第46話 檀宗危うし!

文字数 5,599文字

 茂みの中から黒い影が現れた。何か、口にくわえているみたいだ。

おいらはその場から飛び上がると、空の上から、その正体を見極めることにした。

「げっ!? イタチじゃないか? それも、口に何かくわえている! 」

 おいらがさけんだ。

「やっぱり、違う道を行きましょう」

 主がさけんだ。

「ウーさん。降りて来てください」

 宇志がそう言ったその時だった。朝日に照らされて

あらわになったイタチが口にくわえていた獲物の正体が、

浄と共に行方不明になった檀宗だった! 

おいらは驚きのあまり、バランスをくずしそうになった。

よろよろと地面に着地すると、主が、おいらの顔を見るなり

何かを悟ったみたいに後ずさりした。

「いったい、何を見たの? 」

 主が、おいらに訊ねた。

「イタチの餌食になったのは檀宗だ。なぜ、檀宗が?? 」

 おいらが答えた。

「ネズミは、イタチの好物ですから」

 宇志が冷静に告げた。

「檀宗を助けなくちゃ」

 主が言った。

「ウーさん。今回は、あきらめてくださるようお伝えください」

 宇志が、おいらに頼んで来た。

(青海侯爵を殺めた犯人を捜索するため、

檀宗を見殺しに出来るわけないだろう? )

「そんなこと、伝えられるわけがないだろう? 」

 おいらが思わず、声を荒げると、主が、おいらに詰め寄った。

「何をもめているの? 話して」

「将軍を見つけることが先だと言っている。

檀宗を見殺しに出来るわけがないだろう」

 おいらがぶっきらぼうに言った。

「ウー。行くわよ」

 主は、足元にあった小枝を拾うと告げた。

「宇志。今は、檀宗を救うことが先だ! 」

 おいらがそう言うと、宇志が「わかりました」と告げた。

 おいらたちは、イタチの足跡を手掛かりにしてイタチを追跡した。

イタチは、そう遠くは行っていないはずだ。

この辺のどこかに、まだ、いるはずだ。

予想した通り、イタチは、隠れるのにちょうど良い木陰で、

今まさに獲物にありつこうとしていた。

「こらっ! 」

 主が小枝を手に、イタチの背後から

そーっと近づくと、小枝を頭上に振りあげた。

「檀宗から離れろ! さもなければ、あんたの命はないからな」

 おいらは、主の反対側にまわるとイタチに立ち向かった。

 おいらたちに前後から挟み撃ちにされたイタチは、不意打ちに驚いたらしく、

檀宗のからだを口からぺっと吐き出した。檀宗はぐったりとしていた。

「檀宗! 」

 主が、檀宗に駆け寄ると、大事そうに、檀宗を胸に抱きしめた。

「獲物を返せ。オレのもんだ! 」

 イタチが、主に向かって牙をむいた。

「そうはさせるかよ」

 おいらは、イタチに飛びかかるとドロップキックをくらわせた。

イタチはその拍子に、地面に転がった。

「すごい! 」

 宇志が歓声を上げた。

「ーったく、なんなんだ」

 イタチが、起き上がるとつぶやいた。

「檀宗をどこで捕らえたんだい? 」

 おいらが、イタチに訊ねた。

「さあ、どこだったかねえ」

 イタチがしらばっくれた。

「あんた、もしかして、もうろくしているのかい? 

さっき、獲物を捕らえた所を忘れるとは、頭大丈夫かい? 」

 おいらが、イタチを挑発した。

「もうろうくなどしてねえ。そいつは、褒美にもらったのさ」

 イタチが舌打ちして言った。

「何した褒美だい? 」

 おいらが、イタチに訊ねた。

「言いたかねえな」

 イタチがそう言うと踵を返した。

「ウー。檀宗を助けられたのだから、後追いすることはないんじゃない? 

それより、急ぎましょう」

 主が、イタチを追いかけようとするおいらを引き留めた。

「ウーさん。あいつのことは放っておきましょう」

 宇志が訴えた。

「檀宗を褒美にやったのが、誰なのかが気になる。檀宗と一緒に、

浄もいなくなったんだ。もしかしたら、あいつを問い詰めれば、

浄の居所がわかるかもしれねえ」

 おいらはそう言うと、イタチに体当たりして羽交い絞めにした。

「檀宗を褒美に、あんたにやったのは誰なんだい? 一緒にいた人間はどうした? 

白状しねぇとタダではおかねぇぞ」

「離せ、この。褒美にくれたのは、熊よりデカいイタチだ。

一緒にいた人間など知らねえ。本当だ」

 イタチがさけんだ。

「熊よりデカいイタチだって? 」

「あいつはふつうじゃねえ。あんな、図体のデカいやつに、

今まで、お目にかかったことはねえ。

あいつに逆らったりしたら、どんな目に遭わされることか? 

言いたくはなかったが、チビネズミは、口止め料でもらったんだよ」

「どこで、何をしていたのを見た? 」

「あいつは、どうやったか知らねぇけど、鷹城の近くで竜巻を起こしていた。

近くにあった建物や木々が一気に、根こそぎぶっ飛んだもんだから、

驚いて思わず、さけび声を上げちまったんだ。そうしたら、あいつに気づかれて

危うく食われそうになった。一瞬、死ぬかと思ったが、必死に、平謝りしたら、

口止めとしてチビネズミを差し出して来やがった。あいつに会っても、

オレのことは絶対、言わないでくんないか? 頼むよ、旦那」

 突然、イタチが、その場に土下座すると願い出た。

「あんたのことは言わねえ。さっさと、消え失せろ」

 おいらがそう言い放つと、イタチが逃げるようにその場からいなくなった。

「それで、何かわかったの? 」

 戻って来たおいらに、主が訊ねた。

「熊よりデカいイタチが、鷹城の近くで竜巻を巻き起こしているのを見たそうな。

それで、口止め料として檀宗を受け取ったらしい」

 おいらが、イタチから聞いたことを話した。

「竜巻ってどういうこと? イタチに、そんな力があるとは初めて知ったわ」

 主が訝し気な表情で言った。

「おいらだって、竜巻を起こすイタチなど知らねぇさ。

どうせ、口から出まかせを言っているにちがいないぜ」

 おいらが腕を組むと言った。

「なるほど。檀宗兄貴は、その熊より、

デカいイタチに捕らえられたというわけですね」

 宇志が告げた。

「あんた、熊よりデカいイタチがいたと聞いて、おそろしくないのかい? 」

 おいらが、宇志に訊ねた。

「ウーさんがいますから心配ありません。

おそらく、檀宗兄貴が事情を何か知っているはずです。

今は、将軍を捜しつつ、檀宗兄貴の復帰を待つしかありません」

 宇志が冷静に答えた。

「あんた、けっこう、しっかりしているな。檀宗は、目を覚ますだろうか? 」

 おいらが言った。

「気つけ薬を飲ませたから大丈夫よ」

 主が穏やかに告げた。

 しばらくして、檀宗が息を吹き返した。目を覚ますなり、

おいらたちに気づいて泣き出した。よっぽど、こわい思いをしたらしい。

「檀宗兄貴。ご無事で良かった」

 宇志が言った。

「いたんですか? お恥ずかしいところをみせてしまったね」

 檀宗が、宇志に泣き顔を見られて決り悪そうに言った。

「将軍が、鷹城主を殺めて逃亡しました。今、将軍を捜索しているところです」

 宇志が、檀宗に告げた。

「きよ。君には、申し訳ないことをしました。

何者かが、浄を連れ去るのを止められなかったどころか、

熊よりデカいイタチに捕らわれてしまいました」

 檀宗が、主に頭を下げると言った。

「なぜ、主に謝るんだい? 」

 おいらが、檀宗に訊ねた。

「浄は、きよの大切な方なのでしょう? 」

 檀宗が真顔で答えた。

「浄さんのことは心配だけど、今は、檀宗の無事がうれしい」

 主が言った。

「浄を連れ去った者に見覚えはあるのかい? 」

 おいらが、檀宗に訊ねた。

「それが、阿字王の背格好に似ていた気がします。まさかと思ったんですが、

白兎神社で、ウーが見かけたと言っていましたし‥‥ 」

 檀宗が覚え語った。

「なぜ、阿字王が? 」

 おいらが首を傾げた。

「あ、ここです。熊よりデカいイタチが、

僕に襲いかかって来た所に間違えありません」

 檀宗がさけんだ。

「こんなところで、いったい、あんたと浄は、何をしていたんだい? 」

「詳しい話は聞かされていませんが、密命みたいです」

「密命を受けて、ここで何かをしていたということかい? 」

「そうなりますかねえ」

 檀宗がそう言った後、少しの間、沈黙が続いた。

「とにかく、将軍を捜しましょう」

 主が沈黙をやぶった。

 将軍が逃げ込んだと思われるあばら家は、丘の向こうにあった。

戦で焼かれた後らしく、あちこちで黒煙が上がっていた。

主が、崩壊した家の前で呆然と佇んでいる

老人を捉まえると、あばら家のことを訊ねた。

「つかぬことをおうかがいしますが、あちらに見えるお宅は、

どなたが、お住まいなんでしょうか? 」

「あそこは頭の家だ。だけど、頭は今、いないよ」

「知人が、あの家に向かうところを見かけたのですが、

頭は、鷹城にいるお方とお付き合いがあるのですか? 」

「あんたどこの者だい? なぜ、頭のことをあれこれと聞いてくるんだい? 」

 老人が、主を疑るような眼つきで言った。

「すみません。私は、月沙羅城塞から遣わされた使者です。

城主の知人を捜しています」

 主がとっさに、ウソをついた。

「そうかい。城主のことはよく知っている。昔、ここに住んでいた一家の倅だ。

両親が戦で死んじまった後、国衙の下働きとして懸命に働いて、

その努力が認められて城主を任されたと風の噂で聞いておる。

さっき、将軍を見かけた。

あの人は、何度も、頭を訪ねて来ているよ」

 老人が、主が月沙羅城塞の使者と聞いて急に饒舌になった。

「本誓将軍と頭は、お知り合いなんですか? 」

 主が、老人に訊ねた。

「頭は、顔が広いから、鷹城の者たちに何かといっては、

アテにされているわけじゃ。戦がある度に、事前に報せがあるおかげで、

この集落の者たちは逃げのびているんじゃ」

 老人が答えた。

「強い絆で結ばれているというわけですね。

いろいろと教えてくださりありがとうございました」

 主は、老人に礼を告げるとあばら家に向かって歩き出した。

「襲う村に、前もって告知するとは、将軍としていかがなものかねえ」

 おいらが毒づいた。

 敵に襲うと報せたら逃げられるだろう? いつも、そんな調子だったら、

そのうち、誰かが勘づくのではないか? 

集落の人間に、頭の元へ通う姿をばっちり、見られているではないか? 

誰かに見つかり、征討軍に密告されるのも時間の問題だぜ。

「もし、襲うよう命じられた村に知人がいたら、良心を持っている人であれば、

前もって報せて避難させるのではないの? 」

 主が何気なく言った。

「征討軍に密告されたりでもしたら、

知人たちの命を救うどころか己の身が危なくなります。

それでも、守りたい間柄ということですか? 」

 檀宗が、主に言った。

「頭は、おなごではないのかい? 」

 おいらがあてずっぽうで言った。

 おいらがあてずっぽうで言ったことは正解だった。

あばら家の中を外からのぞくと、髪の長い娘が、

将軍と向き合って座っているのが見えた。

「やっぱり、かばう相手はおなごだったか」

 おいらがつぶやいた。

「窮地に陥って逃げ込んだのも、おなごの元だというわけですね」

 檀宗が、おいらの横でつぶやいた。

「まずい」

 おいらは、将軍がこちらを見たので、思わず、頭を下げた。

「何をあせっているの? むこうには、姿は見えないって」

 おいらたちにのぞかせるために、馬になっていた主が言った。

「そっか。そうだよな」

 おいらが言った。

「そうでもないみたいですよ。なぜか、こちらに向かって来ています」

 檀宗があせった様子で言った。

 次の瞬間、ドアが勢い良く開いて、将軍が、つかつかと歩み寄って来た。

「そこで、何をしているのですか? 」

 将軍が、主に近づくと訊ねた。

「気分が悪くなって休んでいました」

 主がウソをついた。

「こんなところで? 」

「はい。将軍こそ、こちらに何の御用ですか? 

今、鷹城で謀反が起こり大変な時に、ここにおられて平気なんですか? 」

 主が、将軍に逆襲した。

「君は、もしかして、私を追ってここまで来たのか? 

あの時、ぶつかったのは、そなたであろう? 」

 将軍が、主に言い迫った。

「将軍が出た後、中に入ったら、

青海侯爵が、血を流してお倒れにになっていました。

将軍が、青海侯爵のお命を奪い、

時間稼ぎのために蔵に火を放ったのではございませんか? 」

 主が単刀直入に、訊ねた。

「全くの誤解である。私もまた、君と同じく、

青海侯爵が血を流して倒れているところを見て、

まだ、近くに、犯人がいるかもしれないと考えて捜しに出たのだ。

犯人は取り逃したものの、頭から情報を得て、今から向かうところだ」

 将軍が咳払いすると答えた。

「さようでございましたか。大変失礼しました。お許しくだされ」

 主が深々と頭を下げた。

「どうかしたのか? おい、檀宗。大丈夫かい? 」

 おいらは、檀宗の異変に気づいて声を上げた。

 檀宗が、苦しそうにその場にうずくまってしまった。

「すみません。耳が、キーンと痛くて立っていられません」

 檀宗が小声で告げた。

「耳が痛いのかい? 」

 おいらは、檀宗の顔をのぞき込むと訊ねた。

「あの時と同じです。熊よりデカいイタチが現れた時も、同じ耳鳴りがしました」

 檀宗がそう言った後、きもち悪そうに吐き気をもよおした。

「ウーさんは、聞こえないのですか? 」

 宇志が、檀宗につられて耳を押さえると言った。

「何も聞こえないぜ。ん? 」

 おいらが何気なく空を見上げた時、急に、黒い雨雲が押し寄せて来て、

山の方から雷鳴が聞こえた。

「逃げろ! 竜巻がやって来る! 」

 将軍がさけんだ。

 将軍がさけんだ直後、周囲に強風が巻き起こった。

そして、おいらたちは、

突如として襲いかかって来た風の渦に巻き込まれて天高く舞い上がった。

 何とか、目を開けて下界を見下ろすと、あばら家が、跡形もなくなっていた。

すぐ隣にいる主は気絶したらしく、目を閉じたまま風に身を任せている。

 一方、檀宗や宇志は、渦の中でボールみたいに回転しながら舞い上がっていた。

「ウー! 」

 誰かに呼ばれた気がした。次の瞬間、おいらの意識は遠のいた。


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