第2話 都へGO! あこがれの後宮ライフ

文字数 2,442文字

 今年の穂の国からの女官見習いは、主ひとりだけだという。

鷹女王が、病の床についてからだいぶたつ。

女王は、生涯、独身なため、血の繋がった世継ぎがいないばかりか、

度重なる政変により、大変なご苦労をなされた。

「どうか、お達者で」

 主は、家族や近所の人たちに見送られて、

後宮から迎えに来た使者について、都に向けて旅立った。

この日、主は初めて、牛車に乗った。

しかも、王室のものだから、

そんじゃそこらにある牛車と違って、豪華な装飾がしてある。

主が、牛車に乗ろうとした時、牛車の周りに、黒山の人だかりができていた。

主は誇らし気に、牛車に乗り込むと見物人たちに向かって手を振ってみせた。

有名人気どりもいいところだぜ。

歓声と拍手の中、主を乗せた牛車が出発した。

一方、おいらは空の上から、主の乗った牛車を追いかける。

 遠ざかる里の山々。

 何だか、しんみりしてきたぜ。おっと、おい、あれは何だい?

 山の上が何か、ピカッと光った。いったい、何の合図だろう??

「ウー! お達者で!」

 何かと思いきや、仲間たちが、律儀にも見送りに来てくれたらしい。

光ったのは、仲間たちが、太陽に銅鏡を当てて放った光りだった。

「おーい!ありがとうよ!ぜったい、りっぱな幻兎になって戻って来るからよ! 」

 おいらは、仲間たちに見えるように大きく手を振った。

光りが数回点滅した。あいつらからの合図だ。 別れを惜しんでいる場合じゃない。

少し目を離した隙に、主を乗せた牛車が、はるか向こうへ遠ざかっていた。

お昼になり、牛車がピタリと、峠茶屋の前に止まった。

 やっと、休憩かい??

牛車から出た主が、大きく伸びをしている姿が見えた。

「都まであと、どのくらいなんですか? 」

 主が、串団子を手に使者に訊ねた。

「日暮れ前には着きますよ」

 使者が、手ぬぐいで額の汗をふきながら答えた。

「そう。まだ、そんなにあるの~」
 
 早くも、主が、音を上げた。

故郷をあとにしてから、3~4時間しかたっていないのに、もう、あきたのかよ。

「ちょっと、あんた。遊びで行くんじゃないからね。そこんとこよろしく」

 主が、おいらを見つけると小声で言った。

「はいはい、わかってますよ」
 
 おいらがそう言うと、主は、まるで、何事もなかったかのように3皿たいらげた。

「疲れた顔しているが、ガンバレそうかい? 」

 おいらは落ち着かぬ様子で、主の周りをウロウロしながら訊ねた。

「あたりきよ。こんぐらいのことで、へばっていたらもたないっしょ」

 主が独り言のようにつぶやくと、勢い良く長椅子から立ち上がった。

「そろそろ、出立しますよ」

 使者が大声で主を呼んだ

「あんたも乗りなよ。道中、退屈だからさ」
 
 主は牛車に乗る前に、おいらの腕をつかむと、無理矢理、隣に座らせた。

「くせーくせー。いったい、何食ったら、こんなくせー匂いが出せるんだい」

 次の瞬間、おいらは鼻をつまみながら、わめいた。

「四の五のうるさい!もしかして、これのせい? 」

 主があわてて、家を出る時、母親に持たされた袋をみせた。

 たしかに匂う。匂いの正体は、これに間違いない。

「おばば特製万病薬」とネーミングされた薬草だ!

娘を心配する母心はわからなくもないが、娘が臭いと評判になったらどうするんだい!

 初っ端から、変なあだ名をつけられたりでもしたらこの先の生活は闇だぜ!

「捨てるわけにはいかないし、どうしたものか‥‥ 」

 さすがに、主も、強烈な匂いを発するのは、まずいと思ったらしく考え込んだ。

「着く前に、さっさと捨てちゃえよ」

 おいらがけしかけると、主が顔を近づけた。

「そんなのめんどくさい。あんた、代わりに捨てて来てよ」

 主が言った。

「嫌だと言ったら? 」

「言えるもんか。ーっか、あんたは、私に仕えてるんでしょ? 」

「そうだけど、それとこれとは話が別だぜ」

「さっさと、捨てて来なさいよ」
 
 問答無用! 主は、おいらを牛車の外へ追い出した。

 ひどい扱いをするもんだ。10年以上のつきあいだっていうのに‥。

 おいらは素早く、身をひるがえした。これでも、運動神経抜群なのさ。

「くせー。マジで臭い」

 おいらは、「おばば特製万病薬」が入った袋を

道ばたに捨てようとして、ふと、思いとどまった。

(いつか、何かの使い道があるかもしれない。

捨てるには、ちょっと惜しい気がする。捨てたことにして、このまま、持っていよう)

ようは、主にバレなければいいのだ。

おいらは、「おばば特製万病薬」が入った袋を開けると、

思い切り、それに向かって息を吹き込んだ。

ちょっとは、おいらの息で匂いが緩和されるはずだ。

幻兎の息は、花の香りがすると聞いたことがある。

「どこまで捨てて来たの? 」

 主の元に追いつくなり、主が、おいらの耳を引っ張った。

「それより、もうじき、日が暮れるぜ」

 おいらはとっさに、「おばば特製万病薬」が入った袋を

後ろ手に隠すとそれとなく、話題を変えた。

なんと、後宮に着いたのは、真夜中だった。

こんな真夜中に、待っているヒトなんていない。

主は涙目だ。

他国の女官見習いたちは一足先に、着いているはずだ。

「使者の言うことはあてにならない」と、牛車を降りるなり、主が毒づいた。

「それではこれで」
 
 使者は、そそくさと来た道を引き返して行った。

「ようこそ!とりあえず、女官見習いの部屋へ案内しますね」

 突然、暗闇から、見知らぬ初老の女が姿を見せた。

「穂の国若草から参りました浄香といいます」

 主がぺこりと頭を下げた。

「私は、女官長の緑里(みどり)といいます」

 初老の女が名を名乗った。

案内されたのは、女官見習いの6人部屋だった。

真夜中なこともあり、皆、スヤスヤ寝息を立てて眠っている。

主は忍び足で布団にたどり着くと、枕元に荷物を降ろした。

その時、おいらはあくびをしながら、布団の上に倒れた。

やれやれ、やっと眠れる。

その後、主は、おいらに寄り添うようにして横になった。

「枕が変わると眠れないのよ」

 主はそう言ったわりには、ものの数秒で寝息を立てた。


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