第4話 ぱっつん少女だな ー 3

文字数 3,006文字

 俺は現時点での俺の考えを彼女に言い放つ。
「これはあくまでも俺の推論に過ぎないが、俺が『ディバイダ・ガール』を購入するのを目撃したあなたは、自分と同じ作品が好きな人物を見つけ、共通の話題で話し合いたい、盛り上がりたいと思い俺の後を追いかけた。そして声をかけるのならインパクトがある方がいいと考え、コスプレ衣装に着替え、過激なキックで声を掛けてきた。そして『ディバイダ・ガール』ファンにはアニメや特撮、SFが好きな層が多いのを知っていたあなたは、自作の物語を俺に聞かせて反応を知りたかった。……そういう事だろうっ」
 俺は少女にビシっと指を突きつけた。
 彼女はにっこりと微笑みながら言った。
「いいえ、違いますよ」
 うん、かわいい。
「えっ、違うの?」
 この考察が否定されたという事は、見て見ぬふりをして自分の心の最深部に何重もの太い鎖で厳重に縛りつけていた、あの、あの考えを解放せよという事か? そのような恐ろしい事をせよと? ……。
 ならば気は進まぬが、勇気をもって少しだけ、一瞬だけ解放を試してみよう。

 もしこの美少女が本屋で俺を見掛けてここまで後を尾行(つけ)て来たのが真実なら、まさかとは思うが『俺に恋しちゃってるなんて可能性が微レ存?』

 あああっやっぱりイカンっ! こんな恐ろしくて浅ましい事を考えるのはっ!
 悲しい事だがやはり、絶対に避けるべき愚かなる悪魔の思考だ。もし宝くじで一等に当選するのと同等のごくわずかな確率が残っていたとしても、期待して裏切られて絶望のずんどこに落とされるくらいなら最初から期待しない方が俺の精神衛生上望ましい事だ。
 事実、今日までの俺の人生において、あれっこの()もしや俺に気があるんじゃっ? とか、おっゼッタイ俺に惚れてるぜっとか思っても、ことごとくが俺の思い込み。勘違い。気の迷い。もう恋なんてしないよゼッタイ! って何度思ったことか。枕を涙で何度濡らしたことかっ!
 恋人いない歴、俺の年齢! はっはっはっいっそ清々しいぜっ俺の人生っ!!

 ……あ、待て待て違う、違うぞっ。居たじゃないかっ。俺の事『しゅき』って言ってくれた女の子。『おおきくなったら、けっこんちてっ』って言ってくれた女の子。バレンタインデーにお母さんと一緒にがんばってチョコを作ってくれた女の子。
 隣の家に住んでた幼馴染みのたーちゃんっ! 保育園の時お父さんの転勤でどこか遠くへ引っ越して行っちゃったたーちゃん! 別れの時泣きながら手を振ってくれたたーちゃん。ああ、もういちど会いたいな。たーちゃん……。
 俺は少しの間空を見上げ、こみ上げてくる熱い何かに耐えていた。


「なんだか表情がコロコロと変わって面白い人ですね」
 目前の金パッツン天使が俺に微笑みかける。
「え、面白い? ……ですか?」
 いかん! 目まぐるしく変幻する感情の嵐が顔面に表れていたらしいっ! 俺の悪癖だっ、昔から家族や友人、教師や通りすがりの人達に散々言われ続けてきた事だ。改善する努力をしてきたが、一向に全然治らん!
 感情が高ぶったり物事を深く考えたりした時など、まるで頭や心の中に居る様々な住人がそれぞれ勝手に意見を主張し合っているかの如くに思考が乱れ、それが顔に出てしまうのだっ!

「キックはだめなんですか?」
 金パッツンで胸ぱっつんな美少女天使が上目遣いに俺を見つめている。
 そんな切ない表情をされると俺は、キックどころかパンチでもジャーマンでも雪崩式のバックブリーカーでも矢でも鉄砲でも持って来ーーーいっ! って気分になる。なんなら頭蓋骨叩き割ってくれてもかまいませんよっっ!
 って心のどこかで知らない何かが猛烈な雄叫びを上げそうなっ、そんなっ、そんな春の午後っっ!
 俺は辛うじて無理やり声を絞り出す。
「だめ……です」
「じゃあ、わたしと付き合ってください」

「なん……だと?」
 この(むすめ)はいったい何を言っているんだ? キックがだめなら付き合えだと? そんな愛の告白の仕方ってあるのか? (あるぞここに)
 一体どんな思考回路をしているんだ? 支離滅裂なのか? (人の事は言えんぞ)
 ××××なのか? (伏字はやめろ)
 いや、違う、そうじゃない。愛は盲目、一途な愛、理性より本能、感情の爆発。

「あの、付き合ってもらえますか?」
 少女は少し不安げに再び訊ねてきた。確定だ。

 絶対に避けるべき愚かなる悪魔の思考は正解だった。宝くじ一等前後賞合わせて七億円だった。神様、こんな事ってあるんですか? 一等賞でいいんですか?
 ごめんよたーちゃん。俺はこの()と幸せになるよ。でも、心配しないでおくれ。君を裏切る訳じゃない。君は俺の永遠の心の恋人さ。一生忘れる事など有りはしない。

「わかりました。付き合います。よろしくお願いします」
 俺は深々と頭を下げ、右手を少女の前に差し出す。
 少女は右手をすっと伸ばし、頭上に上げて叫んだ。

「ウインブレイバーっ!」

「はい?」
 少女の頭上に伸ばして開いた手の先の空。良く晴れたのどかで春うららな空。
 突然頭上にだけ黒く厚い雲が渦巻いている。閃光も見える。
「あんな雲、今まで出てましたっけ?」
「ステルスモードを解除して次元の狭間(はざま)から出て来たんです」
「……何が?」
「ウインブレイバー、超時空戦闘要塞です」
「……」
 黒雲を突き抜けて銀色に光り輝く巨大な飛行メカが頭の上に現れた。全長は四百メートルを越えているだろうか。
「えと……何ですかあれ?」
「ウインブレイバー、超時空戦闘要塞です」
「うん、なるほど……わからん……」
 そっか、俺寝てるんだ。春のぽかぽか陽気で寝てるんだ。なんだ、ははっ。
 夢オチサイテー。
「ちょっと俺の頬っぺた叩いてもらえます?」
「えっそんな事できませんよっ。傷害罪になっちゃいます。突然なんでそんな事言い出すんですか?」
「いわゆる定番ってやつです。お約束ってやつです」
 少女は俺の顔をしばし見つめ、上空の巨大メカをチラっと見上げてピンと来たらしく、納得した表情を浮かべた。

「じゃあ、頬っぺたつねってもらえます?」
「うーん、まあ、それもアレなんですけど……わかりました。お約束ですね」
 ぎゅうっ。
「いたっ、痛いじゃないですかっ」
「あ、ごめんなさい。でもあなたが」
「痛いのにまだ見えるじゃないですかっ。何ですかあれっ?」
「ウインブレイバー、超時空戦闘要塞です」
「それはもういいって! あれが夢じゃないんなら、あなたはいったい何処の何者なんですかっ」
「あれっ、そういえばまだちゃんと自己紹介して無かったかしら。ごめんなさい。わたしまだ見習いで、SSS級の銀河広域指名手配犯に突然出会っちゃったから、他の事に気が回らなかったみたい」
 少女は腰のベルトから少しゴツめのスマホっぽい物を取り出し、腕を伸ばしてぱっつんな胸の高さまで上げ、俺に向けてかざした。
 ぶわっと光が広がってなにやら紋章みたいな物が浮かび上がる。
 うおっ! こ、この紋章はっっ!! 見せられても意味がわからんっ!
「わたしは銀河連邦警察、地球駐在所勤務、警察官見習いの『ミリアリア・タエコ・ルラララ』です。ミリアかタエコって呼んで下さい」



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