120)最後の謁見
文字数 1,948文字
謁見の間には、皇王とベルトルドの2人しか居ない。
玉座に座る皇王も、そして玉座の前に片膝をついて
天井に下がる豪奢なシャンデリアに、火は灯されていない。窓の外は明るいが、謁見の間は薄暗かった。
「23年になるか。赤ん坊が大人になるまでの、長い時間だの」
ぽつり、と皇王は口を開いた。
「期日は未定、しかし目的が叶うまでの間ならという約束で、副宰相職を務めてもらった。お前が辞めてしまったのは国にとっては大損失だが、長きに渡り、ご苦労であった」
「俺が辞めたところで、小動もしないだろう。暫くは何処も混乱するだろうが、じきに慣れる」
「そうだとわしも、安心して老後を送れるんじゃが」
「ジジイは俺に押し付けた23年分を、しっかり働いてあの世へ逝け」
ベルトルドは顔を上げると、ニヤリと不敵な笑みを向けた。
誰に向かって尊大な口をきくのだろうか。誰に向かって居丈高な目を向けるのだろう。この23年間、けっして変わらないベルトルドの態度。
そう。相手が誰だろうと、大胆不敵に笑みを見せるこの顔。ブレて欲しい相手に対しても、絶対にブレることはない。
皇王は天井に目を向けると、ベルトルドと初めて出会った時のことを思い出していた。
ターヴェッティ学院の卒業日のことだ。
ターヴェッティ学院とは、ハワドウレ皇国の国政を担う、エリート人材を育成する専門機関である。創立者で、数百年前の皇王ターヴェッティの名をとってつけられていた。
大臣や軍幹部、要職のポストに就くためには、ターヴェッティ学院を卒業しなければならない。皇国では、血筋やコネで地位を得ることが出来ないのだ。
「わしはの、お前の記憶を視てしまったことを、激しく後悔したものじゃ。しかし放ってもおけない。望みを叶えるという形で、お前の計画に乗ってしまったようなもんじゃ」
皇王の
ターヴェッティ学院の卒業式に出席するために、皇王は学院に赴いていた。そこで卒業生代表として、創立以来最高の成績で主席卒業をするベルトルドを初めて目にした。そしてベルトルドの記憶を垣間見てしまったのだ。
ベルトルドの幼い過去も、過去何があったのかも、何故ターヴェッティ学院に入ったのかも、皇王には一瞬で視えてしまった。
(この若者を、止めなければならない)
当時皇王はそう思った。
彼の目的はあまりにも大それていて、それでいて危険なものだ。実行すれば、間違いなく死んでしまう。
成績優秀、
死なせたくはない。心からそう思った。それで、まだターヴェッティ学院を卒業したばかりの18歳の青二才に、副宰相になれと言った。
一方記憶を覗かれたベルトルドにも、皇王が記憶を視たことはすぐに気づいた。Overランクを持つベルトルドには、他者に記憶を覗かれれば、それを察知してしまう。
何を意図して副宰相の地位を持ちかけてきたのか判り、副宰相職を引き受ける代わりにとベルトルドが要求したのは、アルケラ研究機関ケレヴィルの所長の座だった。元々ケレヴィル所長の座が欲しくて、ターヴェッティ学院へ入ったのだから。
「わしは全て知って、お前を副宰相の地位に就けた。本来ならマルックを退けて、宰相にしてもよかった。それだけの才覚と実力があったからじゃ。それをお前が断り、副宰相でいいと言い張るから、国政全部を丸々投げたがの」
「ああ。厚かましさこの上ない所業でしたな。この俺にかかれば造作もないことではあったが、毎日毎日とんでもない仕事量だったのは確かだ」
「………まあ、それでお前が計画を諦めてくれると思っとったんじゃが…」
皇王は肩をすくめた。
ベルトルドが計画を諦めるよう、これでもか、これでもかと仕事を丸投げしたのは皇王だ。それなのに、ベルトルドは全部こなしてしまう。
「バカめ、その程度で頓挫するほど、温い決意ではないわっ!」
ベルトルドはフンッと鼻息を吹き出し、居丈高に皇王を見やった。
おとなしくしていれば美しい顔立ちなのに、どこかやんちゃな印象を与える。それは全て、尊大でふてぶてしい性格が表情に現れているからだろうと皇王は考えていた。
翻意させることは出来なかった。23年もかけたのに、ベルトルドの計画は着々と進んでしまっている。
もう、止めさせようがない。
「どうしても、実行するのじゃな……」
「長かった。31年、かかった」
ベルトルドは悲哀のこもった笑みを浮かべ、噛み締めるように言った。