第4話 ふしぎなひかり

文字数 5,664文字

 主が、女官見習いとして後宮で働き出して早3か月。

1人で仕事を任されるまでになった主とひきかえ、

おいらはいまだ、手柄はゼロ。幻狐にも逃げられっぱなしだ。

憎たらしいことに、幻狐のやつは、痕跡は残すが決して、姿は見せない。

本当に、幻狐は、後宮にいるのだろうか? 

と疑問に思い出した矢先のことだった。

その夜、主は夜勤だった。またもや、カギが紛失する事件が起きた。

今度は、三種の秘宝のひとつ、秘鏡が安置されている

鏡の部屋だというからやっかいだ。

まったく、そんな大事な部屋のカギをどこのどいつが失くしやがった?

「どうしましょう!どうしましょう! このままだと殺されちゃう!」

 3時間前から、御門司の事務室の畳の上で、

女官装束姿の幻兎がのたうち回っている。その名をコッシ―という。

うるさいったらありゃしない! 

おいらは、耳を折りたたんで少しでも聞こえないよう防御していた。

「これが終わったら、一緒に探しに行きましょう」

 主が、日誌を書きながら言った。

「生きるか死ぬかの瀬戸際な時に、

よくもまあ、落ち着いて、日誌など書けるてぇば」

 コッシ―が上体を起こすと、主を責めた。

「お待たせしました。では、参りましょう」

 主が、日誌を閉じてすくっと立ち上ると、コッシ―の首根っこをつかんだ。

「何をするんけ? 」

 コッシ―が、手足をバタバタさせながらもがいた。

「本当に、あなたも幻兎なの? その恰好はなんなの? まるで、女官そっくりじゃん」

 主が笑った。

「おいらの仲間の中には、人間から転生したやつもいるらしい。こいつが、それみてぇだ」

 おいらが言った。

「死ぬ前は、姉さとおんなじ女官だったんだて」

 コッシ―が言った。

「私以外の人間には、あなたの姿が見えないのだから、

命を取られるわけないじゃん。-て言うか、幻獣に死は訪れるわけ? 」

 主が、コッシ―の顔をのぞき込むと訊ねた。

「秘鏡を守るのが、おらの使命なんさ。

カギを失くしちまったってことは、死に値する重罪なんだて」

 コッシ―が泣きながら訴えた。

「さっきから、気になっていたんだけど、その訛り何とかならないの? 」

 主がうんざりした顔で言った。

「わかったわや。次から、訛らねえようにするっけ、助けてくんなせ」

 コッシ―が深々と頭を下げると言った。

「いつ、どこで、失くしたのか思い出してみなよ」

 主が、コッシ―に言った。

「気がついたら、女官が倒れていたんです。

カギがなくなったことに気づいたのはその後です」

 コッシ―が覚えていることを話した。

「ウーはどう思う? 」

 主が、おいらに訊ねた。

「カギは、その倒れていたという女官が持っているのではないのか? 」

 おいらは思ったまま答えた。

「それはないですよ。上級女官が、

その女官のからだを調べたけど、何にも出て来なかったんですからねえ」

 コッシ―が暗い顔で言った。

「ところで、カギがなくなったぐらいで、死ぬに値する重罪というのは、

ちょっと、大げさ過ぎない? 何かわけがありそうねえ」

 主が、コッシ―に訊ねた。

「お頭に、命がけで任務にあたるよう言われました。

命がけということは、つまり、失敗したら、腹を切れと言うことですよね? 」

 コッシ―が上目遣いで言った。

「おい、何をぬかしやがる? 

てめー! 満月兎が、腹切りを命じられるわけがねぇだろ? 

満月兎は、そんな冷酷なお方じゃねぇぜ」

 おいらは思わず、ムカッと来て声を荒げた。

(なんなんだい、こいつ? 満月兎を血も涙もない極悪兎扱いするなど、

幻兎の風上にもおけねえやつだぜ)

「まあまあ。落ち着きなよ」

 主が、おいらの頭をなでると言った。

「やめてくれ。気色悪い」

 おいらは一応、抵抗してみせたが、内心、心地よかった。

「所詮は、飼いならされた兎ですねえ」

 コッシ―が冷めた口調で言った。

「あんたにだけには言われたくねえ! 」

 おいらは、コッシ―に詰め寄った。

 コッシ―の案内で、鏡の部屋の前まで来た。コッシーの話によると、

カギがないため、今は部屋の中に入れないという。

念のため、主が、ドアノブをひいてみた。

すると、驚いたことに、ドアが開いた。

「あれ? 開いているじゃん」

 主が言った。

「あれ? おかしいねえ。さっきまで、閉まっていたんだけど‥‥ 」

 コッシ―が気まずそうに言った。

「あれ、見て! キレイ!」

 主が、部屋の奥に安置されている秘鏡を見つけると歓声を上げた。

雲の合間から顔を出した月の光りに照らされて、秘鏡が、キラキラと輝いてみえた。

「あれ? なんか、おかしくない? 

たしか、秘鏡って、布か何かに覆われているはずじゃない? 

あんなむきだしの状態で安置されていたら、何かの拍子に、傷がついちゃいそう」

 主がハッとしたように言った。

次の瞬間、強い白い光りに包まれたおいらと主は、その場に気を失って倒れた。

どれぐらいの間、眠っていたのだろう。

目を覚ますと、御門司の事務所に戻っていた。

「あれ? コッシ―はどこ? 秘鏡は? 」

 隣に大の字になって寝ていた主が、飛び起きた。

「何言ってんの? 夢でも見たんじゃない? 」

 大柄な女官見習いが、主の顔をのぞき込むと言った。

「鏡の部屋のカギはどうなった? 」

 主が、大柄な女官見習いに訊ねた。

「ちゃんと、あるわよ」

 大柄な女官見習いが、きょんとした顔で答えた。

「本当だ! 」

 主が、壁にかかっているカギを見ると言った。

「ところで、大丈夫? 」

 大柄な女官見習いが、主に訊ねた。

「うん」

 主が答えた。

 申し送りをした後、主はぼんやりとした顔で、御門司の事務所を出た。

まっすぐ、部屋に戻ると思いきや、なぜか、主は、鏡の部屋へ向かった。

「いったい、何をするつもりだい? 」

 おいらはあわてて、主の前に立ちはだかると訊ねた。

「確かめるに決まってるじゃん。あれは、絶対に夢じゃない。

昨夜、幻兎のコッシ―に泣きつかれて、鏡の部屋へ入った後、

白い光りに包まれて気を失ったんだ。

夢にしては、やけに、記憶がはっきりし過ぎてるもん」

 主がそう言うと、おいらの腕をつかんだ。

「おいらの目には、大量の形代が、襲いかかってきたように見えたけどね」

 おいらが言った。

「じゃあ、コッシ―は? あのこも、形代だったってこと? 」

 主が歩きながら訊ねた。

「幻兎にしては、どっか、おかしかった。体臭が違った気がする」

「あんたが言うんだから、その可能性もありそうね」

「そうだろ? おいらたちの体臭は、花の香りになんだ。

だけど、あいつのからだからは、何も香ってこなかった」

「人間から転生したせいかもよ」

「極めつけは、満月兎を極悪兎扱いしたことだ。

幻兎ならば、満月兎をリスペクトしてあたりまえだぜ。

だいたい、死刑など幻兎族の間にはありえねえんだ」

 おいらがそう言った直後、主が足を止めた。

「ここが、昨夜、初めて入った鏡の部屋だけど‥‥ 

なんか、雰囲気が違う気がする」

 主が言った。

昨夜と違って、近寄りがたい雰囲気を漂わせている。

「おまえが、そこで、何をしておる? 」

「百合様」

 声をかけられた上級女官を見るなり、主があわてて、ドアの前から離れた。

「ここは、後宮の聖域。許された者しか、立ち入れぬ所じゃ」

 百合が低い声で告げた。

このお方は、女王の側近中の側近で、主たちにとっては、雲の上の存在なんだ。

ふだん、めったに、お目にかかることはないし、

お言葉を交わせるのは、ごく限られた上級女官だけだという。

「申し訳ございません。実は、昨夜、鏡の部屋のカギが紛失したとの連絡を受けて

確認しに参ったのですが、閉まっているはずの鏡の部屋が開いており、

中を確かめようとした矢先、白い光りに包まれて気を失った次第」

 主が早口で、事情を説明した。

「もしかして、夢か否か、確かめに、参ったのか? 」

 百合が冷静に訊ねた。

「目を覚ましたら、カギはちゃんと、元の場所に戻っていました。

同期からは、夢を見たのではないかと言われたのですが、

夢にしては、記憶がはっきりし過ぎる気がしまして、はい」

 主が上目遣いで答えた。まるで、蛇ににらまれた蛙みたいに、身を縮めている。

「カギはあったのだな? 」

「はい」

「ならば、良いではないか? 」

 百合がそっけなく言った。

「昨夜、ここへ参った時、あろうことか、

秘鏡が、むきだしの状態で安置されていました。

防犯上、よろしくないのではないかと思います」

 主が、言わなくても良いことを口走った。

「それは本当か? 本当のことならば、捨て置けぬ」
 
 百合が眉をひそめた。

「百合様」

 そこへ、美しい女官がやって来た。

この女官は、鏡の部屋の管理責任者である上級女官の補佐をしている。

その名を鏡花という。この女官が、

コッシ―が、倒れているところを発見したと言った女官に間違えない。

「なんだ、元気そうじゃないか」
 
 おいらは思わず、口走った。

「おまえは、たしか、御門司の女官見習いではないか? 」

 鏡花が、主を見ると言った。

「鏡花。秘鏡が、むきだしの状態で安置されていたとこの者が申しておるが、

まことか? 」

 百合が、鏡花に訊ねた。

「さようなことは、絶対、ありえません」

 鏡花がきっぱりと否定した。

「やはり、夢のようだ」

 百合が、主にそう言うとその場を立ち去った。

「本当に、カギを失くされませんでしたか? 」

 主が訊ねた。

「ああ」

 一瞬、鏡花の目が泳いだ気がする。ウソをついているサインだ!
 
「信じてもらえないとは思いますが、カギの紛失を知らせて来たものがおります。

そのものは、人間ではなく、幻獣なんです」

 何を思ったのか、主が、コッシーの存在をほのめかした。

(まずいだろ? ふつうの人間には、おいらたち、幻兎の姿が見えないことを忘れた

のかい? 頭がおかしいと思われるだろうが! )

「おまえが見えたのは、おそらく、秘鏡を守っているという幻獣だろう。

昔、上役から聞いたことがある」

 驚いたことに、鏡花が、幻獣を認める発言をした。

(もしかして、この女官も、幻獣が見えるのかい? )

「信じてくださるのですか? 」

 主の表情が明るくなった。幻獣の存在を認める人間が、自分の他に現れたのだ。

うれしくてたまらないはずだ。

「実は、私も、幼いころは見えたの。

だけど、後宮にあがってからは、見えなくなった。

きっと、おまえの心は、清らかなのだろう」

 鏡花が穏やかに告げた。

「そうなんですか? あの、また、お話しさせてもらえませんか? 」

 主が言った。

「ごめんなさい。それは無理なの。私、近じか、後宮を出ることになりそうなの」

「そうなのですか、残念」

「私も残念だわ」

「よければ、後宮を出る理由を教えていただけませんか? 

基本的に、女官は、一生奉公でしたよね? 」

 別れ際、主が訊ねた。

「代替わりの時に、宿下がりを許される女官がいるそうなの。

まもなく、代替わりするとお告げがあったらしいから、

もうじき、ここから出ることが出来ると思う。

ここを出たら、故郷へ帰り結婚するつもりよ」

 鏡花が幸せそうに答えた。

「そうですか。お幸せに」

 主が言った。

「ねえ、今の聞いた? 代替わりってことは、

つまり、女王様が譲位なさるってことよね? 」

 鏡花と別れた後、主が、興奮気味に言った

「あれじゃないか? 前に、蔵の中で、

コンコン様のお告げを聞く集いがあっただろ? 

あの時、天地が、ひっくり返るような出来事が起こると

お告げがあったじゃないか? 」

 おいらは、鏡花女も、秘密の会合に参加していたに違いないと思った。

「あんなデマ信じているんだ。何か、がっかりだわ」
 
 主がため息交じりに言った。主が幻滅したのが、おいらなのか、それとも、

鏡花なのか、どっちか、わからない。

だけど、案外、主が、現実的なことに少し驚いた。

「一時、危うくなったものの、今は、持ち直したとは言っているが、

この先、どうなるのかは、神のみぞ知ることだぜ」

 おいらがそう言うと、主が、おいらの頭をぐりぐりした。

「女王様は不死身なの。崩御なさるはずないじゃん」

 主が強く言った。

 それから、数日後。意外な人物が、主の元へ訪ねて来た。

白髪という名の王子の遣いで来たと言う上級女官だ。

「おまえが見たという摩訶不思議な白い光りの話をこれで、売ってくれないか? 」

 会って早々、上級女官が、金色の巾着袋を差し出すと言った。

「なぜ、その話をご存じなのですか? 」

 主が訊ねた。

あの夜の出来事は、百合にしか話していないはずだ。

百合と白髪王子の間には、何だかのつながりがあるというわけか??

「ある者から話を聞いて、王子が、ぜひにとの仰せじゃ」

 上級女官がすました顔で答えた。

「わかりました。ただし、お金はいりません」

 なぜか、主が快諾した。

(夢を売り買いすることなど、出来るのかよ? 

夢は、実体のないモノなのに、その価値をどうやって決めるんだい? )

「本当にそれで良いのか? 」

 上級女官が身を乗り出すと訊ねた。

「はい。私が持っていても、どうせ、宝の持ち腐れでしょう」

 主が答えた。

「お金がいらぬのなら、何か、他に望むものはあるか? 」

 上級女官が訊ねた。

「しいて言えば、昇進ですかね」

 主がそう言うと、上級女官が眉間にしわを寄せた。

「おまえ。若いわりに、なかなかの野心家と見受けた」

 上級女官が冷ややかに言った。

「野心家でもなんでもかまいません。それもこれも、親孝行なんです」

 主が訴えた。

(そうか、出世は、主の望みではなく、父親の望みということかい? )

 おいらは、主の言葉を聞いて、主の言葉の意味を理解した。
 
「王子にお訊ねしてみよう」

 上級女官が告げた。

「ありがとうございます」

 主が深々と頭を下げた。

「気長に待つが良い。この話は、くれぐれも他言せぬように」

「心得ました」

 おいらは思うところあって、上級女官が帰った後、主に訊ねた。

「本気に、それで良いのかい? 」

「形のないものを売り買いしようなど、ばかげた話だけれど、

私はあえて、話を合わせたわけ。どこで、運が開けるのかわからないしね」

 主がウインクすると言った。



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