第5話 幻狐現る!

文字数 4,639文字

 その夜、おいらは悪夢に襲われた。

故郷に残した仲間が次々と、邪悪な存在に襲われて消えてしまうという夢だ。

寝言を言っていたらしく、翌朝、目を覚ますと主に指摘された。

「あんた。相当、うなされていたけど、どんな怖い夢を見たの? 」

 主が訊ねた。

「邪悪な何かが、故郷に残した仲間を襲った夢だ」

 おいらが答えた。

「正夢でないといいわね」

 主が言った。気のせいか、主は、鏡の部屋の一件以来、ずっと、元気がない。

「あんたこそ、何かあったのかい? 最近、何だか、元気がないぞ」

 朝の身支度を整えている主に、おいらが訊ねた。

「ちょっとね。これ読む? 」

 主が、実家から届いた手紙をおいらに見せた。

【娘よ。元気かい? 父も母も元気だ。おまえには言うなと止められたが、

祖母思いのおまえには、伝えておくことにした。先日、おばばが倒れたんだ。

何とか今は、持ち直したが、

しばらく、山へ薬草採りにはいけないと医者から言われた】

「おばばさまの具合が悪いのか。さぞかし、心配だろう」
 
 おいらが言った。

「あんた、ひとっぱしり、里に戻って、おばばさまの様子を見て来てよ。

あんたも、仲間の安否が心配でしょう? ついでに、仲間の様子も見て来なよ」

 主がとんでもない提案をして来た。

「出来ねぇこともないが、おいらは、主を守ることが仕事だ。

おいらがいねぇ隙に、あんたの身に何かあったら、昇格どころの話じゃなくなるぜ」

 おいらは、仲間を心配する気持ちを必死にこらえると言った。

「あんたの忠誠心はうれしい。だけど、

今は、おばばさまと仲間の安否を確かめる方が大事でしょ」

 主が諭すように言った。

「わかったよ。ひとっぱしり、里へ戻って、安否を確かめたらトンボ帰りするさ。

急げば、1日で往復できるはずだ」

 おいらがそう言うと、主が「善は急げ」と言って強引に送り出した。

かくして、おいらは急ぎ、故郷の里へ向かった。

里に戻るとすぐ、主の祖母の家をのぞいた。

主の祖母が、縁側でひなたぼっこしているのが見えた。

ひとまず、大丈夫そうだ。

その足で、山へ行くと、以前と様子が違った。

木々が倒れていて、山肌がむき出しの状態になっていた。

まるで、何かが、木々をなぎ倒して山へ入った感じだ。

おいらは、仲間がいるお堂へ急いだ。

「ウサ、ウサっち、うさみ! どこにいる? 」

 帰る時間ぎりぎりまで、山中を捜しまわったが、

とうとう、1匹も見つけることは出来なかった。

おいらが都へ行った後、いったい、何が起きたのだろう? 

おいらは、夕日に染まった空を猛スピードで駆け抜けた。

とにかく、今は、都に戻ろう。主に、祖母の無事を報せなくてはならない。

主の元に戻ると、主は、夜勤に出ていていなかった。

おいらは気を取り直して、後宮パトロールをすることにした。

消えた仲間の安否も気がかりだが、今は、任務を果たすことに集中しよう。

いつものように、暗い廊下をウロウロしていると、

廊下の先で、橙色の炎が浮遊しているのを見つけた。

(狐火だ! )

おいらは興奮を抑えつつ、狐火のあとを追いかけた。

狐火は、玉殿と呼ばれている部屋の中へと消えた。

中に入ろうとしたが、結界が張られているらしく、

何度試してもはね返されて、中に入ることが出来ない。

「こうなったら、奥の手を使うしかないな」

 おいらは、御門司の事務所へ急いだ。思った通り、主がひとりで、

夜勤についていた。

「お~い」

 おいらは、ドアをすり抜けると主の目の前に現れた。

「わっ。びっくりした!」

 主がのけぞった。

「今すぐ、中に入れてもらいたい部屋がある。

もしかすると、その部屋に、幻狐がいるかもしれねぇんだ」

 おいらは、主に頼み込んだ。

「幻狐がいるとは、いったい、なんのこと? ちゃんと、説明して」

 主が言った。

「満月兎から、後宮を騒がしている幻狐をこらしめるよう命じられたんだ」

 おいらが言った。

「そんな大切なこと、なぜ、今まで黙っていたの? 」

 主が責めるように言った。

「ごめん。それより、早くしないと、いなくなってしまう」

 おいらはあせった。

「おばばさまはどうだった? 」

 主が訊ねた。

「元気だったから心配ない。だけど、おいらの仲間は行方不明になった」

 おいらが答えた。

「何かあったの? 」

「さあね。そんなことより、早く、頼むぜ」

「わかったわよ。どの部屋のカギを開ければ良いの? 」

「うんと。どれだっけな‥‥ 」

 おいらは、壁にぞろっとかかった大量のカギの前を2往復して、

お目当てのカギをやっとのことで見つけた。

「え? 本当に、このカギで間違えない? これって、あの玉殿のカギじゃん。

幻狐が、玉殿にいるってわけ? 」

 主が驚きの声を上げた。

「うん。狐火のあとを追ったら、玉殿にたどり着いたというわけさ。

狐火は、幻狐がいる印みたいなもんなんだ」

 おいらが必死に説明した。

「それにしても、あんたなら、カギなしでも入れるのではないの? 」

 主が痛いところをついてきた。

「それがさあ、結界が張られていて中に入れないんだ」

「結界? 何それ? 」

「そんなに、ビビらなくても大丈夫だ。ただの結界だ」

 おいらは、ビビり気味の主をなだめた。

何としても、主にカギを開けてもらわなければならない。

この時を逃したら、2度と、幻狐に会えるチャンスはないかもしれない。

「やっぱり、無理。戻ろう」

 主が、玉殿の前まで来ると、急に、怖気づいた。

「カギを開けてくれるだけでいい。その後は、立ち去っても良いから」

「だから、無理って言っているでしょ! 」

「ここまで来て、それはないだろ? 」

 押し問答が数分続いた。その間にも、狐火がゆらゆらと、

部屋中を浮遊しているのがドアの向こうに透けて見えた。

「あわわわ」

いつのまにか、主が、その場に尻餅ついていた。

「狐火を見たのは初めてか? 」

 おいらが訊ねた。主は、顔面蒼白でうなづいた。

 これはダメそうだ。だけど、このまま、見過すわけにもいかない。

おいらは、ドアの前で右往左往した。

「戻ろう。見なかったことにしよう」

 主が、立ち上がると踵を返した。

「ごめん!」

 おいらはとっさに、主の背中に体当たりした。次の瞬間、視界が変化した。

何気なく、手の平を見ると、兎の手ではなく人間の手だった。

主の姿を捜したが、どこにも見当たらない。もしかしてと思い、

両手で顔にふれてみると、兎のふさふさした毛の感触とはまるで違うもち肌だった。

「うぎゃああ!」

 おいらは思わず、さけんだ。

 不幸中の幸いなのか、思いがけず、主のからだに憑依していた。

話に聞いたことはあったが、実際に試したのは、これが初めてだ。

「主よ、ごめん。しばし、からだを借りるぜ」

 おいらはそうつぶやくと、急いで、カギを開けた。ドアが開いて、

部屋の中に飛び込むと、目の前に倒れている巫女装束姿の女を発見した。

「おい、大丈夫かい? 」

 巫女の元に駆け寄り抱き起こすと、

その巫女は、身動きひとつすることなく、固く目を閉じていた。

(し、死んでる?! )

 おいらはとっさに、その巫女の脈を取った。脈がない!

「貴様は誰だ? 」

 頭上で、不気味な声が響いた。天井を見上げると、いつのまにか、

狐火が、鬼女の顔に変わっていた。

おいらは驚きのあまり、巫女のからだを床へ投げ出した。

巫女のからだは、床の上をころころと転がってドアの前で止まった。

「おいらは、幻兎のウーだ。あんたは、誰なんだい? 」

 おいらが身構えるとさけんだ。

「おまえが、幻兎だと? なぜ、女官見習いの姿をしている? 

もしかして、女官見習いのからだに憑依したのかい? はは~ん。

わらわの結界を破れないから、その女官見習いにカギを開けてもらったんだねえ」

 鬼女の顔が嘲笑うように言った。

「正体を現せ! 鬼女など、ちっとも、怖くないぜ」

 おいらがさけんだ

「ふん、貴様みたいな小者に、つきあっている暇などない」

 鬼女の顔がそう言うと、パッと消えた。

「おい、その巫女をどこへ連れて行く気だい? 」

 おいらは、ドアの前に倒れていた巫女が

動き出したことから、鬼女の顔の仕業とわかった。

「うるさい! 貴様ごときに、とやかく、言われる筋合いはない! 」

 鬼女の顔の声だけが、部屋中に響いた。

「ううう」

 突然、おいらは、金縛りに遭った。

(苦しい! まるで、からだが動かない! いったい、何が起きているんだ? )

「ウー!ウー!」

 からだの中から、主の声が聞こえた。

 まずい!主が目覚めそうだ。早く、主のからだから抜け出さないと、

主の命が危うくなる。だけど、このまま、主が目覚めたら、

鬼女の顔に操られた巫女をこわがるに違いない。

そうこうしている間にも、鬼女の顔に操られた巫女が、

人形のような恰好で立ち上がろうとしている。

「主、悪いが、もう少しだけ待ってくれ」

 おいらは、内側に向かってつぶやくと、巫女のからだに覆いかぶさって

動きを封じ込めようとした。女にしては、押し返す力が強い。

おいらは無我夢中で、巫女のからだを押さえつけた。

「無駄な抵抗はおやめよ」

 鬼女の顔がふいに、出現すると、おいらに襲いかかってきた。おいらは、

巫女のからだから引きはがそうとする鬼女の顔の圧力に必死に抵抗した。

どこへ連れて行くつもりなのかわからないが、悪い予感しかしてこない。

「そこで何をしている? 」

 突然、見知らぬ男が、部屋の中に飛び込んで来た。その男は、

鬼女の顔に気づくと、何やら、ぶつぶつと呪文を唱えた。

すると、驚いたことに、鬼女の顔の圧力が弱まった。

「ここは任せて、おまえは、巫女の霊体を追うんだ! 」

 その男がさけんだ。その男の視線が、主ではなく、

主のからだに憑依しているおいらに注がれていることに気づいた。

「もしかして、あんたは、おいらが見えるのかい? 」

 おいらが訊ねた。

「ああ。おまえが憑依している女官見習いは、おまえの主か? 

私は、呪禁師の奇徳浄と申す。おまえの名は何と申す? 」

 その男が訊き返してきた。

「おいらは、幻兎のウーだ。今はわけあって、主のからだを借りている。

一目でそれを見抜くとは、あんた、ただもんじゃないな」

 おいらが言った。

「話は後だ。今は、そこに倒れておる巫女の霊体を追うんだ。

取り逃がしたら、大変なことになる。さあ、急げ!」

「わかった」

 おいらは勢いつけて、主のからだからすり抜けると、廊下へ飛び出した。

浄が言った通り、倒れていた巫女のものと思われる霊体が、

出口へ向かって浮遊しているのが見えた。おいらは、その霊体を必死で追いかけた。

「あれはなんだい? 」

 おいらがさけんだ。今まさに、狐の嫁入り行列が、門を出て行こうとしていた。

以前、幻狐族の間に伝わる儀式があると聞いたことがある。

今、目にしているのが、幻狐族の儀式だとしたら、

巫女の霊体は、あの中にいるというわけか?

「まずいことになったな」

 いつのまにか、浄が隣にいた。

「主と巫女はどうした? 

あんたが、ここにいるということは放置してきたのかい? 」

 おいらが訊ねた。

「ある者にあとを託した。それより、まずいことになった。

あのまま、放っておいたら、霊体を取り戻せなくなるかもしれない」

 浄が神妙な面持ちで言った。

「おいらが絶対、霊体を取り戻す」

 おいらが言った。

「頼んだぞ。私は、今から向かうところがある。

おそらく、あいつらは、アジトに向かうはずだ」

 浄が言った。

「幻狐のアジトなら、どこにあるか知っている。まかせとけ」

「さようか。急ぐんだ! 」

 おいらは、幻狐族のアジトへ向かった。


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