122)皇都イララクス炎上
文字数 4,353文字
その、あまりにも威圧的に表現される態度に、
――なんて、ふてぶてしい……。
キュッリッキ以外の皆は、異口同音に胸中で唸った。
謙虚・謙遜・遠慮という単語は、絶対この男には備わっていない。備わっていたとしても、墓まで持って行って、生涯表に出てくることはないだろう。
「リッキーには、特注のドレスを用意してあるから、それに着替えておいで」
ベルトルドは何もない空間からいきなり大きな箱を出現させ、箱に触れずマリオンにポイッと投げた。
「あわわわわ」
いきなりのことに、マリオンは慌てて大箱をキャッチする。真っ白な紙の箱には、ピンク色のリボンが結ばれていた。中身は予想より軽い。
「大切に扱え、リッキーのために作らせたんだ。マリオン、マーゴット、着替えを手伝え」
2人にはぞんざいに顎をしゃくると、キュッリッキには優しい笑顔を向けた。
「着替えてきなさい」
キュッリッキはいきなりのことに、困惑した表情を浮かべながらメルヴィンの腕をしっかりと握った。
「でも……」
「でも?」
「その、なんで、アタシを迎えに来たの?」
一週間前の出来事が脳裏に蘇り、表情が暗く曇った。
思い出したくない、忌まわしい出来事だ。ベルトルドは助けてくれた側だが、姿を見ただけで足が竦んでしまう。
「どうしてもリッキーに、見せたいものがあるんだ」
ベルトルドは右手を膝において、やや上体を屈めた。
「きっとビックリするぞ。なんせ、俺のとっておきのコレクションだからな」
やんちゃな少年のような笑顔になるベルトルドに、キュッリッキは迷うような表情を向けた。
ベルトルドのところへ行けば、アルカネットもいるのではないだろうか。そう思うと、素直に返事ができない。それに、今はメルヴィンと離れていたくなかった。
すると、突然ベルトルドは悲しげな表情になり、寂しさを漂わせるため息をついた。
「こないだはすまなかった。俺がもっと気をつけていれば、リッキーをこんなに傷つけることなどなかったのに……。――もう俺とは、一緒に居たくないのだな……」
目を伏せ、顔を俯かせる。
「そ、そんなことないよっ」
ベルトルドの辛そうな様子に慌てたキュッリッキは、ベルトルドのほうへ身を乗り出した。
「ベルトルドさんのところへ行くと、その……アルカネットさんもいるかなって……思ったから……だから」
「アルカネットはいない。あそこは、俺の隠れ家だからな」
「隠れ家?」
「うん。アルカネットもリューも知らない、俺の秘密の場所なんだ。だから、アルカネットはいないぞ」
「そうなんだ……」
しっかりとメルヴィンの腕を掴んだまま、キュッリッキは床を見つめながら考えた。
酷いことをしたのはアルカネットで、ベルトルドは助けてくれた。
これまでベルトルドは、ずっと自分を守ってくれた。周りには厳しくても、自分にだけは特上に甘いくらいに。
少々強引なところはあるが、こうしてわざわざ迎えに来てまで見せたいものがあるという。それなら、少し見に行くだけなら、大丈夫だろうか。
「ちゃんと、帰してくれる?」
不安そうにぽつりと言うキュッリッキに、ベルトルドはにっこりと微笑んだ。
「ああ、必ず送ろう」
その言葉に安心したように、キュッリッキはこくりと頷いた。
「じゃあ、ドレスに着替えてくるね」
「ありがとう、リッキー」
メルヴィンのそばから離れて、マリオン、マーゴットと共に自室へ戻る。
その後ろ姿を見送ったあと、メルヴィンは鋭い視線をベルトルドに向けた。
「一体、何を企んでいるんです?」
「企む?」
真っ向からメルヴィンの鋭い目を受け止め、ベルトルドは小馬鹿にしたような笑いを口元にたたえた。
「今言った通りだ。俺のコレクションを、リッキーに見せたいだけだ。それのどこが企むになるんだ、青二才」
「ようやく落ち着いてきたところに、あなたが迎えに来るなど、心に負担を強いるだけです」
「文句があるならアルカネットに言え。俺はリッキーに、あんな真似はせん」
「いやあ……一番しそうな気が……」
遠慮がちにザカリーが口を挟むと、ギロリと鋭く睨まれて首をすくめた。
「俺はフェミニストだぞ! 女が大好きで大好きで大好きでたまらんのに、女が怖がることなどするかたわけ!! ましてリッキーが怖がることをするわけがなかろうが」
「女好きを高らかに言わないでください……」
カーティスが疲れたように言った。
ベルトルドの場合は、単に女性に甘いだけだ。男権女権など、ベルトルドからしてみたらどっちでもいいのだ。有能な者が就くべき座に就けばいい。性別など関係ない。常にそう思っている。
「オレも付いて行きます」
「断る!」
「リッキーを一人に出来ません!」
メルヴィンは真剣な表情で、ベルトルドに食いつかんばかりに言った。
たとえベルトルドが手を出さなくても、アルカネットが何をするか判らない。隠れ家には居ないというが、それが本当かどうか判らないのだ。アルカネットはベルトルドの部下であり、万が一ということもある。キュッリッキを一人でそんな獣の巣に行かせるわけにはいかない。
周りが戦々恐々と見守る中、射殺しそうなほど険しい目で、ベルトルドはメルヴィンを睨んだ。
「俺はな、リッキーとお前の仲を認めたわけじゃないんだぞ? 今はリッキーの気持ちを尊重しているに過ぎん。図に乗るな、小僧の分際で」
聞いた者が震え上がるほどの低い声で、静かに言った。しかしその程度でメルヴィンは怯んだりしなかった。しっかりとベルトルドの目を見据え、睨みつけていた。
ベルトルドとメルヴィンの視線のぶつかるところに、火花を通り越して爆発のようなイメージがして、ヴァルトは渋面を作ってブルッと身体を震わせた。アレに関わるなと、野生の勘が警告を発している。
静かに白熱しかかるそこへ、ドレスに着替えたキュッリッキが戻ってきた。
「お待たせ~」
真っ白なドレスに身を包み、裾を踏まないか気をつけながら、ゆっくりと歩いてきた。
「大人っぽいデザインだね。似合うかなあ」
ちょっとはしゃいだように言うキュッリッキに、ベルトルドは感無量の表情を浮かべると、凄いスピードで抱きついて、高速頬スリスリをしていた。
「美しいぞ! 美しすぎるぞ俺のリッキー!!!」
「………」
もはやいつものパターンですっかり慣れっこになっていたので、キュッリッキはされるがまま疲れたようにため息をついた。
(あれ? ベルトルドさんに触られても、あんまり怖くないかも……)
しっかり抱きしめられ、頬ずりされているけど、身体は竦んでいないし怖くなかった。ベルトルド邸で暮らしていた時と、なんら変わらない感覚だ。
メルヴィンが怖くなくなったから、もう大丈夫になったのだろうか。
試しに近くにいるギャリーに触れようとしたが、キュッリッキの手は石になったように固まってしまっていた。
(治ったわけじゃないんだ……)
せめてライオン傭兵団の仲間たちだけでも、大丈夫になればいいのにと、キュッリッキはガッカリしてため息をついていた。
「俺の可愛い可愛い女神様、さあ、行こうか」
「うん…」
ベルトルドはすっかり上機嫌のようだ。
「リッキー、目を閉じてごらん」
「え? う、うん。こう?」
言われるがまま素直に目を閉じる。
その瞬間、キュッリッキは意識を失い、ベルトルドの腕の中に倒れ込んでしまった。
「!?」
異変に気づいてメルヴィンが駆け寄ろうとした。しかし、
「邪魔だ」
ベルトルドはメルヴィンに掌を向ける。すると、目に見えない衝撃波がメルヴィンを後方へ吹き飛ばし、玄関扉を突き破って向かい側の建物の壁に叩きつけた。
「なにしやがる!?」
ギャリーが吠えて、金縛りが解けたランドンが、慌ててメルヴィンへ駆け寄る。
「メルヴィン、メルヴィンしっかり!」
壁に叩きつけられた時の衝撃が大きかったのか、石造りの壁には亀裂が入り、メルヴィンは気を失っていた。
「御大、一体何を…」
「俺はもう、お前たちの保護者じゃない。副宰相の職を辞した瞬間から、リッキーのこと以外の全ての責務を放棄している。すでに無関係のお前たちに、とやかく言われる筋合いのことではないぞ」
不敵な笑みを口の端に滲ませ、キュッリッキを片腕に抱いたまま外に出た。そして気を失っているメルヴィンに、嘲笑を含んだ一瞥を投げかける。
「お前になど、守れるものか。ママゴトごっこはもう終わりだ」
気を失っているキュッリッキの額に優しく口付けると、ベルトルドは地面を蹴って宙へ飛び上がった。
ゆっくりと上空へあがり、ベルトルドは足元に集まるライオン傭兵団や、騒ぎで出てきた近隣の傭兵たちを睥睨した。
秋風の中に寒気が混ざり肌寒い。腕に抱いたキュッリッキの細い身体の温もりが、服越しに感じられて心地よかった。
ベルトルドはもう片方の手で、
「おい…、あれ、ヤバくねえか」
下から見上げて、ギャリーが額に汗を浮かべる。
「おっさんの超必殺技じゃね? 遺跡で見せつけられた」
ザカリーが眉をしかめて唸った。
「まっさか……オレたちに向けて投げつけてくる、なーんてことはナイ……よね?」
「投げてきそうですねえ……。なんにしても、あんなものを食らったら近所迷惑のレベルを遥かに超えますよ」
頼りなげに言うルーファスに返事をしつつ、カーティスは周囲にいる人々に叫んだ。
「
近所の傭兵たちも、カーティスのただならぬ声に弾かれて、それぞれ叫び始めた。
その様子を上空から見ていたベルトルドは、小馬鹿にしたように鼻で笑う。
すでに
「長いようで短い付き合いだったが、後腐れないように消し炭にしてくれよう。さらばだ、愛すべきバカ者共!!」
夜空に轟き渡るほどの嘲笑を足元に見舞い、ライオン傭兵団のアジトめがけ、勢いよく
一瞬にして皇都イララクス全体が激しく照らし出され、夜空も白く染まった。そのあと、世界が崩壊するのではないかと思わせる程の爆音が轟き、地面は大地震のように震え、無数の電気がムチのようにしなって皇都中を暴れまわった。
世界に類を見ない規模を誇るハワドウレ皇国の皇都イララクスは、その日激しい炎に包まれ真紅の都と化した。