第41話 隠された女王の過去~浄をねらう鬼神現る!

文字数 3,507文字

 気がつくと、おいらと主は、日迎えの儀式が終わり、

他の観客たちが帰った後の閑散とした神社の舞殿の前にいた。

徒歩で宮殿へ戻ると、護王猪麿が待ちかまえていた。

「神馬卿の件は、心配せずとも良い。すでに、真犯人を捕らえた」

 護王が神妙な面持ちで告げた。

「真犯人? 浄さん以外、他に、誰がいると言うのですか? 」

 主が、護王に詰め寄った。

(それにしたって、展開が早過ぎないか? 浄が神馬卿を殺めたのは、

つい、さっきのことだぜ。それに、瞬間移動する前、火武大王は姿を消していた。

もしかして、浄が、自首したのか? 

いや、待てよ。自首したのならば真犯人を捕えたから、心配するなというのはおかしい)

「おかげで、政敵を排除出来た。言っておくが、大王様もご承知の上だ」

 護王がフッと笑った。

「とうとう、汚れ仕事まで引き受けるようになったか。

そんなに、出世がしたいのかい? 」

 おいらが、護王に言った。

「どうにでも言うが良い。私には、おまえの嫌味など、痛くもかゆくもない」

 護王が、明後日の方角を見ると言った。

「それで、浄さんは、どうなるんですか? 」

 主が、護王に訊ねた。

「しばらくの間、都を離れた方が良いということになって、

急遽、月沙羅城塞への赴任が決まった」

 護王が答えた。

「なぜ、あんたが、浄をかばうんだい? 政敵を排除するだけが、

目的だとは、どうしても思えない。何か、他に理由があるのではないかい? 」

 おいらが言った。

「私が、あいつをかばう? まさか、天地が、ひっくり返ろうとそれはない」

 護王が苦笑いして言った。

「これで良かったとは思わない。あんたはどう思う? 」

 おいらが、主に訊ねた。

「わからない。今はまだ、混乱している」

 主が答えた。
 
「あいつに会ったら、月沙羅城塞へ向かうよう伝えてほしい。

事件の後、あいつを捜したが見つからない。

おそらく、捕まることを恐れて逃走しているのかもしれぬ」

 護王が告げた。

「わかったよ」

 放心状態の主に代わって、おいらが返事した。

「きよ殿。あいつの出身は穂の国ではないし、

今の今まで、伝説の少年と呼ばれたことはない。

呪禁師になる前は、どこかの山奥で、

医者の真似事をしながら暮らしていたらしい。

あいつのことをかの王子の御落胤ではないかという噂を聞いた女王の侍中が、

あいつを主治医にしたという噂もある。

あいつには、深入りせぬ方が身のためだ。そのうち、痛い目に遭うぞ」

 護王が、主に忠告した。

「そんな話、信じたくありません」

 主が低い声で告げた。

 おいらだって、護王が言う浄の正体が真実だと信じられない。

もし、真実だったら、今まで、主は、偶像を慕っていたことになるではないか!?

「神馬卿を暗殺した理由はひとつ。女王の死の原因が、神馬卿にあるからだ! 」

 護王がズバリ言った。

「まさか、神馬卿が、女王を殺めたとでも言い出すつもりではあるまいな? 」

 おいらが、護王に言い迫った。

「女官の証言によると、当時、神馬卿と女王様が、恋仲だという噂があったそうだ。

崩御なさる前、弓月宮に、百合しか入れなかったのは、

密かに懐妊したためだという。浄は、どこかでそれを知り、

ずっと、神馬卿を暗殺する機会をねらっていたにちがいない」

 護王が神妙な面持ちで語った。

「そんな、まさか!? 」

 一瞬、主の表情が凍りついたのが見て取れた。

「最初から、暗殺するチャンスをねらっていたのかもしれぬ」

 護王が、ショックで固まる主に対してさらなる追い打ちをかけた。

「初めて、おいらが、鬼神の姿を目にしたのは後宮で事件が起きた日だ。

あの時、へその緒を持って逃げた小鬼が、

女王が死産したお子というわけはないよな? 」

 おいらが、護王に訊ねた。

夕霧のからだに憑依していた小鬼が、へその緒を持ち去ったことが、

ずっと、気になっていた。思い返せば、九鬼が、

地上に召喚されるという満月兎の預言があったのもこの事件の後だ。

もしかしたら、へその緒は死産したお子を鬼神として、

甦らせる儀式に必要だったのかもしれない! 

もし、おいらのよみがあたったとしたら、

鬼神となった女王の死産したお子が、どこかにいるということになる。

「するどい読みだ。さすがに、そこまで、気づかなかった」

 護王が目を見開いた。

「こうしてはいられません。優しい浄さんのことですから、

罪の意識に悩んで自決するかもしれません」

 主が思い詰めた顔で立ち上がった。

「おい、今から、浄を捜しに行くのかい? 

どこに行ったのかわからないのにどうするんだい? 」

 おいらがあわてて、主を引き止めた。

「故郷へ行ったかもしれぬ。故郷はたしか、川の国だ」

 護王が告げた。

おいらが、主を追いかけて部屋を飛び出した時だった。

危うく、誰かと、ぶつかりそうになった。

顔を上げると、サカ王女が、神妙な面持ちで立ち尽くしていた。

「きよ。早く、川の国へお行きなさい。特別に許す」

 王女が告げた。

「ありがとうございます」

 主が、深々と頭を下げると通り過ぎようとした。

「きよ。後悔だけはしてはならぬ」

 王女が、主に告げた。

「はい」

 主は、着の身着のまま王宮をあとにした。

「おい、待てよ」

 おいらはあわてて、主の後を追いかけた。

 牛車を全速力で走らせて、その日のうちに、川の国へ到着した。

牛車から降り立つと、パラパラと雨が降って来た。

近くの川は、前日に降った豪雨の影響を受けて、

水かさが増して水面が波打っていた。

浄の家族が住む屋敷は、川辺の高台にあった。

近所の人たちの間では、浄は、女王の主治医を務めた人ということで有名になっていた。

小作人を雇い、近くの畑で作った野菜を市場で売って生計を立てているという。

一時は、兄の名声を後ろ盾に、

貴族の位を得て都で贅沢な生活を送っていた弟たちは、

兄の没落と共に、平民に戻り、今では慎ましい生活を送っている。

意外にも、彼らの評判は悪くなかった。

彼らは、昔の栄光にすがることなく身の丈に合った暮らしをしていることから、

自然と、地域に溶け込んでいるみたいだ。

「兄様は、散歩に出ています」

 弟一家が暮らす屋敷を訪ねると、浄は、外出していると伝えられた。

弟の話によると、浄は、突然、前触れもなく来たかと思うと、

近状報告もせず屋敷を飛び出したという。

主が、心配した通りにならないことを心の中で祈りながら、

おいらたちは、浄の行方を捜した。

浄は、村一帯が見渡せる丘の上にいた。

おいらたちがそっと、近づくと、ゆっくりと立ち上がった。

「無事で良かった」

 主が言った。

「なぜ、ここへ? 」

 浄が訝し気な表情で、主に訊ねた。

「なぜって、突然、あんたがいなくなるから、思い詰めて何かするのではないかと

心配して捜しに来たに決まっているだろ」

 おいらが答えた。

「それは迷惑をかけた。この通り、無事でいる」

 浄が決り悪そうに言った。

「大丈夫ですよ。神馬卿を暗殺した犯人が捕まりました」

 主が言った。

「どこの誰が捕らえられたんだ? 暗殺者は、君の目の前にいるではないか? 」

 浄が後ずさりして言った。

「護王様が、大王様に反目していた一族の者を

身代わりにすることを進言なさったそうな。

浄さんにはしばらく、月沙羅城塞へ赴いていただくとのことです」
 
 主が緊張した面持ちで言った。

「ここへは死ぬつもりで参った。死ぬ前に1度、弟たちに会っておきたかった。

たとえ、君たちが止めても、私は自害いたす」

 浄がうつむき加減で告げた。

「死んで何になる? 」

 おいらが言った。

「女王の仇を打ったのは、私の都合であって、殺めた神馬卿も、

他の者たちには関係のないことだ。最後は、己の手で、責任を取るつもりだった」

 浄がそう言うと、川側へまわった。

「そっちは川だ。前日の豪雨のせいで、水かさが増していて危険だ」

 おいらが、浄の背中に向かってさけんだ。

「浄さん。早まらないでくだされ! 

どうか、生きて、罪を償う道を選んでくだされ」

 主が、浄を追いかけると後ろから抱きしめた。

「誰が何と言おうと、考えは変わることはない。放っておいてくんないか? 」

 浄が、主のからだを突き放すと言った。

「兄様。大変です! 」

 浄の義妹があわてた様子で、駆け寄って来た。

「どうかしたのかい? 」

 浄が、義妹に訊ねた。

「誰かが、川に落ちたのを見た人がいます。

早く、助け出さなければ溺れ死んでしまうかもしれません」

 義妹が訴えた。

「どこですか? 」

 主が、義妹に訊ねた。

「こっちです」

 義妹が、川に落ちた人間が、目撃された場所まで案内を買って出た。

「浄さん。何をしているんですか? 」

 主が、浄をせかした。

「浄。今は、人命救助が優先だぜ」

 おいらが、浄に言った。

 
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