第9話 姉妹

文字数 6,228文字

 高武大王の妻であるイヌ王妃には、

同じ母から産まれた妹がいると説明したと思う。

女王ご臨終の折、2人は、密かに、弓月宮へ呼ばれて女王を看取った。

女王にとって、2人は異母姉妹であり近い身内でもあった。

王妃の妹、ロウ夫人の夫は、直系の王子だったが、

女王の腹心が起こした謀反に巻き込まれて亡くなった。

女王と2人の仲は良かったのか?

ロウ夫人は、あろうことか女王の暗殺を計画した。

一方、イヌ夫人は、夫が、女王から譲位されたことにより王妃となった。

この差を考えれば、2人と女王との関係性がわかる。

イヌ王妃は、長女ということもあって、

幼少時代から、親の手のかからない聞きわけの良い娘だった。

ロウ夫人は、良家の子女を絵に描いたような姉と女王となった

異母妹の間にはさまれて育ったため、重圧と矛盾の中で複雑な思春期を過ごした。

おいらの想像は上記の通りだ。

ロウ夫人は、王妃の妹ということもあって、暗殺未遂を起こしておきながら

死罪こそ免れたが、都に住むことを禁じられた。

大王は、即位するとすぐ、過去の政変の記憶を払拭するため

犠牲者たちの救済を開始した。

それを知って、ロウ夫人は何度も、王妃に手紙を送りつけて王族の称号を

復活させてほしいと、大王へ進言してほしいと頼んだが、

王妃からの返事はなしのつぶて。無視される状態が続いたらしい。

「姉がダメなら、姪ときましたか」

 主が、サカ王女宛てに届いた贈物を前につぶやいた。

「なぜ、王妃は、無視していなさるんだい? 

大王が、なさっていることに不満があるのかね」

 おいらは首を傾げた。実の姉妹なのだから、

情けをかけても良いのではないかと思った。

「ふつうなら、とっくの昔に、死罪に処されたはずのところを

都追放だけで済んだのだから、それだけでも、

感謝すべきところなのに、復権を願うとは、ずうずうしいにも程があると思うわ」

 主が忌々し気に言った。

「ロウ夫人のご気性を考えると、何をしでかすかわかりやしないぜ」

 おいらがそう言うと、主は、「まさか、そこまでは」と言い苦笑いした。

ところが、おいらのよみは的中した。

あろうことか、王妃に謀反の疑いがかかったのだ。

大王は非情にも、長年連れ添った王妃を廃位とした。

その早すぎる展開に、大王の即位に反対した人たちの陰謀説が浮上した。

王妃の廃位は、後宮の力関係に変化を与えた。

ここにきて、山毘王子の生母の名が、次の王妃に浮上したからだ。

一方、王妃付の女官たちは、わずかなお供をのぞき他の部署へ異動となった。

王妃の子女に仕える女官たちは、

今度は、自分たちかもしれないと戦々恐々している。

主はというと、おろおろするかと思ったが違った。

「なるようになるさ」と言いながら、いつもと変わらぬ生活を送っている。

サカ王女を安心させるためでもあった。

王妃の廃位に一番傷ついたのは、こどもたちだ。

サカ王女は、幼い弟を守るため気丈にふるまってはいるものの、

内心は不安いっぱいのご様子で、夜に突然、泣き出したり、

おいらと手をつながないと眠れないと言い出した。

「ウー。ちょっとの辛抱よ。これもみんな、王女様のため。

王女様に仕える私のためでもあるんだから」

 困惑するおいらに、主が言い聞かせるように言った。

タド王子の処遇について、王妃が廃位となったのに、

そのお子であるタド王子をこのまま、

王子としておくのはいかがなものかという重臣たちの意見が通り、

タド王子もまた、王子の座から外されて庶人に落とされることになった。

たとえ、母親に罪があろうと、子には、何の関係もないはずだ。

おいらは、この処分に怒りがわいた。血も涙もないってのかよ!

「タドがかわいそう。今ごろ、どうしているかしら? 」

 王女は、弟のタド王子ことが心配で泣いてばかりだ。

 そんなおり、後宮司の上級女官がやって来て、

風の神のお告げの結果を報せて来た。

「風の神のお告げにより、王女様が、姫巫女に選ばれました! 」

 能面のような顔で、そう言われても‥‥ 。

おいらは思わず、王女の方を見た。

涙をこらえているのか、唇が青ざめている。何とも、いじらしい。

「王女様。おめでとうございます! 」

 上級女官を部屋の外まで見送って戻った主は、祝事を述べた。

「何がめでたいのじゃ? 」

 王女が低い声で、主に訊ねた。

「作法ですので、申し訳ございません」

 主が深々と頭を下げた。

 上級女官から、姫巫女に選ばれることは、

王女にとって名誉なことだと教わった主は、

報せを受けた時の作法を行ったに過ぎなかった。

「そうだよ。王女のお心を考えたら喜べるもんか」

 おいらが言った。

たとえ、作法であっても、王女のお心を考えたら、素直には喜べない。

「きよ。お願い。王妃様とタド王子を助けて」

 王女が、主に言った。

「助けて差し上げたい気持ちは山々ですが、大王様が、お決めになったことを

いっかいの女官ごときが覆すことは出来ません。何卒、ご勘弁くだされ」

 主が深々と頭を下げた。

「主。ちょっと、話がある」

 おいらは、主を部屋の外へ誘った。

「こんな時に何よ? お心が不安定になられている

王女様をおひとりにさせておけないから、用件は手短にしてよね」

 主が小声で言った。

「奇蓮が、王妃の部屋に鬼神の絵が飾られているのを見たそうだ。

王女には気の毒だけど、鬼神を崇めるお方ならば、呪い殺そうとしてもおかしくねえ」

 おいらが言った。

「もしかして、あの絵のことを言っているの? あれは病封じの絵よ。

鬼神は、病を退治するという言い伝えがあって、鬼神の絵を部屋に飾っていれば、

病にならないといわれているの。私が、王女様に頼まれて飾って差し上げたのよ。

もちろん、あの絵を調べに来た役人には、病封じの札だと説明したわ」

 主が苦笑いすると言った。

「王妃は病なのかい? 」

 おいらが訊ねた。

「うん。タド王子をお産みになった後、心身の具合が良くないらしい。

都の近くで、疫病が流行っていると聞いた王女様がたいそう、心配なされていたから、

私が、疫病にかからない方法を調べて、鬼神の絵を探し出したというわけ」

 主が答えた。

「そうだったのか。奇蓮は、巫女だったから知っていたはず。

なのに、なぜ、知らぬふりをしたのだろう? 」
 
 おいらが首を傾げた。

「王妃の廃位の黒幕は、奇蓮ってこと? でも、どうやって? 」

「実は、奇蓮は、大王のご寵愛を受ける側室のからだを乗っ取ったらしい。

後宮狐を操った黒幕を暴き出すためだと思っていたが、

こんなことに利用したのか‥‥ 」

 おいらは憤慨した。

鬼神と王妃は、無関係なはずなのに、なぜ、王妃まで巻き込むんだ?

「それって、夕霧様のことでしょ? 

タド王子を産んだ噂のある側室というのが彼女なのよ。

王妃様の生母と同族のよしみで、

王妃様に仕えるようになったのだけど、大王様の好みのタイプだったみたい。

結婚されてから、跡継ぎを産めずに悩む王妃様をよそに、

大王様は、夕霧様をご寵愛したものだから、

お付の女官たちが気を利かせて、夕霧様を大王様付にさせたらしいわ」

 主が眉をひそめると言った。

「これまた、後宮の忖度というわけか」

 おいらは思わずため息をこぼした。

「それにしても、大王様のご寵愛を受けている

夕霧様のからだを乗っ取るとは、大胆不敵なことをするわね」

 主が言った。

 言われてみれば、何もかも都合良すぎる。

もしかしたら、奇蓮は、夕霧の寿命を知っていたのかもしれない。

セカンドボディがあったからこそ、己の亡骸に執着しなかったんだ。

「たとえ、誰であろうと、王妃を陥れた以上は、許すわけにはいかないぜ」

 おいらが息巻いた。

「明日にでも、奇蓮をとっちめに行こう! 」

 主が息巻いた。

 その日の夕方。おいらは、主が、王女と共にお風呂に入っている間、

手持ちぶたさで後宮をパトロールすることにした。玉殿の前を通りかかった時だ。

 どこからともなく、犬張り子が歩いて来た。

それも、群れをなしている。やつらは、おいらを気にも留める様子もなく、

玉殿の前に集まるとひと固まりとなった。

「おい。そこで、何をしているんだい? 」

 おいらは、その固まりの前に立つと訊ねた。

すると、その固まりが、おいらの周りをコロコロと転がり、ドアの前で止まった。

その固まりをよけると、一か八か、ドアをすり抜けようと試みたが、

やはり、みえない壁に押し返されて、中に入ることは出来なかった。

何者かが、結界を張り巡らしていることは間違えない!

王女の部屋へ戻ると、中から、主の悲鳴が聞こえた。

あわてて、中へ駆けつけると、王女の寝台の上に置かれた寝具が、

不自然な形にふくらんでいるのが見えた。

「大王様、なぜ、こんな所にいらっしゃいますか? 」

 主が意を決したように、布団をめくると悲鳴を上げた。

「驚かせて悪かった。王女の姿がなかったもので、待つ間に眠ってしまったらしい」

 大王が、布団の中から這い出ると決まり悪そうに言った。

「お待ちになられていたのはわかりましたが、なぜ、布団の中に? 」

 主が、大王に訊ねた。

(待つなら、隣の部屋にいる女官を呼ぶ方が早いのではないか? 

眠ってしまったのは仕方がないとして、椅子の上ではなく、

布団にくるまってというのは‥‥ 。一国の大王としてはどうなんだい?? )

「ところで、サカ王女はどうした? 」

 今度は、大王が、主に訊ねた。

「大王様! 」

 ちょうど、その時、王女が部屋に入って来た。

「無事であったか? ならば良いのじゃ」

 大王はそう言うと、王女の部屋をあとにした。

「何かあったのかしら。うーん、もう、気になって眠れないじゃない」

 主は何を思ったか、大王を追いかけた。

「何か用か? 見送りは無用じゃ」

 大王が、主に気づいて足を止めた。

「あの。よろしければ、何があったのか、お教え願いますか? 」

 主が息をはずませながら言った。

「ここだけの話じゃが‥ 」

 大王は、主を手招きするとひそひそ話をした。

「え? それは大変ではないですか? 」

 主が飛び上がった。おろおろしだしたところからして、

一大事が発生したみたいだ。

「くれぐれも内密に。

このようなことが、もし、外へもれたら、わしは生きていけぬ」

 大王が、主に口止めした。

「音羽様をお呼びして相談します」

 主があわてて、走って行った。大王は、王女の部屋で待つことにしたらしい。

しばらくして、大王付上級女官の音羽が、

大王を迎えに来たことから、大王は部屋へ戻った。

「主。いったい、何の騒ぎだい? 」

 おいらは、主に訊ねた。

「お部屋の天井に、王妃様の生霊がお出になり、側室を襲ったそうな。

それで、急遽、生霊を鎮める儀式を行ったというわけ」

 主がおいらに耳打ちした。

「王妃様の生霊だって? そんなバカな! 」

 おいらは驚きのあまり、後ずさりした。

 (奇蓮の想像が、現実味を帯びて来た気がするぜ)

「当の本人は、お部屋でお眠りになっていたそうよ。

もし、お部屋をお出になったら、

隣の部屋に控えているお付の女官が気づいたはずだけど、

昨夜は、誰も出て来なかったそうよ」

 主が神妙な面持ちで言った。

「あのさ。ちょっと、気になるモノを見かけたんだけど‥‥ 。

玉殿の前に、奇妙な動きをした犬張り子の大群がいたんだ。

一瞬、幻獣かと思って話しかけたけど、ただ、おいらの周りをまわっただけだった」

 おいらがそう言うと、主が笑った。

「それって、玩具じゃない? 誰かが、いたずらして放ったのを、

偶然、ウー、あんたが目撃しただけじゃないの? 」

「玩具だって? それにしては、動きがあやしかった。

玉殿の中に何かあるのかと思って入ろうとしたが、

結界が張り巡らされていて入れなかった」

 おいらは、玉殿に張り巡らされた結界のこともあり、

その前をウロウロしていた犬張り子が、ただのはりぼての玩具だとは思えなかった。

「現在、玉殿は、改装工事中だから関係者以外は立ち入り禁止よ」

 主が言った。

「そうなのかい? 」

「念のため、確認しに行こうか」

 おいらたちは、事の真相を確かめるため玉殿へ向かった。

犬張り子と遭遇しててから、だいぶ、時間が経っている。

もしかしたら、いなくなっているかもしれないと思ったが、

犬張り子の大群は、玉殿の前にいた。

「まだ、いやがったぜ」

 おいらは思わず、舌打ちした。

「え、何? 」

 主が訊ねた。

「さっきから、犬張り子が、あんたの足元を

ウロウロしているのが目に入らないのかい? 」

 おいらは、主の注意を主の周りをウロウロしている

犬張り子に向けさせようとした。

「え、これが、どうかしたの? 」

 主がそっけなく言った。主の目には、はりぼての玩具にしか映っていないらしい。

「あれ、開いた」

 主が何を思ったか、扉のドアノブに手を触れた。すると、ドアが開いた。

工事中とはいえ、開けっ放しにしておくとは、不用心にもほどがある。

「そこにおるのは誰だ? 」

 部屋の隅から、か細い声が聞こえた。声が聞こえた方へ近づくと、

後宮狐が、うずくまっていた。

「なぜ、あんたがここにいるんだい? 消滅したはずだろ? 」

 おいらは思わず、目を疑った。消滅したはずの後宮狐が目の前にいたからだ。

「いったい、なんの話だ? 私はずっとここにいた」

 後宮狐が平然と答えた。怯えた目をしている。

よほど、怖い目に遭ったにちがいない。

「なぜ、隠れているんだい? 

もしかして、部屋の外にいる犬張り子と何か関係があるのかい? 」

 おいらは慎重に訊ねた。

「今、犬張り子と言ったか? あれは、ロウ夫人の置き土産だ。

そんなことより、鬼神を見なかったかい? 巫女の次は、私をねらってくるはずだ」

 後宮狐が答えた。

「巫女ならば、女官の姿を借りて後宮にいるぜ」

 おいらがそう言うと、後宮狐が後ずさりした。

「ウソをつくな! 巫女の魂は天にあるはず。

それに、いっかいの巫女が、女官の姿に変身出来るはずがない」

 後宮狐が声を荒げた。

「おいらが追いかけた霊体は、巫女ではなかったというのかい? 

それならば、あの霊体の正体はなんなんだい? 」

 おいらは頭が混乱した。

「逃げた霊体は、おそらく、鬼神の配下にいるあやかしか何かだ」

 後宮狐が目を細めた。

「鬼神と幻狐との間に、何かありそうだな」

 おいらが考え込んだ。

「先代から聞いた話によると、はるか昔、鬼神化した幻狐族がおったそうな。

鬼神化したのは、仕えていた主の御霊を守るためだとされているが、

天狐はお許しにはならなかった。彼らを追放して、輿国のかの地に封印したという。

それ以来、鬼神化する幻狐はいなくなったらしい」

 後宮狐が昔話を語った。

「天狐が封印したのなら、なおのこと、見破れなければおかしいではないか? 

天狐たちは、霊体を奇蓮という巫女だと認識していたぜ」

 おいらが反論した。

「さっきから、誰と話しているの? 」

 主が、おいらの頬をつねった。

「そこにいるだろ? 女官装束姿の幻狐だよ。見えないかい? 」

 おいらがそう言って、主にうながした時だった。

突然、後宮狐がパッと姿を消した。

「何もいないじゃない? さっきから、なんなのよ」

 主がいらだちを露わにした。

「主には、幻兎以外の他の幻獣は見えないということか‥‥ 」

 おいらがつぶやいた。

これでは、主に説明することが出来ない。

目に見えない存在をどうやって、信じさせればいいんだい?

「変わったところはないようだし、もう、帰ろう」

 主が、出口へ歩いて行った。おいらは、後ろ髪ひかれる思いで玉殿を出た。


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