79)ザカリー、敵に塩を送る

文字数 3,453文字

「なぁ~んかさぁ……、でじゃぶぅーってかんじ、しなあ~い?」
「何がだよ」

 ビールの注がれた透明なコップの中身を覗き込むようにして、マリオンが元気のない声で誰にともなく問いかける。机に肩肘を付いて明後日の方向を見ていたギャリーが、乱暴に反応した。

「前のぉ、ソレル王国んときの仕事さあ、終わって帰ってきた時も、キューリちゃんだけアジトに戻らなかったよねぇ。まあ、アタシもだけどぉ」

 マリオン、ザカリー、マーゴットの3人はイソラの町に残ったが、あとで戻ってきたときキュッリッキはアジトにいなかった。怪我のためにベルトルド邸で治療を受けていたからだ。メルヴィンとルーファスもいなかったが、ちょくちょくアジトに顔出しはしていた。
 そして今回も、仕事を終えてみんなで帰ってきたのに、キュッリッキだけがいない。
 エルアーラ遺跡からトボトボとフェルトの町を目指して歩いていると、四角い顔と評されるアルバー大佐の一軍と出会い、貨物用の馬車を借り受けて町へ戻った。そこからは魔法使い組が根性をみせて、皆を飛空魔法でエグザイル・システムのある首都ヘリクリサムへ運び、今しがたエルダー街のアジトへ帰り着いたのである。
 留守番をしていたブルニタルとマーゴットが明るく出迎えたが、皆黙りこくって談話室に集まると、思い思いの場所に座ってどんよりとした空気を漂わせていた。メルヴィンだけが自室へと引き上げている。

「キューリちゃん、帰ってくるかなあ…」

 ぽつりと言うマリオンの言葉に、皆返事ができなかった。
 メルヴィンを助けようとして飛び出したキュッリッキの、その背に生えた翼も驚きだったが、何より左側の翼がなんとも言えないものがあった。そして見られていることに対するあの悲鳴。
 全身で振り絞るようなその悲痛な叫びが、今でも耳に残っている。
 ベルトルドとアルカネットは事情を全て知っているようだったが、この中ではヴァルトのみが知っているらしい。しかしヴァルトは何も言おうとしなかった。

「キューリのことを俺様が話してどーする! キューリから言うまで待ってろ!」

 そう言ってヴァルトは突っぱねた。
 普段バカなことしか言わないヴァルトだが、他人の秘密をぺらぺら話すようなタイプではない。
 傭兵団では個人のプライバシーを、根掘り葉掘り聞くことは絶対にしない。しかし、漏れ伝わってしまったり、今回のように思わぬ形で露見してしまったら、当人が打ち明けてくれば黙って聞いて受け入れる。これまでずっとそうしてきた。生死も共にし、何年も一緒に暮らしてきた家族(なかま)だ。
 キュッリッキとはまだ付き合いは浅いが、もう家族の一員なのだ。
 しかし今回のことは、些か重たすぎる。それと同時に、このことを自分たちが受け入れ、キュッリッキが帰ってきたときしっかり受け止めてあげられるくらいに、自分たちに時間が必要なことも痛感していた。
 そして、こういうことはメルヴィンの十八番だと皆思っていたが、さすがに今回はメルヴィンにも時間が必要なことも判っていた。


* * *


 ベッドに腰をかけ、冷たい濡れタオルを両手で掴みながら、メルヴィンは薄暗い部屋の中をぼんやりと見つめていた。
 数ヶ月ぶりに戻ってきた、エルダー街にあるアジトの自室である。
 ナルバ山での出来事から、キュッリッキの看病をするために、ハーメンリンナのベルトルド邸にずっと泊まり込みだった。そしてモナルダ大陸戦争に参加するため、ベルトルド邸から直接出向いた。
 ようやく住み慣れた我が部屋に戻ってきたわけだが、メルヴィンの心はどんよりと重たいままだ。
 大きく腫れた左の頬は、熱を孕んでジンジンと痛んでいる。殴られた時に切った口の端の傷も、染みるような痛みは続いていた。

「これでよく冷やして」

 そうランドンから手渡された冷たい濡れタオルで、腫れた頬を冷やそうとしたが、メルヴィンはすぐに手を下ろしてしまった。
 今でも耳に突き刺さっているキュッリッキの悲鳴。そして目に焼き付いて離れない左側の翼。
 これまでキュッリッキが目の前で翼を広げたことなど一度もない。まして、アイオン族であったことも言っていなかった。
 知られたくないことだったのだろう、あの翼では。
 今にして思えば、やたらと軽い身体だし、容姿もとても綺麗だ。ヴィプネン族にも容姿の綺麗な女性はたくさんいるが、アイオン族の美しさは誰が見ても美しいと感じる輝きがあった。
 アイオン族は容姿の美しさを、とても気にする種族だと聞いている。仲間のヴァルトを見ているとそうでもないが、本星のアイオン族はどれも容姿に五月蝿いとヴァルトは言う。そんなアイオン族なら、あの左側の翼は見られたくないものなのだろうが、キュッリッキの悲鳴から感じられたのは、そんな生易しいものじゃなかった。
 それを広げてまで、自分を助けようとしてくれたキュッリッキ。
 彼女は召喚士だ。落ちた自分を助けるなら、召喚の力を使えばいいだけのこと。それなのに、飛べない翼を広げてまで、自分を助けようと深淵に飛び込んできた。
 とても、必死な表情をしていた。失うことを恐れるような。

「何故……」

 メルヴィンはそう辛そうに一言呟くと、それきり口を閉ざした。



 コンコン、とドアを叩く音がして、メルヴィンは顔を上げた。

「どうぞ」

 メルヴィンからの返事に、ドアをゆっくり開いて入ってきたのはザカリーだった。

「よお、邪魔するぜ」
「ザカリーさん」

 意外な来客に、メルヴィンは少々驚いていた。
 別に喧嘩をしているわけでも、仲が悪いわけでもない。ただ普段あまり話をしないし、話しかけることもお互いないから、私室にこうしてやってくることは、とても珍しかった。
 ザカリーは部屋に入ると、後ろ手にドアを閉め、窓際まできて壁にもたれかかった。

「冷やさなくていいのか、結構腫れてるぜ」

 自分の左頬をツンツンと指をさす。

「え、ああ…」

 すでに温んだタオルを見つめ、患部には当てようとせず手を下げたままだ。その様子を見て、ザカリーは唇を尖らせた。
 2人は暫く口を閉ざしていたが、ザカリーが真っ先に沈黙を破る。

「なあ、キューリの翼を見て、驚いたのか?」

 メルヴィンはタオルを見つめたまま、小さく頷いた。

「…なんでお前を助けようとしたのか、それが気になるのか?」

 虚をつかれたようにハッとなると、メルヴィンは食い入るようにザカリーの顔をまじまじと見つめた。
 そう、何故彼女はそこまでして、自分を助けようとしてくれたのか。そのことが判らない。

「いろんな事には鋭いくせに、色恋沙汰だけはホント、鈍いのな」

 ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、ザカリーはポケットの中で拳を力の限り握り締めた。腹の底から沸き上がってくる怒りを抑えるためである。

「お前のことが好きだからだよ、恋してるからだろが! アイツ、翼を見られることを心底嫌がってた。それでオレら喧嘩してたのによ…。それが、お前を助けるために無我夢中で、飛べないくせに翼広げて飛び出したんだ!!」

 ザカリーは吐き捨てるように言うと、ドンッと壁を拳で叩いた。悔しさと怒り、嫉妬を拳に込めた。
 その気迫に、メルヴィンは息を飲む。

「いい加減気づけよ! 鈍すぎんだろが。あれだけ想われてて気づかないとか、ヤバイだろテメーは!!」

 怒りだけではない、複雑な感情の色を混じり合わせた表情のザカリーを、メルヴィンは信じられないといった顔で見つめた。

(彼女がオレに、恋をしている……?)

「お前だって、まんざらじゃねーだろ。――気づいてやれよ、あいつのために」

 ため息混じりにそう言うと、ザカリーは足早に部屋を出て行った。
 あとに残されたメルヴィンは、カーテンの閉められた薄暗い部屋の中で呆然となった。



 クサクサした気分で乱暴に階段を降りると、玄関フロアでルーファスとギャリーが待っていた。

「な、なんだよ?」

 気分をそのまま声にのせたようにザカリーは言うと、ルーファスが苦笑して肩をすくめた。

「まだ夜には早いけど、飲みに行かないか」
「キレーなねーちゃんのいるところでよ」

 煙草をふかしながらギャリーが続ける。
 そんな2人の表情を一瞥し、ザカリーは照れ隠しに視線を明後日の方向へ泳がせながら頷いた。(ライバル)に塩を送るような、余計なことをしたなと思っていると、察したように親友が待ってくれているからだ。

 ルーファスとギャリーは視線を交わしあって苦笑した。

「行こうぜ」

 ギャリーはザカリーの肩に腕を回して、大股にアジトの外へ出て行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【キュッリッキ】

・〈才能〉:召喚、ランク:over

・年齢:18歳⇒19歳、女性

・出身:アイオン族

・一人称:アタシ

本作の主人公。

フリーで傭兵をしているが、ベルトルドにスカウトされたことでライオン傭兵団へ入ることになる。

【ベルトルド】

・〈才能〉:超能力、ランク:over

・年齢:41歳、男性

・一人称:俺

ハワドウレ皇国副宰相、アルケラ研究機関ケレヴィルの所長。

「泣く子も黙らせる副宰相」という物騒な通り名を持つ。

とある事件を解決に導いたことで軍総帥の地位も下賜され、毎日デスクの上に書類の山脈を作るほど事務仕事に忙殺されている。事実上国政の長。

【アルカネット】

・〈才能〉:魔法、ランク:over

・年齢:41歳、男性

・一人称:私

ハワドウレ皇国軍特殊部隊尋問・拷問部隊長官⇒ヴィーンゴールヴ邸(通称:ベルトルド邸)執事長⇒ハワドウレ皇国軍特殊部隊魔法部隊《ビリエル》長官。

異色の経歴を持つ世界最強最高の魔法使い。

【リュリュ】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:41歳、男性(オカマ)

・一人称:アタシ

ベルトルドの首席秘書官でオカマ。

事務処理能力に富み、ベルトルドの股間を常に狙い、オカマの恐怖でベルトルドを威圧している。

【シ・アティウス】

・〈才能〉:記憶、ランク:SS

・年齢:41歳、男性

・一人称:私

ハワドウレ皇国アルケラ研究機関ケレヴィルの研究員⇒所長。

アルケラに関する研究をもっとも積んでいて、知識量も豊富。

【カーティス】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:30歳、男性

・一人称:私

・魔具:強化魔法の呪文を彫り込んだ銀の杖

ライオン傭兵団の創立者でリーダー。

ベルトルドから解放されることが願い。やや選民意識がある。

【ギャリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系複合、ランク:S

・年齢:29歳、男性

・一人称:オレ

・武器:魔剣シラー(大剣)

・特殊技:リヴヤーターンモードなど

ライオン傭兵団の兄貴的存在。面倒見がいい。ザカリー、ルーファスとは同郷の幼馴染。今も2人とは仲がいい親友。

【ルーファス】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:30歳、男性

・一人称:オレ

ライオン傭兵団中衛・通信・支援・時々攻撃担当。片手剣と超能力を組み合わせた独自の戦闘をとることができる。

亡きベルトルドの後継者と目されるほどの女好き。ただし、巨乳美女が好み。気さくなお兄さんといった優しい性格。

【ザカリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系遠隔複合、ランク:S

・年齢:28歳、男性

・一人称:オレ

・武器:魔銃バーガット

ライオン傭兵団の後方遠隔攻撃担当。〈才能〉の能力で異様に視力が高く調整できる。

本気でキュッリッキを好きになるが、仲は仲間以上縮まらない。

【シビル】

・〈才能〉:魔法、ランク:AAA

・年齢:歳、女性

・一人称:私

・魔具:木の杖

ライオン傭兵団の強化・支援担当。攻撃はあまり得意な方ではない。

何かと騒がしい団の中では、常識論を言うけどあまり聞き入れてもらえない。しかし挫けず奮闘中。

【ハーマン】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:27歳、男性

・一人称:ボク

・魔具:分厚い本

ライオン傭兵団の前衛担当。高い魔力を持ちハイレベルの魔法を使いこなすが、魔法コントロールを苦手としている。

【ガエル】

・〈才能〉:戦闘・格闘系複合、ランク:SS

・年齢:33歳、男性

・一人称:俺

・装備:ドラウプニル(篭手)

ライオン傭兵団の前衛担当。ブルーベル将軍の甥でもある。

タルコット、ヴァルトとは筋金入りの戦闘バカトリオ。

【ブルニタル】

・〈才能〉:記憶、ランク:AA

・年齢:29歳、女性

・一人称:私

ライオン傭兵団の中では、分析、戦略立案、情報収集、後方準備などの後衛を担当。何故か手帳にメモをとる癖がある。

【ペルラ】

・〈才能〉戦闘・武器系剣術、ランク:S

・年齢:28歳、女性

・一人称:私

・特殊技能:アサシン

ライオン傭兵団の中では、ときに近接戦闘もするが、後方から短剣などで支援をしたり、偵察や情報収集も行う。

ヴァルトに熱愛されているが、思いっきり鬱陶しく思っている。

【ランドン】

・〈才能〉:魔法、ランク:S

・年齢:29歳。男性

・一人称:私

・魔具:ナシ

ライオン傭兵団の中では、主に回復魔法担当。その他ザカリーの魔弾作成もしている。

回復魔法などの繊細な魔法の扱いが上手く、専属医の居ない傭兵団の中で、団員たちの健康状態を常に気遣っている。

【メルヴィン】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:SS

・年齢:30歳、男性

・一人称:オレ

・武器:爪竜刀

ライオン傭兵団のサブリーダー、前衛担当。

皇国五指に入るほどの剣術マスター。軍を辞める際、思い留まらせるために10人の大将が宿舎に列を作ったというレジェンドを持つ。生真面目で優しく、よく人を見ている。が、ある一点のみ究極の激鈍。

【タルコット】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:SS

・年齢:29歳、男性

・一人称:ボク

・武器:魔剣・スルーズ(大鎌形態)

ライオン傭兵団前衛・近接戦闘担当。ヴァルトと並び、ライオン傭兵団の美人双璧と呼ばれるほどの、美貌の持ち主。ただ何故か女性と間違われてナンパされまくる不運に見舞われている。

常に黒一色の服装を好み、黒以外まとうことはない。ガエル、ヴァルトとは筋金入りの戦闘バカ。

【ヴァルト】

・〈才能〉:戦闘・格闘系複合、ランク:SS

・年齢:30歳、男性

・一人称:俺様

・装備:ドラウプニル(篭手)

ライオン傭兵団前衛・近接戦闘担当。

タルコットと並び、ライオン傭兵団の美人双璧と呼ばれるほどの、美貌の持ち主。しかし口を開くとバカ発言やバカっぽい口調が特徴。

団員の誰よりもしっかりと真実を見抜いている、鋭い洞察力に優れている。ペルラと結婚したいと悩んでいる。

【マリオン】

・〈才能〉:超能力、ランク:AA

・年齢:30歳、女性

・一人称:アタシ

ライオン傭兵団中衛・通信・支援・時々攻撃担当。

団のオネエサン的存在で、ルーファスとつるんでキュッリッキで遊んだり、ワルイことを教えている。しかし、みんなのムードメーカー。

【マーゴット】

・〈才能〉:魔法、ランク:C-

・年齢:26歳、女性

・一人称:私

ライオン傭兵団のお荷物。元マスコット的存在(自称)。カーティスの恋人。

魔法の扱いが下手すぎて、仕事はほとんどさせてもらえない。しかし報酬は当然のように受け取るので反感を買っている。自分では上手いと思い込んでいる。

【ヴィヒトリ】

・〈才能〉:医療系複合、ランク:SSS

・年齢:28歳、男性

・一人称:ボク

ボクハーメンリンナの大病院に勤務する医師。キュッリッキの主治医で、ヴァルトの弟でもある。

【ハドリー】

・〈才能〉:戦闘・武器系両手斧術、ランク:B+

・年齢:25歳、男性

・一人称:オレ

キュッリッキが初めて得た親友。面倒見がとても良い。

【ファニー】

・〈才能〉:戦闘・武器系剣術、ランク:B+

・年齢:21歳、女性

・一人称:あたし

キュッリッキの親友でお姉さん的存在。3年前にギルドで出会って何かと世話を焼いててそのまま仲良くなった。

【グンヒルド】

・〈才能〉:記憶、ランク:A+

・年齢:41歳、女性

・一人称:私

良家の子女を主にしている家庭教師。ダエヴァのカッレ長官の姉君でもある。

キュッリッキの家庭教師になった。

【リトヴァ】

・〈才能〉:超能力、ランク:AAA

・年齢:63歳、女性

・一人称:私

ベルトルド邸のハウスキーパー。

【セヴェリ】

・〈才能〉:超能力、ランク:AA

・年齢:68歳、男性

・一人称:私

ベルトルド邸の従僕の一人だったがアルカネットが軍に復帰してから執事代理になる。

【アリサ】

・〈才能〉:戦闘系槍術、ランク:S

・年齢:24歳、女性

・一人称:私

ベルトルド邸のメイドで、キュッリッキ付きになる。

【皇王】

・〈才能〉:超能力、ランク:S

・年齢:70歳、男性

・一人称:ワシ

タイト・ヴァリヤミ・ワイズキュール。ハワドウレ皇国の皇王。

ベルトルドからは面と向かって「昼行燈の能無しボケジジイ」と言われているが気にしてない。

【ブルーベル】

・〈才能〉:戦闘系格闘複合、ランク:SSS

・年齢:72歳、男性

・一人称:ワシ

ハワドウレ皇国将軍。ガエルの伯父でもある。

【ハギ】

・〈才能〉:記憶、ランク:AA

・年齢:44歳、男性

・一人称:私

ブルーベル将軍の秘書官。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み