に、

トップクラスの幻狐をこらしめる大役を任せても大丈夫なのかい? )

「後宮には、他の幻獣を寄せつけないための結界があちこちに、

張り巡らされている。結界を破ることが出来るのは、

主が、後宮にあがったものだけなんじゃ」

 満月兎が言った。

「なるほど。そういうわけですか」

 おいらは、ようやく、大役に抜擢された理由を理解した。

(大役を任されたのも、ひとえに、主のおかげということかい)

「言っておくが、後宮には、幻狐の他にも、幻獣が、住み着いているおそれがある。

また、女官の中には、幻獣が見える者も稀にいるらしい」

「わかりました」

「健闘を祈る」

「ありがとうございます。ガンバリます! 」

 おいらの返事を聞くと、満月兎は、パッと姿を消した。

かくして、おいらは、後宮に住む幻狐をこらしめて

騒ぎを収める大役を担うことになった。

主だけでなく、おいらも、緊張してきたぜ。

手柄を立てれば、月兎の称号を得る日が近づくかもしれない。

よけいな心配かけるかもしれないから、主には、黙っておくことにしよう。

満月兎からの情報によると、ふだん、後宮で暮らす幻狐が、

どこにいるのか誰も知らない。まさに、神出鬼没だという。

なぜ、人間の世界で起きた事件を、しかも、幻狐がやったことに関して、

幻兎が解決しなければならないのかは、疑問であるものの‥‥

満月兎のことだから、何か考えがあってのことだろう。

とにかく、初任務を無事、果たすことに全集中!

相手が、強敵だろうと、むずかしい事件だろうと関係ない!

ようは、おいらは、月兎の称号を得るにふさわしいか試されるんだ。

おいらは、出立の日まで、できるかぎりの準備を行った。

一方、主は、おいらと違って、後宮にあがれることで浮足立っていた。






 



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み