第36話 鬼になったきよ~鬼道衆登場!

文字数 4,016文字

 ふり返った主の顔は、鬼そっくりのいかつい顔になっていた。

「こんな顔では、一生、人前には出られない! 」

 主が、畳の上に伏して泣き出した。

「宝徳狗が言っていた話、どうやら、真実みたいだな」

 おいらがぽつりと言った。

「宝徳狗がここへ来たの? 真実って? 何か知っているの? 」

 主が身を乗り出して訊ねた。

「あいつの前世で両親だったという人たちが、

鬼に姿を変えられて鬼道衆にさらわれたそうな」

 おいらが答えた。

「私も、鬼道衆にさらわれるというわけ? 」

 主が、おいらに詰め寄った。

「そうとは決まっていない。こうなった理由に何か、心当たりはあるのか? 」

 おいらは鬼顔の迫力にたじろいだ。

「思い当たることと言えば、奉納舞の前に、巫女が観客に配っていた

おまんじゅうを食べたけど、もしかして、そのせい? 」

 主が覚え語った。

「他にも被害者がいそうだな」

 おいらが言った。

「もし、これが夢だったら、すぐに覚めてほしい」

 主がうなだれた。

「どうしたものか」

 おいらが考え込んだ。

「きよ。いるか? 入るぞ」

 突然、伊予が、主の部屋に入って来たことから、

主があわてて、手鏡を見るふりして顔を隠した。

「そんなにあわてて、何かあったのですか? 」

 主がそしらぬ風に訊ねた。

「化粧をしていたのか? 急に、色気づいてどうした? 」

 伊予が、主の顔をのぞき込もうとした。

「見ないでくだされ。まだ、途中なのではずかしい」

 主がとっさに、後ろを向いた。

「さっさと、化粧を済ませて、隣の部屋へ来なさい」

 伊予はそう言うと、部屋から出て行った。

ほっとしたのもつかの間。伊予は、「至急、隣の部屋へ来い」と言っている。

だけど、この姿では、人前に出ることが出来ない。

主は、部屋中を行ったり来たりして悩んでいる様子。

「行かないのも変だ。こうなったら、変装して行くしかない」

 おいらは、何か顔を隠せるものはないかと部屋中を探し回った。

その結果、庭にいる星丸が目に入った。

おいらは急いで、星丸の顔から、白狐のお面を奪うと主に手渡した。

「星丸。ごめんね、少しの間だけ貸して。すぐ返すからね」

 主が、星丸に向かって言った。

星丸は縁の下に身を隠した。

白狐のお面が無事返るまで、誰とも会わないつもりらしい。

主は、白狐のお面をつけると隣の部屋へ行った。

おいらも心配になり、ついて行った。

隣の部屋では、女官たちが、頭を突き合わせて何やら話し合っていた。

「どうかしたのですか? 」

 主が、伊予に訊ねた。

「きよ。おまえ、そのお面はどうした? 」

 伊予が、主がつけている白狐のお面に目ざとく気づいて指摘した。

「そんなことより、何があったのか説明してくだされ」

 主が、伊予に言い迫った。

「王女様が、何者かにさらわれたのじゃ。

朝起きたら、置手紙があって、王女様の姿が見えなくなっていた」

 伊予が、置手紙を差し出すと告げた。

「夜になると、山道に、人さらい鬼が出ると聞きました。

もしかしたら、王女様をさらったのは、人さらい鬼かもしれません」

 主が言った。

「置手紙をよく読むが良い。これは、それなりの教養がある者の筆跡としか思えぬ」

 伊予が答えた。

「言われてみればそうですね。達筆過ぎて、

私には、何と、書かれているのか読めません」

 主がため息をこぼした。

「しばらく預かると書いてある。さらった理由は書いていないが、

金銭を要求しているわけでもなさそうじゃ」

 伊予が冷静に告げた。

「しばらくとは、いつまでですか? 得体の知れぬ者にさらわれたのです。

何をされるかわからないではありませんか? 」

 主が訴えた。

「おまえ。ひとりで捜しに行ってくれるか? 

大勢で捜しまわれば騒ぎになってしまう。

おまえが捜しても見つからない場合は、護衛隊に捜させる」

「なぜ、すぐに、護衛隊に命じて捜させないのですか? 」

「結びに、誰かに相談したら、王女様の命はないと書いてある」

「ですが‥ 」

「おまえなら、きっと、王女様を無事に連れ戻すことが出来ると信じている。

王女様はいつだって、おまえが守って来た。これからも、きっと、そうにちがいない」

伊予の説得に負けて、主はひとりで、王女を捜すことになった。

部屋に戻り、主が外出のための身支度をしている時、

おいらは、浄からもらった薬玉を思い出した。

「話がある」

 おいらが告げた。

「何よ、改まって」

 主が言った。

「おいらが、あんたのからだに憑依して王女様を助けに行く。

たぶん、王女様は、人さらい鬼にさらわれた。

いくらなんでも、あんたを人さらい鬼と戦わせるわけにはいかない。

あんたがピンチな時に、おいらは力が使える。

今があんたのピンチだ。そうだろ? 」

 おいらが言った。

「そうかもしれないけど、どうやって、憑依するの? 」

 主が訊ねた。

「いつもなら、あんたが、タイミング良く気絶してくれるのだけど、

今は、あいにく、気絶していない。だから、これを使う。

これを飲むと、一時的に仮死状態になる。

あんたが、信頼する浄がこしらえた薬玉だから安心しな」

 おいらが、主の手に薬玉をにぎらせた。

「わかった」

 主は、水を含んだ後、その薬玉を飲み込んだ。

 少しして、主がその場に倒れた。息をしているが、

肩をたたいても頬をつねっても起きる様子がない。

どうやら、仮死状態になったらしい。おいらは、主のからだに憑依した。

なぜか、ふしぎと力がみなぎって来る。

「わんわん」

 庭から、星丸の吠える声が聞こえた。

「わりい、忘れていた」

 おいらは、庭でお座りして待っていた星丸の顔に白狐のお面をつけた。

「やっぱり、これがないと、しっくりこなくてねえ」

 星丸が、尻尾を振りながら言った。

「留守番を頼んだぞ」

 おいらが告げた。

「ウー、おまえだけで大丈夫なのか? 」

 星丸が訊ねた。

「幸い、この顔だ。仲間になりきって乗り込めば、

すぐに、やられることはないだろう」

 おいらが答えた。

 空に暗雲が立ち込めた。鬼の元へ向かうのに適したシチュエーションだ。

おいらは、人気のない道を選んで人さらい鬼が多く目撃されている山道へ向かった。

 山道にさしかかったところで、主と同じく、

まんじゅうを食べて鬼となった村の人たちに出くわした。

彼らは、術をかけられて鷲山へ誘導されているみたいだ。

おいらは、その人たちについて行くことにした。

 鷲山の麓には、立てられた長丸の岩と横たわった

長丸の岩が合体した双子岩がある。

どこからともなく、その周りに、鬼に変えられた人たちが集まって来ていた。

おいらは、一緒に来た鬼に変えられた人たちの中に紛れ込むと、鬼道衆の登場を待った。

これだけの数の鬼を勢揃いさせれば、九鬼を呼び出す必要もないかと思われるが、

ここにいるのは、術により鬼に変えられた偽物であって、

九鬼を召喚させるための捨て駒でしかないのだろう。

儀式が終わり次第、消されることは間違えなかった。

どっぷり夜が更けた頃、風もないのに近くの木々が揺れ出した。

鬼たちが、漆黒の空に向かって雄たけびを上げた。

すると、双子岩の裏から、鬼のお面をつけた黒装束の者たちが現れた。

(あいつらが、鬼道衆なのか? )

「儀式場にて、九鬼の召喚の儀式を執り行う。皆の者、ついて参るが良い」

 鬼道衆のひとりが、声高々に告げた。

 おいらたちは、鬼道衆に従い岩の中へ入った。

一見、何の変哲もない双子岩に見えるが、どこかへつながっているらしい。

天井が低くて、道幅が狭い急な坂道を下ると、

幅の広い溝に面した巨大な岩石の上に出た。

はるか昔、この一帯は海だった。

それが、長い年月の中、地穀が、

移動したことに伴い海の堆積物が勃起して今の陸地になった。

この溝は、西と東の境目になっており、

鬼道衆の間では、九鬼が棲む闇につながる穴を示す

「異土の谷」と呼ばれている。

火山列が近くにあることから、

じっとしていても、汗ばむほど気温が高い。

遠く近くから、ボーボーと炎が燃え盛る音が聞こえて来る。

「ここはどこだ? 」

 おいらがつぶやいた。

「ここは、異土の谷だ」

 隣にいた背の高い鬼が告げた。

その鬼の声に聞き覚えがある。もしかしてと思い横を向くと、

術で鬼に変身している乙津獅恩だった。

「なぜ、あんたがここにいるんだ? 」

 おいらが小声で訊ねた。

「見ての通り、潜入捜査だ。おまえの目的はあれか? 」

 乙津が、鬼道衆に引っ張られて来た王女を指差した。

「そうだ。王女様を助けに来た」

 おいらが告げた。

 王女は、目かくしをされていてどこにいるのかわからないみたいだ。

ここへ来る途中、だいぶ抵抗したらしく、

手足に抵抗した際にできたあざや傷がいくつも見て取れた。

おいらは、見ていられなくて目を反らした。

「やはり、そうであったか」

 乙津がつぶやいた。

「なんなんだよ? 何か知っているのかい? 」

 おいらが訊ねた。

「鬼道衆は、王女様を殺めて、腹の子の命を奪う気だろう」

 乙津が答えた。

「なぜだい? 」

 おいらは思わず、声を荒げた。

 鬼道衆が、おいらの声に反応してこちらを見た。

おいらはあわてて、乙津の後ろに身を隠した。
 
「鬼道衆が、九鬼を召喚する前に、何としてでも、阻止しなければならぬ」

 乙津が言った。

「もし、九鬼が召喚されたら何が起こるんだ? 」

 おいらが低い声で訊ねた。

「初めてのことだから、実際のところ、何が起きるのかわからない。

ひとつだけ言えることは、この世が、史上最悪な状態になるということだ」

 乙津が冷静に答えた。

「それはマズいではないか? 良い策はあるのかい? 」

「鬼道衆の中に、鬼を操ることが出来る箜篌の名手がいるそうな。

皆、同じ格好をしているから、誰がその者なのか、今の段階では見分けがつかない」

「協力するよ。王女を助ける前に、九鬼が現れたら大変だからな」

 おいらが言った。

「さようか。鬼道衆の気を引いてくんないか? おまえが、予想外の行動をすれば、

それを止めようと、箜篌を持ち出す者がいるはずだ」

 乙津が作戦を言った。

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