113)かどわかされた少女たち

文字数 7,935文字

 ――何故こんなことに!?

 同じ思いを抱いた少女たちが15名。

「さっさと歩け!」
「グズグズするな」

 軍人たちの厳しい言葉と乱暴な扱いを受けながら、足場の悪い斜面を、少女たちは休憩もなしに歩かされていた。
 アンティアはドレスの裾をたくしあげながら、小石で足を取られそうになる斜面を懸命に歩いている。

(どうしてわたくしが、こんな酷いメにあっているのかしら…)

 どうして。
 悪夢の中を彷徨っているような錯覚にとらわれながら、アンティアは今朝の出来事に思いを馳せた。
 朝起きると、素敵なサプライズがあった。
 ベルトルドとアルカネット両名から、「連れて行きたいところがあるから、支度してケレヴィルの本部まで来るように」そう連絡が来ていると、母親から聞かされたのだ。
 憧れていた2人からの誘いである。

「わたくしを一体、どこへ連れて行ってくれるのかしら」

 アンティアは胸をときめかせ、大はしゃぎで部屋の中を舞踊った。

「なんて幸せなのかしら。うんとお洒落をして、2人のもとへ急いで行かなければならないわ」

 衣装部屋へ駆け込むと、母親と侍女と3人でドレスを選び、髪のセットと化粧も念入りに施した。
 ゴンドラ移動ももどかしく、ケレヴィルの本部へ行ってみれば、先日の同じ召喚〈才能〉(スキル)を持つ少女たちが集まっていた。いないのはキュッリッキとかいう生意気な乞食猫だけだ。
 暫くすると、ダエヴァだと名乗る軍人たちが軍靴を鳴らしやってきて、荒々しい態度で少女たちを外に引っ張り出した。
 突然のことに戸惑う中、アンティアも乱暴に腕を掴まれ、まるで家畜を引っ張り出すような扱いで外に出された。

「無礼ね! わたくしたちは召喚〈才能〉(スキル)を持っているのよ!! このような扱いが許されるとでも思っているの?」

 勇ましくアンティアは叫んだが、

「私語は慎め!!」

 壮年の男から平手打ちを喰らい、口の端を切ってしまった。
 痛みよりも他人に手をあげられたことに驚いて、アンティアは押し黙った。そのまま力ずくで引きずられるようにして、地下の乗り物移動専用通路に連れて行かれる。そこで、荷馬車に幌をかけただけの粗末な馬車に放り込まれ、少女たちは共にハーメンリンナの外へ連れ出された。

「あたしたち、どうなっちゃうのかしら」
「怖いわ」

 舌を噛みそうなほど揺れる馬車の中で、少女たちは身を寄せ合いながら不安を口にする。
 やがて馬車が止まり外に出されると、そこは行政街ことクーシネン街にあるエグザイル・システムの建物の前だった。
 突然現れた煌びやかな少女たちに、大勢の人々が好奇の目を向ける。
 恥ずかしそうに俯く少女たちは、ダエヴァたちに連行されるようにして、次々にエグザイル・システムに乗せられる。そして見知らぬ場所に飛ぶと、やはり幌馬車に乗せられて、訳も判らず連行された。
 数時間ほど馬車に揺られて途方にくれていた少女たちは、ようやく馬車から降ろされた。
 辺り一面、真っ黒なところだ。見渡す限り黒一色で、草木一つ見当たらず、空が唯一曇天の鈍色をしているだけ。
 もう何がなんだか判らない少女たちは、無駄口も叩かずダエヴァたちに連れられ、再び歩き出した。真っ黒な小石がゴロゴロと転がる、足場の悪いところを。
 上質なヒールのなかに、粒状の小石が入ってきて足の裏を痛く刺激する。それに我慢できず、アンティアは立ち止まってヒールの中の小石を取ろうとした。ところが、

「足を止めるな!」

 近くにいた若い軍人が、手にしていた鞭でアンティアを思い切り叩いた。その拍子にアンティアは体勢を崩すと、地面に倒れてしまった。

「きゃっ」
「何をしている」

 後ろに居た他の軍人もやってきて、倒れたアンティアの髪をグイッと乱暴に掴んで、無理やり立たせた。

「痛いわっ! 止めてちょうだい」
「グズのうえに口答えするか。穀潰しどもが」

 侮蔑を込めた目でアンティアを見下ろすと、若い軍人は容赦のない力でアンティアの頬を左右叩いた。

「なん…いやよ……おかあさまあ」

 ついに堪えていたものがこみ上げてきて、アンティアは泣き声をあげた。しかし、

「五月蝿いガキが」

 今度は軍靴のつま先で腹を蹴られ、アンティアは喉をつまらせ目を見開いた。胃から這い上ってきたものが、口から外へ吐き出された。その様子を見ていた少女たちは、今度は自分がそうなるかもしれないという恐怖で、怖気付く足で急いで前に進んだ。

「おい、そのガキを止まらせるな、急いで歩かせろ!」

 先頭の方から声がかかり、若い軍人は敬礼すると、アンティアの髪を掴んで引きずって進んだ。

(なぜわたくしが……わたくしが!)


* * *


「遅くなりまして、申し訳ありません!」
「ご苦労だったな」

 ねぎらいの言葉をかける上司の前で、恐縮を貼り付けた顔をしたエーベルハルド長官は敬礼した。

「なに、深窓のご令嬢どもの運搬だったんだ。大変だったろう」

 両手を腰に当てて、ベルトルドはニヤリと口元を歪めた。

「おつかれさまでした。引き続き、近辺の監視をお願いします」

 アルカネットに言われ、エーベルハルド長官は更に姿勢を正して敬礼する。
 地位的には同格なのだが、ダエヴァにとってアルカネットの存在はベルトルドと同格である。
 特殊部隊の括りに入っているダエヴァは、大きく分けて三部隊ある。
 部隊長が長官としての地位をいただき、別の特殊部隊の長官たちと席を同じくする。しかしダエヴァはベルトルドの私兵部隊とも噂され、実際ベルトルドの私的な戦力として動くことも多い。特殊部隊の更に特殊な立場にあった。
 部下たちを指揮するためにその場を後にしたエーベルハルド長官を見送り、ベルトルドは両腕を組んで、地面に座り込んでいる少女たちを見おろした。

「ドレスにヒールか。まあ、どこへ連れて行くとは言っていなかったが、歩きづらい服装をしてきたもんだな、どいつもこいつも」

 あっぱれな女子力根性に呆れてしまい、わざとらしく肩をすくめた。

「遠足でも、もうちょっと動きやすい服装をするものですが」

 アルカネットも同様に呆れ果てていた。
 自分たちの為にめかしこんできたとは気づいているが、そんなことはどうでもいいことだ。目の前の少女たちに色目を使われても、迷惑にしか感じないからだ。
 少女たちは、憧れの2人が目の前にいても、もはや目を輝かせる元気がなかった。
 身体中くたくたで、足は棒のように固くなり、今はとにかく柔らかな自分のベッドで休みたい気分なのだ。喉だって渇いている。暖かいミルクティーが飲みたい。そんな思いが表情を覆っていた。

「さて貴様たち、遠路はるばる来てもらったが、ここがどこだか判る……わけないか。ここは旧ソレル王国にある、ナルバ山の跡地だ」

 誰ひとり興味がわかず、途方にくれたように地面に視線を落としている。

「……無反応過ぎて切ないな」

 ベルトルドは拗ねたように口を尖らせた。

「仕方ありませんね」

 苦笑気味に頷きながら、アルカネットは掌に巨大な水の球を作り出した。そしてそれを少女たちの頭上に放り投げると、ベルトルドが念力でその水の球を破壊した。
 弾けた水が盛大に少女たちに降り注ぎ、

「きゃっ」
「な、なに!?」

 小さな悲鳴を上げながら、少女たちは目をぱちくりさせて辺りをキョロキョロと見渡す。

「目が覚めましたか?」

 パンパンっと手を打ち鳴らし、アルカネットが冷ややかな目を少女たちに向ける。

「ベルトルド様からのお話ですよ。しっかりお聴きなさい」

 濡れた服が不快に身体に張り付くのを気にしつつ、次は何をされるか判らず、少女たちは口をつぐんでベルトルドを見る。

「生まれて初めてだろう? こんな野蛮で理不尽な扱いを受けるのは」

 心や記憶を読まずとも、少女たちの顔にはっきりと書いてある。
 なぜ自分が、こんなメにあわされるのか、と。

「召喚〈才能〉(スキル)を持って生まれてきた貴様たちは、当然のようにして国の保護のもと、贅沢三昧に暮らしてきた。何を生産するわけでもなく、貢献することもなく、無駄に贅沢をしていただけだ」

 贅沢にくるまれて生きてきた少女たち。勉強をしなくてもいい、仕事をしなくてもいい。好きなように生きることが許されてきた。

「先日貴様たちに会ってもらったキュッリッキを、貴様たちはくだらない下心で苛めていたな。彼女を乞食呼ばわりし、あまつさえ手も上げていた」

 ビクッとアンティアが身体を震わせる。――あの場にベルトルドはいなかった。では、あのキュッリッキが密告したのだろうか?

「彼女はアイオン族の生まれでな、生まれつき片方の翼が奇形なんだ。そのため生まれてすぐ両親から捨てられ、同族から疎まれ、国からも見放された。召喚〈才能〉(スキル)をもって生まれてきたのにな。だから、ずっと独りで生きてきた。類まれなその召喚〈才能〉(スキル)を活かし、傭兵として幼い頃から戦場を渡り歩き、あらゆる仕事をこなしてきた。無能な貴様たちが、召喚〈才能〉(スキル)を持っているという理由だけで、安全な場所でヌクヌクと贅沢を謳歌している頃、キュッリッキは弱音も吐かずに生きてきたんだ」
「そんなくだらないあなたがたが、彼女を乞食などと蔑む資格などないのですよ」

 ベルトルドとアルカネットの声の冷たさに、少女たちは心底震え上がった。
 自分たちが蔑んだキュッリッキの不幸な生い立ちを、哀れんでいる余裕すらない。キュッリッキへ同情し、思いを馳せる者は一人もいなかった。今はただ、憧れていた2人の冷たい態度に、恐怖して怯えきっていた。
 少女たちの様子を見て、ベルトルドは不快そうに目を眇める。

「貴様たちは気づいていたか? なぜ同じ召喚〈才能〉(スキル)を持つ者が同い年なのか。誕生日も同じだ。7月7日に貴様たちは生まれた。ここにいないキュッリッキも同じ日に生まれている」

 えっ? と少女たちは隣同士を見やった。

「そして性別も同じ女だ。どうしてなんだろうな?」

 ベルトルドは組んでいた腕を解いて、両手を広げた。

「顔を上げてあれを見ろ。立派だろう? 1万年も前に作られた神殿の遺跡だ」

 少女たちはベルトルドが示す方向へ顔を向けると、いつの間にかそこにある神殿を見て目を見開いた。
 四角い神殿だった。灰色の石造りで、華美な彫刻などは殆どない。美術的価値はなさそうだが、歴史的にはきっと重要なのだろう。正面から見ているので、奥行がどのくらいあるのかは判らなかった。

「この神殿には結界が張ってあってな、中にあるものを取り出せずに困っている」

 ベルトルドは再び腕を組むと、ちょっと首を傾げて少女たちをチラッと見た。

「貴様たち、結界を外してくれ」

 困惑した目が、ベルトルドに集中する。

「アルケラから何一つ召喚経験もなく、意識を飛ばしてアルケラの住人たちと交信経験もなく、なぜそれが召喚〈才能〉(スキル)なのか謎だっただろう。国は大金を毎年支払って貴様らを贅沢に養っているんだから、恩返しのひとつもしたいと思わんか? 何も貢献しないまま老後を迎えて死ぬなぞ、税金を支払っている国民が聞いたら激怒するだろうな。――なんの理由もなしに、3種族共に、国が召喚〈才能〉(スキル)を持つ者を無償で保護していると、貴様ら本気で思っていないだろうな? 無能な貴様らにも、大事な役目があるんだぞ」

 ベルトルドは端整な顔に、凄惨な笑みを浮かべる。

「だが生憎、貴様らのその大事な役目は、すでに終わっている。俺たちがリッキーを庇護下に置いたからな。だから、用済みになった貴様らには、最期の務めを果たしてもらおうか」

 それを合図にアルカネットが頷く。

「イリニア王女、立ちなさい」

 アルカネットに突然名を呼ばれ、イリニア王女は怯えながらもゆるゆるその場に立ち上がる。

「こちらへきなさい」

 アンティアのように乱暴な扱いを受けることが怖くて、イリニア王女は素直に従った。
 前に出ると、ベルトルドに乱暴に腕を掴まれ引き寄せられた。

「貴様のお供の、何といったか?」
「トビアス、ですね」

 アルカネットが答える。

「そうそう、そのトビアス。煩わしいから殺しておいたぞ」
「え?」

 イリニア王女は一瞬なんのことか理解できず、ベルトルドの顔を見上げた。

「この娘は、ウエケラ大陸のトゥルーク王国の王女様だ。最近国王夫妻が身まかり、近々女王として即位する。だが、残念なことに、女王に就くことはない」
「――ど、どういうことなのですか……?」

 声を震わせながらも、イリニア王女はベルトルドに食いついた。

「うん、いまから死ぬからじゃない?」
「……え?」
「死んだら玉座には就けないしな。トゥルーク王国はそのままニコデムス宰相が継げばいいさ。やつの後継は殺してやったから、これから急いで種付けすれば間に合うだろうし」

 あっけらかんと言われて、イリニア王女は愕然とした。一体この男は何を言い出すのだろうか。

(わたくしが、死ぬ?)

「貴様はリッキーを泣かせた。不安に陥れおって、本当に腹立たしい。貴様が召喚〈才能〉(スキル)を持っているから今日まで我慢してやったが、もう我慢する必要はない」
「ええ。死になさい、我々の役に立って」

(泣かせた? …もしかして、メルヴィン様のことなの??)

 ベルトルドもアルカネットも本気だ。けっして冗談を言っているわけではないことに気づき、イリニア王女はその場を逃げ出そうとした。

「往生際が悪いですぞ、殿下」

 茶化すようにベルトルドに言われ、イリニア王女は涙がこみ上げ首を横に振った。

「嫌です、放して!」

 イリニア王女の悲鳴に、少女たちはつられるように、小さく悲鳴を上げながら泣き出した。
 ベルトルドはイリニア王女を思いっきり神殿の方へ放り投げた。可憐な駒のようにくるくると舞うイリニア王女を、いつの間にかそこに佇んでいたシ・アティウスが受け取る。

「始めろ、シ・アティウス」
「判りました」

 シ・アティウスは無表情に言うと、イリニア王女の腕を掴んで神殿に引っ張った。

「いや……」

 抵抗しようと足に力を入れるが、イリニア王女はグイグイと神殿へ引きずられていく。

「この神殿には、1万年前の召喚士ユリディスの作り出した結界が張られている。神殿を害する力には全て結界が働くが、侵入のみに関しては結界の力は働かない。だが、数ヶ月前、キュッリッキ嬢が神殿に足を踏み入れると結界が作動した。何故だろう? ずっとそのことは疑問のままだったが、最近その謎が解けた」
「この結界は召喚士に反応するんだ。これからそれを立証した上で、結界解除を試みる。大いに役に立てよ、穀潰しども」

 シ・アティウスの説明を受けてベルトルドが継ぐと、怯え切った少女たちに無邪気な笑みを向けた。



 ――これ以上、少女たちをここへ連れてこないで…
 ――殺したくないの…
 ――……願いだから…!



 シ・アティウスに神殿の中に投げ込まれたイリニア王女は、冷たく湿った石畳の上に座り込んでいた。
 それまで真っ暗だった神殿の中は、足を踏み入れた途端激しく振動し、あっという間に様相を変じてしまった。まるで手の込んだマジックを見ているようで、恐怖と混乱だけがイリニア王女の心と思考を覆っていた。
 目の前にそびえる壁には、小さな篝に火が灯っている。幾何学模様のようなレリーフが埋め込まれているが、それがどんなものか一切興味は沸かない。
 薄暗い中で、イリニア王女は先ほどのベルトルドの発言を思い出していた。

 ――そうそう、そのトビアス。煩わしいから殺しておいたぞ

 従兄であり、実の兄のように慕っていた、大事な家族だ。叔父ニコデムス宰相の息子で、近衛騎士団の団長をしていた。いずれは父の後を継いで宰相になる人でもあった。イリニア王女が女王として即位したら、色々と支えになってくれただろうその人を失ってしまった。
 招かれたハワドウレ皇国に参じる時にも、一緒に来てくれた。

「トビアス兄様……」

 その名を呟くと、我慢していた涙が頬を伝った。後から後から涙は湧き出て、もう抑えきれない。
 何故こんなことになってしまったのだろう。



 留学先で両親の訃報を知り、悲しむ間もなく命を狙われ、学院で雇った傭兵たちに守られて無事首都に帰り着いた。しかし、そのことがきっかけで、ハワドウレ皇国副宰相に目をつけられた。
 表向きは身の安全確保のためであったが、実際は召喚〈才能〉(スキル)を持っているからという理由で、ハワドウレ皇国に招かれた。
 王家の娘として、更に貴重な召喚〈才能〉(スキル)を授かり生まれてきた。その召喚〈才能〉(スキル)は生憎なんのための〈才能〉(スキル)だか見当もつかないほど、なにもその力を発揮してはくれなかった。
 世間一般で伝えられているのは、別の次元にあるという、神々の世界アルケラを覗き視ることが出来て、そのアルケラに住まう者共を召喚し、使役することができるという。それゆえ、召喚〈才能〉(スキル)を持つ者を召喚士と呼称している。
 アルケラから何かを招いたことはない。同じ〈才能〉(スキル)を持っていた、あのキュッリッキという少女が、フェンリルとフローズヴィトニルだといった仔犬を見ても、何も感じなかった。それがなんなのかさえ判らない。
 出来なかったことは、そんなに罪なのだろうか?
 確かに貴重な〈才能〉(スキル)というだけで、その〈才能〉(スキル)のレベルを問わず、必要以上に大事にされてきた。王女であった点を除いても。
 召喚できなかったことを責められたことはない。そんなところに誰も興味を持たなかった。だから、出来ないことを罪悪に考えたことなど一度もないのだ。
 そしてベルトルドが言っていた、大事な役目。それは一体なんなのか。しかもすでに、その大事な役目は終わっているという。――キュッリッキを庇護下に置いたからということだが、謎が深まるばかり。
 それはどういう意味なのだろうか。
 疑問は後から尽きない。そして、

「貴様はリッキーを泣かせた」

 メルヴィンに惚れたことで、あの少女を自分が泣かせた。
 あの2人は恋人同士だと、アルカネットという男が言っていた。
 恋人同士である2人の間に割って入り、波風を立てるのは良くないことだろう。本来そういうことは嫌悪していたはずだったのに、イリニア王女はメルヴィンを本気で自分の恋人にしたいと願った。
 恋人がいたなど知らなかったし、知ってもなお恋心はつのっている。そう簡単に諦めて吹っ切れるほど、まだ時間は経っていないのだ。
 短期間にあまりにも色々な出来事がのしかかり、精神的にも堪えることばかりだ。
 ベルトルドもアルカネットも、結界を解け、死ねと言っていた。結界というものがどんなものかは知らないが、自分が死ねば解けるものなのだろうか?

「死ぬのは嫌よ…」

 トビアスの死を聞かされ、悲しみの中に怒りもある。たとえ小国とはいえ、王女としての矜持まで失ったわけではない。こんな理不尽な扱いを受け、言われた通り死んでやる必要などないのだ。
 トビアスの亡骸を丁寧に弔ってやりたい。
 メルヴィンへ想いを打ち明け、キュッリッキから奪ってやりたい。
 生まれ故郷である祖国の女王の座に就いて、自分が亡き両親の後を継いで国を守っていく。
 様々な思いに突き動かされて、イリニア王女は壁に手をつき立ち上がった。
 どこかにきっと、逃げ口があるはず。外は軍人たちがいっぱいいるが、逃げ延びてみる。否、逃げ延びる。そう決意して毅然と顔を上げた時だった。
 どこか生臭い臭気が鼻を付いて、イリニア王女は顔をしかめた。そして、なにかが蠢く気配を感じ、正面を凝視する。
 薄暗い中から、何かが近づいてきている。
 臭気はどんどん密度を増し、鼻と口元に手を当て臭いを防ごうとした。

「あ……あれは……なんですの……」

 薄暗い影から姿を現したそれは、赤黒い脚を前に突き出した。
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登場人物紹介

【キュッリッキ】

・〈才能〉:召喚、ランク:over

・年齢:18歳⇒19歳、女性

・出身:アイオン族

・一人称:アタシ

本作の主人公。

フリーで傭兵をしているが、ベルトルドにスカウトされたことでライオン傭兵団へ入ることになる。

【ベルトルド】

・〈才能〉:超能力、ランク:over

・年齢:41歳、男性

・一人称:俺

ハワドウレ皇国副宰相、アルケラ研究機関ケレヴィルの所長。

「泣く子も黙らせる副宰相」という物騒な通り名を持つ。

とある事件を解決に導いたことで軍総帥の地位も下賜され、毎日デスクの上に書類の山脈を作るほど事務仕事に忙殺されている。事実上国政の長。

【アルカネット】

・〈才能〉:魔法、ランク:over

・年齢:41歳、男性

・一人称:私

ハワドウレ皇国軍特殊部隊尋問・拷問部隊長官⇒ヴィーンゴールヴ邸(通称:ベルトルド邸)執事長⇒ハワドウレ皇国軍特殊部隊魔法部隊《ビリエル》長官。

異色の経歴を持つ世界最強最高の魔法使い。

【リュリュ】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:41歳、男性(オカマ)

・一人称:アタシ

ベルトルドの首席秘書官でオカマ。

事務処理能力に富み、ベルトルドの股間を常に狙い、オカマの恐怖でベルトルドを威圧している。

【シ・アティウス】

・〈才能〉:記憶、ランク:SS

・年齢:41歳、男性

・一人称:私

ハワドウレ皇国アルケラ研究機関ケレヴィルの研究員⇒所長。

アルケラに関する研究をもっとも積んでいて、知識量も豊富。

【カーティス】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:30歳、男性

・一人称:私

・魔具:強化魔法の呪文を彫り込んだ銀の杖

ライオン傭兵団の創立者でリーダー。

ベルトルドから解放されることが願い。やや選民意識がある。

【ギャリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系複合、ランク:S

・年齢:29歳、男性

・一人称:オレ

・武器:魔剣シラー(大剣)

・特殊技:リヴヤーターンモードなど

ライオン傭兵団の兄貴的存在。面倒見がいい。ザカリー、ルーファスとは同郷の幼馴染。今も2人とは仲がいい親友。

【ルーファス】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:30歳、男性

・一人称:オレ

ライオン傭兵団中衛・通信・支援・時々攻撃担当。片手剣と超能力を組み合わせた独自の戦闘をとることができる。

亡きベルトルドの後継者と目されるほどの女好き。ただし、巨乳美女が好み。気さくなお兄さんといった優しい性格。

【ザカリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系遠隔複合、ランク:S

・年齢:28歳、男性

・一人称:オレ

・武器:魔銃バーガット

ライオン傭兵団の後方遠隔攻撃担当。〈才能〉の能力で異様に視力が高く調整できる。

本気でキュッリッキを好きになるが、仲は仲間以上縮まらない。

【シビル】

・〈才能〉:魔法、ランク:AAA

・年齢:歳、女性

・一人称:私

・魔具:木の杖

ライオン傭兵団の強化・支援担当。攻撃はあまり得意な方ではない。

何かと騒がしい団の中では、常識論を言うけどあまり聞き入れてもらえない。しかし挫けず奮闘中。

【ハーマン】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:27歳、男性

・一人称:ボク

・魔具:分厚い本

ライオン傭兵団の前衛担当。高い魔力を持ちハイレベルの魔法を使いこなすが、魔法コントロールを苦手としている。

【ガエル】

・〈才能〉:戦闘・格闘系複合、ランク:SS

・年齢:33歳、男性

・一人称:俺

・装備:ドラウプニル(篭手)

ライオン傭兵団の前衛担当。ブルーベル将軍の甥でもある。

タルコット、ヴァルトとは筋金入りの戦闘バカトリオ。

【ブルニタル】

・〈才能〉:記憶、ランク:AA

・年齢:29歳、女性

・一人称:私

ライオン傭兵団の中では、分析、戦略立案、情報収集、後方準備などの後衛を担当。何故か手帳にメモをとる癖がある。

【ペルラ】

・〈才能〉戦闘・武器系剣術、ランク:S

・年齢:28歳、女性

・一人称:私

・特殊技能:アサシン

ライオン傭兵団の中では、ときに近接戦闘もするが、後方から短剣などで支援をしたり、偵察や情報収集も行う。

ヴァルトに熱愛されているが、思いっきり鬱陶しく思っている。

【ランドン】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:29歳。男性

・一人称:私

・魔具:ナシ

ライオン傭兵団の中では、主に回復魔法担当。その他ザカリーの魔弾作成もしている。

回復魔法などの繊細な魔法の扱いが上手く、専属医の居ない傭兵団の中で、団員たちの健康状態を常に気遣っている。

【メルヴィン】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:SS

・年齢:30歳、男性

・一人称:オレ

・武器:爪竜刀

ライオン傭兵団のサブリーダー、前衛担当。

皇国五指に入るほどの剣術マスター。軍を辞める際、思い留まらせるために10人の大将が宿舎に列を作ったというレジェンドを持つ。生真面目で優しく、よく人を見ている。が、ある一点のみ究極の激鈍。

【タルコット】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:SS

・年齢:29歳、男性

・一人称:ボク

・武器:魔剣・スルーズ(大鎌形態)

ライオン傭兵団前衛・近接戦闘担当。ヴァルトと並び、ライオン傭兵団の美人双璧と呼ばれるほどの、美貌の持ち主。ただ何故か女性と間違われてナンパされまくる不運に見舞われている。

常に黒一色の服装を好み、黒以外まとうことはない。ガエル、ヴァルトとは筋金入りの戦闘バカ。

【ヴァルト】

・〈才能〉:戦闘・格闘系複合、ランク:SS

・年齢:30歳、男性

・一人称:俺様

・装備:ドラウプニル(篭手)

ライオン傭兵団前衛・近接戦闘担当。

タルコットと並び、ライオン傭兵団の美人双璧と呼ばれるほどの、美貌の持ち主。しかし口を開くとバカ発言やバカっぽい口調が特徴。

団員の誰よりもしっかりと真実を見抜いている、鋭い洞察力に優れている。ペルラと結婚したいと悩んでいる。

【マリオン】

・〈才能〉:超能力、ランク:AA

・年齢:30歳、女性

・一人称:アタシ

ライオン傭兵団中衛・通信・支援・時々攻撃担当。

団のオネエサン的存在で、ルーファスとつるんでキュッリッキで遊んだり、ワルイことを教えている。しかし、みんなのムードメーカー。

【マーゴット】

・〈才能〉:魔法、ランク:C-

・年齢:26歳、女性

・一人称:私

ライオン傭兵団のお荷物。元マスコット的存在(自称)。カーティスの恋人。

魔法の扱いが下手すぎて、仕事はほとんどさせてもらえない。しかし報酬は当然のように受け取るので反感を買っている。自分では上手いと思い込んでいる。

【ヴィヒトリ】

・〈才能〉:医療系複合、ランク:SSS

・年齢:28歳、男性

・一人称:ボク

ボクハーメンリンナの大病院に勤務する医師。キュッリッキの主治医で、ヴァルトの弟でもある。

【ハドリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系両手斧術、ランク:B+

・年齢:25歳、男性

・一人称:オレ

キュッリッキが初めて得た親友。面倒見がとても良い。

【ファニー】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:B+

・年齢:21歳、女性

・一人称:あたし

キュッリッキの親友でお姉さん的存在。3年前にギルドで出会って何かと世話を焼いててそのまま仲良くなった。

【グンヒルド】

・〈才能〉:記憶、ランク:A+

・年齢:41歳、女性

・一人称:私

良家の子女を主にしている家庭教師。ダエヴァのカッレ長官の姉君でもある。

キュッリッキの家庭教師になった。

【リトヴァ】

・〈才能〉:超能力、ランク:AAA

・年齢:63歳、女性

・一人称:私

ベルトルド邸のハウスキーパー。

【セヴェリ】

・〈才能〉:超能力、ランク:AA

・年齢:68歳、男性

・一人称:私

ベルトルド邸の従僕の一人だったがアルカネットが軍に復帰してから執事代理になる。

【アリサ】

・〈才能〉:戦闘系槍術、ランク:S

・年齢:24歳、女性

・一人称:私

ベルトルド邸のメイドで、キュッリッキ付きになる。

【皇王】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:70歳、男性

・一人称:ワシ

タイト・ヴァリヤミ・ワイズキュール。ハワドウレ皇国の皇王。

ベルトルドからは面と向かって「昼行燈の能無しボケジジイ」と言われているが気にしてない。

【ブルーベル】

・〈才能〉:戦闘系格闘複合、ランク:SSS

・年齢:72歳、男性

・一人称:ワシ

ハワドウレ皇国将軍。ガエルの伯父でもある。

【ハギ】

・〈才能〉:記憶、ランク:AA

・年齢:44歳、男性

・一人称:私

ブルーベル将軍の秘書官。

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